60.悪役令嬢は腹を抱えて笑った
「やっぱり、貴方達私のこと待ち伏せして……」
彼らに向き合ったその時、彼女は言葉を思わず失った。
「てか、レオンの服だと落ち着かねぇな……」
フランクが、明るめの色で、装飾の多いという、彼の好みの真反対の格好をしていたのだ。
「ッ!」
そう考えると可笑しく思え、ソフィアは顔を彼らからふっとそらし、小刻みに揺れた。
その様子を見て、フランクは言った。
「おいおい、そんな笑うなよ。似合ってないのは分かってんだから」
「でも、面白いですよ」
フォローのつもりでギルは言ったが、フォローになっておらず、「嫌味か?」とつっこまれていた。
ソフィアはやっと表情筋を自分でコントロール出来るようになり、悠然と微笑を浮かべる。
「ご謙遜なさらないでくださいませ。とてもお似合いですわ」
「……ども」
珍しく顔をひきつらせながら、フランクは小さく言った。
しかし、実際似合っている。フランクは自己評価が低いようだが、ギャップ萌えだろうか。いつもと違う系統のものを着ていると、一瞬ドキッとするのだ。
「あー、さっさと行くぞ」
フランクが早足で歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「ソフィア、学園はどうだったかい?」
「楽しい?」
昼食を取り始めた所で、公爵とリーシェがソフィアに尋ねた。他の4人は、どう返すのだろうと緊張感を漂わせながら見つめる。
「……ええ」
ナイフを置く。
「とても、楽しいですわよ」
首をコテンと傾けた。
その人形のように整った顔には、笑みが貼り付けられている。見る人によれば、醜悪だ。
「……そっか、良かった!それでそれで?何が楽しかったんだい?友達は出来たかい?授業はどうだった?」
公爵も笑顔を浮かべる。
何も知らない親バカに見えるが、実際は詳しいところまで知っている。
(凄いわね……)
ソフィアは、父ながら感心した。
「詳しく、お聞きになりたいですか?」
「ソフィアが問題無いなら聞きたいな」
「良いですわよ」
彼女は話し出す。
恋人の居る男性を取巻きとしたこと、暴力的で失礼な輩が居たから制裁しておいたこと。
それから、今の古語が間違っていることについて触れた。
「まあ……ソフィアは凄いわね」
「私達の娘は可愛いからね。そして優秀だ」
「貴方の子だもの」
「いいや、リーシェの子だからだ」
いちゃいちゃいちゃいちゃと甘い雰囲気に当てられ、ソフィアは苛立ちを示す。
「私、偉大なことをしたと思っていたのですが……流石ですね。お父様とお母様の手にかかれば、このようなこと些細なことでしたのね!」
演説をするかのように、声を張り上げる。とはいえ、声量はそこまで大きくない。
「そんなこと無いわ。貴方は私達よりも優秀だわ」
「ソフィアの行動にはいつも驚かされるばかりだ。今回は、どういう意思なのかい?私にはソフィアの思考が読み取れなくてね。まことに、驚かされる」
フランクやレオンが、会話に入れず、彼らの会話を傍観している。
「お父様が考えているより、私は考えておりませんわ。私はただ、自分の思うがまま行っただけ。お父様の耳に入れるほどではございませんわ」
高圧的な態度を取る。嘲笑の真意を、公爵は読み解こうとする。
「そんなことは無いわ。どんな些細なことでも、ソフィアに関することだったら知りたいもの」
リーシェが穏やかに言った。穏やかなその笑みが、今は不敵に思われる。
「先ほども述べましたが、私は自分の思うままに行動しただけ。思慮など一切しておりませんの」
「……そう。ともかく、貴女が楽しそうで何よりだわ」
「そうだね」
アハハ、ウフフと笑い合う。
このような会話は、初めてだった。
「そうそう。……料理長を呼んで下さる?」
料理を一口だけ口にした彼女は、冷ややかに命じた。
真っ青な顔で、料理長が現れる。
「あの……どうかなさいましたか?」
不安そうにしながら彼は聞いた。
突然呼び出され、心配になるのも当然だ。ここで、料理がまずかったなどと、いちゃもんであろうと言われてしまえば、速攻クビになってしまう可能性もあるのだ。
ソフィアは優雅にフォークを置くと、蔑むような視線を向けた。
「この料理、なんなの?油っぽいし、まるで美味しくないじゃない」
言い捨てると同時に、彼女は皿を持ち上げ、料理長の目の前で手を離した。
パリーンッ……!
盛大に皿が砕け散り、極上の料理が床へ撒き散らされる。
(おいおい、いくらなんでもやりすぎだろ……!)
フランクは思わず息を呑み、料理長が激怒するか、あるいは悔しさを噛み締めながらも平伏するのを覚悟した。
しかし。
「っ真に!真にそのとおりでございます!」
料理長は怒るどころか、全力で深く頭を下げ、ソフィアを肯定した。
「え?」
(はあ……?)
ソフィアは啞然と彼を見つめる。
ふと見ると、フランクも、ナイフを落としてしまいそうになっていた。
「お出しする直前まで『時間がないとはいえ、このような不完全な品をお嬢様に出すなど……!』と葛藤していたのです! ですが、やはりお嬢様の舌はごまかせませんでした! たとえ時間が足りなかろうが、手を抜くなど料理人失格……! すぐにこの駄作どもは全て廃棄いたします!」
「フッ…アハハハハハッッ!」
ソフィアはついにこらえきれず、お腹を抱えて大笑いした。
あまりにもおかしい全肯定。あまりにも狂った忠誠心。
「フフッ……アハハッ……!」
彼の料理は、王宮専属料理人に匹敵する。それ以上の料理もあるはずだ。まずいなどは、ありえない。しかも、彼のソフィアへの全肯定の言葉も嘘ではないように感じた。
余計に、おかしい。
「フフッ……フ……」
引きつった顔で見守るレオンたちの前で、ソフィアはやっと笑いを収めると——「にたーっ」と不気味に顔を歪ませた。
足を組み、だらしなく膝へ肘を預ける。
そして。
ガシャーン……!パリーンッ……!
他の料理達も全て、片っ端から床へたたきつけた。
グシャッ
立ち上がったソフィアは、ためらいもなく、散らばった料理を靴のヒールで力任せに踏みにじった。
「何を……」
彼らは呆然と彼女を見つめる。
ソフィアはゆっくり、首を動かした。
「あらぁ?こんなにまずい料理なら、私が廃棄しようが踏みにじろうが、私の自由よね?」
ゾクゾクッと。
悪寒が走った。
「勿論でございます!お嬢様のものですので」
「……さいっこう。貴方の言う通り、まずかったから、夕餉では最高の品にしてね?」
「無論でございます!それでは、今から作ってまいります!」
料理長は料理室へ直ぐ様行ってしまった。
ソフィアも、靴を持ってこさせた別の靴と履き替え、その場を立ち去った。
(全員、頭おかしいんじゃないのか……!?)
フランクの困惑を置き去りにしたまま、公爵家の異常な時間は過ぎていくのだった。




