55.天才魔法使いは幸せか
シエル・ロベリア。
僕の名前。幸せだなんてこと思ったことのない者の名前だ。
僕の父、ロイド・ロベリアは、大の女好き。不倫行為は数え切れないほどしてきて、正妻との仲は誰が見ても悪いと言うだろう。
僕の母は、父の愛妾だ。
居酒屋で働いているのを、下町に来ていた父に見初められ、手を付けられた。
そして、僕が産まれた。
正妻は夫に手を付けられた者に優しいなんてことは一切なく、嫌がらせの毎日だ。
僕の最初の記憶は、これだった。
『愛妾の息子風情が!』
そう言われて、殴られた。体格差のある何歳か離れた義兄達に殴られても、母は何もしてこなかった。そして僕も、それについて何も思わなくて、いつも通りと受け止めていた。
魔術を使われた時もあった。
母が止めてこないのは気にもとめなかったけれど、——痛かった。じりじりして、燃えるように身体が痛くて。動くともっと痛いから動けなくて。痣がそこら中に出来て。
恨んだ。虐めてくる義母と義兄達を。何もしてくれない父を。僕のことを産んだ母を。
皆、僕のような目に味わえばよいと思ったときもあった。
10歳くらいだった気がする。ある日のことだった。
「え……?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
屋敷の図書室で、魔導書を見つけた。様々な魔法が書いてあり、興味を持った。使えるわけ無いと思いながら、遊び感覚で載っていた呪文を唱えた。実際、使える筈が無かった。
『火よ、その力を、その感情を解き放て。爆発』
ドーン!
爆発した。僕以外の全てが。
屋敷が半壊した。図書室の本なんて、木っ端微塵に消え去っている。図書室なんて存在していない。天井も、壁も、吹き飛ばされている。
僕は廊下に出る。
「ひっ……!」
人間だったものがあった。
爆発に巻き込まれたのか、頭からは血を流し、身体は焼けている。
別の方を見ると、砕けず吹き飛ばされた重厚な扉や、壁の下敷きになっている者もいる。手が見えるから分かる。だけど、壁や扉は地面と密接しているように見える。隙間が見えない。
吐き気がこみ上げてきた。
そのまま、重い足を引きずりながら外に向かう。その先の光景に、僕は息を呑んだ。
「動け!」
「手の空いている者は、複数人のチームで救出しろ!だが、原型を保っている品があったらそれを優先させろ!」
「医者!もたもたするな!」
「重体の使用人、追加で4人です!」
……地獄だった。
数名の医者が、何十人もの患者をみる。患者も、重体の者ばかり。
「…に……ない……」
途切れた声が聞こえ、その声の主を見る。
片腕を肩から無くし、血がドロドロと出ていた。両目にも血が滲んでいて、開いていない。
「死に、たくない……」
「……!」
そう……だよね。死にたくない。誰でも、死にたくない筈だ。
拳をギュッと固める。
「大丈夫……大丈夫だよ。優秀な医者がうちには何人も居るじゃん。大丈夫……」
「その、こ、えは……シエ……」
手を伸ばし、僕の名を呼ぼうとした。
その時だった。
糸がプツンと切れるように、手が落ち、声がなくなる。首が、カクッと動く。それからは動かない。
「え……。……だいじょうぶ、だよね?だって、昨日、さっきまで!元気で、僕のことを君たち使用人も一緒に、皆で虐めてたじゃん!……そう、じゃんか……」
彼の衣服越しに、心臓に手を乗っける。現実が、僕に襲いかかってきた。
「この爆発……お前がやったのか?」
突然声かけられる。振り向くと、遊び人の父が立っていた。(こんなことをしてしまったんだ、殺される!)と思いながら、正直に伝える。
嘘はつきたくなかった。
「魔導書に載っていた呪文を言ってみて……あ、遊びのつもりで!本当に出来るなんて思ってなくて……っ!あ、あのっ僕そのっあのっ」
何?僕は何を言いたい?こんな、見苦しい——
「流石俺の子だ!」
「——え?」
幻聴かと疑った。
父は少年のように目を輝かせ、見たことのない満面の笑みを浮かべている。
「お前は1000年に1人の天才魔法使いだ!お前の才能は神が授けたものだ!よくやった」
「え……でも、皆が……」
「だから何だ。お前の素晴らしい魔法の才能が分かったじゃないか。死んだ者共も誇らしいだろう。何も価値の無い者が、意味を持てたんだ」
悪意を持って話しているというわけでもなく、ただ純粋に。少年のような屈託のない笑顔で、声で、楽しそうに、嬉しそうに話している。
僕のチョコレートブラウンよりは赤みがかったその髪色に、連想してしまった。
父の言っていることは何となく分かる。一応伯爵家の息子だから教育は受けていたし。
1000年に1度しか生まれない、貴重性の高い人材が自分の息子だった。この高い価値のある取引材料によって、伯爵家より上の地位を得られるかもしれない。根っからの貴族の父が、僕の才能を尊び、あのような考えになるのは理解できる。理解できるけど……。
こいつは……何を言っているんだろう。
ただただ、恐怖だった。
バッ!と、僕は父から逃げるように走る。走っても走っても、景色は変わらない。
声が聞こえる。
「娘が居るのに……」
「まだ、親孝行出来てない!」
全部
「成人したばかりなのに……」
「痛い……っ」
全部
「何でこんな目に!」
全部
足をくじいて、身体を地面に打ち付ける。痛い。
「誰か助けて……!」
僕のせいだ。




