57.悪役令嬢は心優しき聖女に接触される
夜、ソフィアは私室のソファに腰掛け、静かに本をめくっていた。
「ソフィア様、宜しいでしょうか…」
声が少し震えながら、専属メイドのローラがソフィアに声をかけた。
ソフィアが本から目を離さずに「何?」とだけ返すと、ローラはビクリと肩を揺らし、恐る恐る小さな角封筒を両手で差し出してきた。
「……これは?」
「だ、旦那様からのお手紙です」
本を閉じ、見慣れた家紋の封蝋を見つめる。ソフィアがそれを受け取り、中の便箋を開くと——予想通りの文面が躍っていた。
「……面倒ね」
彼女の予想通り、そこには家へ帰省するように書いてあった。今週末に帰れと書いてあるのが、父らしいと思う。
さらに、レオン達との今の関係を考えてか、レオン達にはソフィアから声をかけるよう書いてある。
今日は木曜日。
随分急な話だと彼女は思いながら、淡々とローラに帰省の準備をするよう指示をした。
◇ ◇ ◇
鬱屈とした気分を晴らす為、彼女はバルコニーへ出た。。夜風に、ゆるく結んだ三つ編みが揺れる。
「ソフィア様……!」
不意に響いたのは、思わず息を呑むほど幻想的な美しさと、心からの喜びが溢れた声。ソフィアは胸の奥で苛立ちを覚え、即座に冷ややかに踵を返した。
「ま、待ってください!」
「貴女に構っている暇はございませんの。ごめんなさいね、シルヴィア様」
完璧な社交用の笑みを貼り付けて冷たくあしらう。
だが、シルヴィアはそんなソフィアの拒絶すら、温かな眼差しで丸ごと受け止めるように近づいてきた。
「私、ソフィア様とお話ししたくて……!」
落ち着いた声を少し高くする。
庶民上がりとは思えない気品と、誰もがひれ伏したくなるような神聖なオーラ。肌や髪には、夜光を弾くような艶やかさすら漂っている。
(……反吐が出るほど清らかで、美しいこと)
ソフィアは内心で毒づく。
そして、これの繰り返しになるのだろうと考え、振り向いて話を聞くことにする。
ソフィアが冷たく見下ろす中、シルヴィアは儚げに視線を落とし、慈愛に満ちた声で言葉を紡いだ。
「……ソフィア様と最初にお会いした際、私は貴女に好感を抱きました。優しく、強い、皆に愛されている人だと。……ですが、貴方は変わってしまいました。社会一般的には、その変化は悪いことなのでしょう。ですが!」
シルヴィアは胸の前の指にキュッと力を込め、顔を上げた。
その瞳は、まるで迷える羊を救う聖母のように清らかで、まっすぐだ。
その瞬間__艷やかな髪が、フワッ……!と大きく揺れた。
「以前のソフィア様と同じくらいっ!…今のソフィア様の方がずっと、『生き生きとして』見えるのです……!」
潤んだ瞳が月光を反射してキラリと一筋の光を描き、彼女の全身から息を呑むほど幻想的な光彩が弾けた。
胸を打つ、あまりにも美しく、張り詰めた叫び。
世界からすべての雑音が消え去り、その圧倒的な「美」と「純粋さ」だけが空間を支配する。大抵の人間なら一瞬で心を奪われ、ひれ伏してしまうほどの、神々しいまでの感動。
「そして、楽しそうなのに楽しくなさそう。その両面が、私には見えてしまいました」
切々と、胸の奥底にある想いを吐き出していく。
声のトーンを落とし、今にも崩れ落ちそうなほど繊細に、けれど決して揺るがない思いを込めて。
「……貴女は、一体何をしたいのですか?ソフィア様の真意を教えてくれませんか……!」
潤んだ瞳から溢れた一粒の雫が、頬を美しく伝い落ちる。
1ミリの疑いもない真っ直ぐな慈愛と感動。
皆が求める完璧な聖女像が、今、ソフィアただ一人のためだけにその心を震わせていた。
「私は、自分の思うままにやっているわ。真意なんて、存在しない。ごきげんよう」
背を向け、逃げるようにその場を去るソフィア。
残されたシルヴィアは、届かなかった想いと悲しみを覆い隠すように、片手でぎゅっと口元を押さえた。
「どうして……っ!」
58.悪役令嬢は帰省する 21時頃に投稿します!
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