56.悪役令嬢は弟子に教授する
「それで、シエル、貴方が今魔術や魔法で出来るものは何かしら?」
そう尋ねると、目を右下に向け、指をいじり始める。
シエルは唇を噛み、どうにでもなれというふうに、ソフィアに向かって言った。
「わかりません!」
「……ハァ」
言いにくそうな雰囲気で、そうなんだろうなと察してはいたが、確定してしまった答えにソフィアは溜息をつく。
きっと、彼は信念を長年守り、一切魔術や魔法について、学んでこなかったのだろう。
0から始めるとなると、攻略対象というスペックがありはしても、少し大変だ。教える側が。
0から分かりやすく教える。
ソフィアはやることのレベルが上がってしまったことに、もう一度溜息をついた。
「魔術や魔法の定義は分かるわよね?」
「……す、すみません……。なんとなくしか」
これくらいの歳だと、貴族であれば一般常識であるのだが、それもあまり掴めていなかった。相当彼の信念は強かったのだろうと、ソフィアはしみじみと思った。
この調子だと、半年はずっとコーチしなければいけないかもしれない。
「じゃあ、それから教えるわね」
彼女はメモを取るように言う。
「魔術は、魔力持ちであれば、基本誰でも行使可能な、自然の力を利用したもの。火・水・土・風・氷・雷・光・闇の8種類、それぞれ第1位階から第7位階まであるわ。第7位階に近づくほど、レベルは上がって、扱える人が少なくなるのよね」
私は全部使えるけど、と内心優越感に浸りながら彼女は話していく。実際、驚くべきことだ。
「魔法は、家系魔法だったり才能があったりする場合は行使出来るわ。シエルの場合だと、後者の『才能がある』の上位版ね」
「上位版……」
「貴方の才能のレベルは普通と桁違いよ。魔力量も」
シエルの魔力量は、この世界の中でもトップレベルの膨大な量だ。世界を全壊とはいかなくても、半壊以上には出来るほどだ。
かの有名な魔王よりは少ない筈だが、一般人から見れば同じくらいだ。
(ほんと、ポテンシャルを無駄にしていたなんて意味不明だわ)
「魔法は、色々規格外なものが多いわ。はい、以上」
「なんか魔法の説明適当じゃないですか!?」
シエルにつっこまれ、彼女は開き直った。
「もう面倒くさくなってきたから、これで良いでしょ」
「い、良いですけど、魔術の説明のときと比べると……」
ソフィアは、単に思い出したからかもしれないが、話を変えるように言った。
「そうそう、シエルはあまり関係ないけれど、魔力量と体力が0を下回ると死ぬから」
「死っ!?」
急に脅され、シエルは怯えた。大事なことをさらっと付け足すように言ったソフィアを、彼は何とも言えないような目で見ていた。
「そうね、まあ、貴方なら第7位階も直ぐ出来るとは思うけれど、第1位階から全魔術やってみましょう」
「え、全魔術?」
「全魔術」
シエルは、平然と言う彼女に困惑する。いきなり全魔術をやるなんて普通はありえず、シエルもおかしいと思ったのだが、あまりにもソフィアが堂々と言ったものなので、自分の常識は非常識なのか!?と思い始めてしまっていた。
「っ分かりました。もうよく分からないですけど、こうなったらなんでもやります!」
フリーズ常態を解除し、やけくそ気味にシエルは意気込んだ。
「じゃあ、女子寮の地下の魔法鍛錬部屋に行くわよ」
ソフィアは言い放って直ぐ、すたすたと部屋から出て、歩き始めてしまった。
シエルは彼女を追いかける。彼女が速歩きをしている為、なかなか追いつけない。
「何で女子寮なんですか!男子寮にしましょうよっ!僕、女子寮とか気まずすぎて嫌なんですがっ!」
「女子寮のは、ほぼ貸し切り状態だから大丈夫よ」
「いや、でもなんとなく罪悪感が……」
「学園のルール的には何も問題はないわ」
「ううっ」
正論で叩き潰され、シエルはぐうの音もでなくなってしまった。
女子寮に着くと、シエルが宮殿のようなその華やかさに目を奪われる。男子寮とは雰囲気が違うこともあり、珍しいのだろう。
エレベーター前で、ソフィアが指示をする。
「貴方は先に向かっておきなさい。私は魔導書持ってくるから」
「え、でも」
ソフィアは彼を無視して、エレベーターに乗り込む。そして、動き出し、上へ上がっていく。
「僕、行き方知らないんですがーー!」
上へ上がっていくエレベーターを見ながら、シエルは叫んだ。
