59.悪役令嬢は冷酷になれきれない
公爵は両手を広げる。
笑顔で待機しているジュリアンを、ソフィアは変なものでも見るように見つめる。
「何ですか?」
「えっ、ただいまのハグ待ちだよ」
まさか意図が伝わっていなかったとは思わず、驚きながら、ジュリアンは顔を少し赤らめる。そのままジュリアンは待機するが、ソフィアは動く気配が無い。
ソフィアは、父が抱擁をねだっているのだと理解はしていたが、言われていない為する必要は無いと、あえて動いていなかった。
ジュリアンは桜色に染めた笑顔を解き、覚悟を決める。
「きゃぁっ!」
自分から行ってみた。
ソフィアはぐいっと引き寄せられて抱きしめられ、小さく悲鳴を上げる。その時、母と同じ匂いがした。
「あー、ほんっとソフィアは可愛いな〜!」
公爵は、ソフィアの頭をわしゃわしゃと撫でる。ソフィアは「ちょ、やめてっ……!」と反発しているが、公爵はそれに気づいた様子もない。
更に、ソフィアは彼から離れようと腕に力を込めて押しているのだが、流石にリーシェの時のようにはいかず、公爵は微動だにしていなかった。
公爵はソフィアを抱きしめながら、思い出したようにフランクに話しかける。
「ロペス宰相子息、よく来てくれたね。あ、そうだ!どこかで、学園でのソフィアの様子を教えてくれないかい?ソフィアのことだから心配はないのだけど……やはり不安でね」
今思いついたかのように提案する。
ソフィアに向けていた甘い笑みではなく、大人の危険な香りのする微笑だった。
「——勿論です」
挑発に乗るかのような笑みをフランクは浮かべた。
ソフィアは2人の会話の真意に気づき、眉をひそめる。
しかし、ここで止めても見ていない所で結局するのだろうし、学園での様子を話されても何も問題は無い。話してくれた方が都合が良いとすら言える。
よって、特に何も言わなかった。
「さあ、5人とも少し疲れただろう。着替え、行ってきな」
「言われなくても」
ソフィアは、そう言い放ち、すたすたと歩いていってしまった。その後ろをローラが追いかける。
「フランクは、僕の服使いなよ。袖通してないやつ、あったと思うよ」
「じゃあお願いするわ」
3人も話しながら立ち去った。
◇ ◇ ◇
「……!」
彼女は慌てたように上半身を起こし、チャプンと音が鳴った。
ぼーっとしかけていた。
湯船に、春の花達が浮かんでいる。それぞれ違う匂いが上手くまとまっているのは、流石だ。
「ソフィア様、そろそろお出になりますか?」
ローラが、首を傾げて聞いた。
「……そうね。1人で着替えるから、貴女は入浴してらっしゃい」
そう言うと、「え……」と彼女は声を零す。まさかそんな提案をされるなんて、思ってもいなかった。今のソフィアだと特に。
「いえ、私は……」
「お父様が言ってたでしょ『5人とも』と」
つまり、ソフィアやレオン、フランクに加えて、ギルやローラも入っている。
気づかなかった気遣いに、ローラは胸を打たれた。
「着替えやタオルは、他のメイド呼んで、持ってきてあげる」
ソフィアは、ローラからタオルを借りて、それを持って湯船から立ち上がる。そして、バスタブから出て、タオルを体に巻き付ける。
「……ですが」
「いいから、さっさとしなさい。同じことを何度も言わせるつもり?」
なかなか承諾しないローラをソフィアは急かした。
ローラは、渋々に近いが承諾し、メイド服をするすると手際よく脱ぎ進めていった。
◇ ◇ ◇
寝間着姿で部屋で待っていると、ローラがやってきた。濡れた髪は頬にくっついている。
濡れている姿を初めて見たと、当然のことながら彼女は思う。本来ならば、見せることは一生無かったはずであった。
「ドレスはもう選んであるわ、早く着付けしてちょうだい」
「はい。直ちに」
ローラが動こうとした時、後ろからブワッ!と風が吹く。熱風だ。普通はできないはずなのだが、髪がほぼ乾いた。
彼女は振り返り、ソフィアを見つめる。ローラの視線に気づき、彼女は「私のドレスが濡れたら困るのよ」と表情を変えないまま言った。
「……ありがとうございます」
ふわりと微笑んだ。
食堂に向かって歩く。昼食を皆で取るとのこと。
(サボっても良かったのだけれど、そうしたら、お父様達が部屋に突撃してきそうなのよね)
想像してみて、ソフィアは憂鬱そうに溜息を付いた。その時。
人影が現れた。
「ソフィアお姉様、奇遇だね」
レオンが立っていた。
男性は女性より早く支度が終わるはずなのに、ばったり会うなんて……と不審な目で、彼を彼女は見つめる。
「待ってたくせに、よく言う……」
「1回黙ろっか?フランク」
フランクの言葉に、レオンは言葉を重ねた。
姉弟揃って作り笑顔が得意だと、フランクは思う。
「やっぱり、貴方達私のこと待ち伏せして……」
彼らに向き合ったその時、彼女は言葉を思わず失った。
19時20分にも投稿します!




