天才魔法使いは幸せか2
深い闇に包まれるようにして僕はそのまま気絶し、1週間が経った。
忙しい筈の父が見学しながら、魔法の練習をさせられることになった。今までは僕に興味を向けていなかったのに、手の返しようが凄い。
「それでは、授業を始めまっ……!?」
入室してきた教師が、僕を見て驚きの声を上げる。
どうしたんだろう。一応身なりは整えていて、何も変ではないはずなんだけどな。
そう不思議に思いながら、「どうしたんですか?」と彼女に近づこうとして。
「いやっ!」
後退された。
拒絶するように、体を震わせ、怯えている。僕は、彼女の反応が分からなかった。
『拒絶』には慣れている。「卑しい子」と、何度目の前で言われ、罵られてきたか。しかし、『怯え』は分からなかった。初めて向けられた感情に、僕は戸惑った。
そして、幼いながらに傷ついたのを覚えている。
「こ、殺される……誰か……誰か助けて……」
大の大人が僕に怯えている状況をよく理解できなかった。意味が分からなくて、困惑した。僕は、何をすればよいか戸惑いながらも彼女に優しく声をかけてみた。
「大丈夫です。殺しなどしませんよ。大丈夫です……」
差し出してみた手を。
パァーン!
跳ね除けられた。強く叩かれたのか、ジンジンと手が傷んだ。
「化物……」
恐怖されるように言われたその言葉が、胸の奥底に刺さった。
「おお素晴らしい!大の大人をも恐れさせるその滲み出る膨大な魔力!お前はやはり魔法使いだ!」
見守っていた父が、声を弾ませた。その父の言葉に、僕は初めて気づいた。
体に見合わない量の魔力をコントロール出来ておらず、僕から魔力が滲み出、魔力に敏感な魔道士の彼女はまるで魔王に対峙したかのように感じていたのだと。
恐れられ、恐怖され、傷つける。
父は出世のチャンスだと喜んでいるが、僕にとってこの才能、資質は、コンプレックスでしかなかった。
それから僕は、一切魔術や魔法の授業を受けなくなった。受けれなかった。
数々の命を簡単に奪うことが出来る、……してしまったこの力が怖かった!行使しようとする度、あの日のことを思い出した。
怯えた声が耳から離れない。死にたくないと死を怖がる声が頭に響いている。僕が起こした無惨な光景が、目を瞑ると浮かび上がってくる。
この力を僕は誰よりも恐怖した。
それから3年、僕は魔法学園に入学した。クラス分けの紙で、Sクラスに名が載っていた時の絶望感は大きかった。きっと、いや絶対に、僕の膨大な魔力によるものだ。
その魔力すら満足に使いこなせていないのに、他は平凡な僕がSクラスに入ってしまった。学園生活の終わりを覚悟した。
学園では、早々に事件が起きた。その中心は、ソフィア・サブジーナス様。才色兼備と名高い、まさに完璧な人物だ。
さらに、性格の良さも有名だった彼女が悪女になったと聞いた時は、少し驚いた。自分勝手な振る舞いに、確かに『悪女』だと確信した。嘲笑が、父にまったく似ていないのに似ていると思って、勝手に嫌いになった。
だというのに、勝手に学園側に魔法のコーチに決められた。悪女がコーチだなんて、危なすぎる。学園側は何でそんなことをするのか……!
彼女が籠絡していた取り巻き達にバレたらしばかれるとも予想し、もっと怖くなってしまった。
初日のレッスンでサボり、静かで落ち着く学園図書館に居ると、迷うこと無く彼女が僕の前に立った。探知魔法とかでも取得しているのだろうか。
怖すぎる視線を僕に突き刺しながら、ソフィア様は優しく怒り、そして腕を掴まれ、軽く引きずって強制的に特訓室へ連行させられた。抵抗したのだが、一切効かず、微動だにしていなかった。
男だというのに、女の子に負けてしまった。
「それで、すっぽかした理由を聞かせてもらいましょうか?」
仁王立ちをして威圧感を出しながら、彼女は聞いた。
「ま、魔法の訓練とか嫌なんです……」
そう正直に答えると、ギロリと睨まれ、悲鳴を上げる。
ソフィア様、眼光が強すぎる。
それにしても、最近出ていた悪女ブームはどこいったんだろう。豹変する前の時みたいだ。最近の彼女の様子だと、有無も言わさず暴力を駆使して魔法の練習をさせるかと思ってた。
「なんで、魔法の訓練嫌なの?」
何で?……答えは1つしかない。決まっている。
「……魔法で、人を傷つけたくないから」
視線を下に落とした。
あの時みたいにまたなったら……。そう考えると、震える。
あの時の光景が、忘れられない。忘れてはいけないと思う。自分を戒めなけれ
「馬鹿ね」
固まった。
「ば、馬鹿?」
「そう、馬鹿」
馬鹿とはなんなんだろう。人の信念を理由も聞かず馬鹿にして。僕の過去なんて、知らないのに。
手をぎゅっと固める。
「魔法は危険なだけじゃないの」
口をつぐむ。
あんなにも沢山の人の命を軽々と奪える力が……危険じゃない?
それは違うと否定したかった。けれど、彼女の真剣な表情に、何も言えない。
「魔法は、確かに危険だわ。だけど、『毒薬転じて薬となる』って言うでしょ?」
言いはするけど……
「同じように、魔法も使い方によっては、傷つけるのではなく、皆を助けたり皆の為になったりすることが出来るわ」
心が、動かされた。
「皆の為に……」
なんて魅力的な言葉なんだろう。僕に一番刺さるであろう言葉だ。
彼女は続ける。
「そうよ。それに、貴方今、魔力のコントロールが出来てなくて、少し暴走をしているわ。このまま放って置くと、貴方の嫌いな『人を傷つけること』につながるわよ?」
動揺し、思わずガタッと立ち上がる。
「貴方が今していることは、貴方の信念の為なんかじゃない。自分のトラウマが蘇るのを恐れているだけなのよ!」
時間が止まった。
違う、そんなんじゃないと言いたいのに、言葉が出ない。
1回受け止めたら、その言葉がするりと入ってきた。納得した。
僕は、自分を傷つくのが怖かっただけなんだと。
納得して。納得して、そして、絶望した。
皆の為にと思っていたのに、自分の為だった。自己満で、何の解決にもなっていなかった。
俯き、制服を掴む。くしゃりと皺ができた。
「僕なんかが、皆の為になるくらいに、魔法を使えるように、なるのかな」
だけど、やっぱり皆の為に何かしたいんだ。