◇ ◇ ◇
ソフィアは、魔導書を持って、サロンド・アステリアの重厚な扉を開けた。
その中には、シエルがぽつんと佇んでいた。
「あら、1人で来れたのね」
自分で言ったものの、迷っているだろうと予想していた彼女は驚く。
シエルは彼女を見つけると、駆け寄り、直ぐに抗議する。
「僕、すっごい大変だったんですよ!偶に通りがかる女子生徒達に不審な目で見られ、変な所には行っちゃうし、警備員呼ばれかけられたし……。散々だったんですよ!」
ついさっきまでの光景を振り返り、彼は涙目で抗議した。
「私には何も関係ないわ。では、始めましょう」
ソフィアは厚い魔導書をポーンとシエルに投げる。軽々と投げたのに反して、その魔導書は重く、受け取った際、思わずシエルは落としそうになっていた。
いわば、ダンベルを投げるようなものだ。実戦ができるくらいの瞬発力が必要なのだが、出来るというのは当然といえば当然である。
「全魔術載っているわ。まず、火魔術の第1位階をやりましょう」
シエルはページを捲り、呪文を確認する。
「まず、何も言われていない状態でやってごらんなさい」
「は、はい!」
頬をパンッ!と叩く。
バッ!と。
手を前にかざした。
「火魔術 第1位階 『焔盾』!」
展開されたのは、通常よりひと回りも大きい鮮血の魔術陣。直後、ゴウッと咆哮を上げて巨大な炎の壁がシエルの視界を埋め尽くした。
「ぅわっ!?」
迫る熱圧に押されるように、彼は思わず大きく体をのけぞらせた。
「成功ね。初めてで成功できたのは良いと思うわ。魔術解除した後は、呪文省略してみて頂戴」
「あの、師匠……。解除って、どうしたら良いですか?」
「…そんなのも分からないの?そのままじゃない。『解除』と強く念じれば出来るわよ」
解除の仕方が分からないのは当然のことなのだが、語尾が少し高くしながらそう言った。
「分かりました。……解除!」
盾がボンッと消えた。
「はい、無詠唱で」
「はい!」
シエルは勢いよく両手を突き出した。胸の内で意識を集中させ、仕上げとばかりにギュッと目を瞑る。
――だが、静寂が流れるばかり。
風の一筋すら吹かず、発動の兆候は微塵もなかった。
「し、失敗……」
落ち込むように、眉を下げる。
ソフィアは、彼に尋ねた。
「今、何を意識しながらやったのかしら?」
「えっと……特に何も……」
ソフィアは、やっぱりそうだと納得する。
「そんなんじゃ駄目に決まっているじゃない。イメージをするのよ。今の場合、炎の膜が出るのを想像するの」
シエルは強く頷き、再び両腕を前に出す。
炎の盾が構成される様子を想像する。
(展開!)
その瞬間。
魔法陣が瞬時に構築され、瞬きの間に炎の盾が出現した。
「で、出来た!」
声を弾んだ。
現れたそれをポケーっと見つめ、頬を少し緩ませた。
それから、全魔術の第1位階を詠唱し、展開した。特に何も問題なく、一発で成功できたのだが、すべて終わると
「ちょ、師匠…ハァッ…なんか…ハァッ…疲れたんですが……」
息切れしてしまっていた。
ソフィアは呆れたようにその様子を眺める。それから、可哀想な人を見るように、哀れみの目で言った。
「貴方、体力無かったのね……」
「ゔっ」
指摘され、シエルは脱力して座り込む。まだ、息が整っていない。
彼は、運動が苦手で、さらに伯爵家も彼には魔法の才があるからと特に授業に運動を入れていなかった。シエルは勿論自ら運動しようとは思わず、大体自室に引きこもっていた為、完全に運動不足であった。
魔術や魔法の行使には、体力は大いに影響する。
いくら所持魔力量と魔法の才が化け物級であったとしても、体力が無ければ才能が少し勿体無い。
ソフィアは最優先事項だと考え、シエルに課題を課した。
「これから、毎日これをしなさい」
パパっと書いた紙を彼に渡した。
その紙を見て、彼は心底嫌そうな顔をする。
「1日に、筋トレ10種類各300回と放課後のランニングって……最初から酷くないですか?」
「Show some guts!」
「急に…古語、使わないで…ください……」
モチベーションがだだ下がりしていくのが目に見える。
「根性見せなさい」
「頑張ります……」
結局は受け入れるシエルであった。
次回、57.悪役令嬢は心優しき聖女に接触される 今日の午後に、また更新します!
そろそろ学校が始まる……




