54.悪役令嬢は天才魔法使いに気遣いなんてしない
「は?なんですって?」
言われた言葉に、ソフィアは聞き返した。学園長は笑顔を貼り付けたまま、もう一度言い直す。
「ある生徒の、魔術指導をして欲しいんです」
「……嫌だけど、話は聞いてあげる。誰なの?」
だるそうにしながらもソフィアは聞く。
「膨大な魔力を所持し、魔法を練習次第で全て行使出来るという天才魔法使い__シエル・ロベリア伯爵子息です」
「シエル・ロベリア……」
『王太子殿下』
『ロベリア伯爵子息』
(ああ、入学当日のSクラスでの出席確認で呼んでたわね)
「どうか、嫌かもしれませんが……「良いわよ」
「え?」
学園長は長期戦を覚悟していた為、素頓狂な顔をする。
彼女は学園長室から出て、廊下を歩き出す。
「シエル・ロベリア……」
(「アマリリスの聖女」の攻略対象)
「攻略対象に教えるなんて、面白いじゃない!」
◇ ◇ ◇
翌日。彼女は特訓室として与えられた部屋の扉を開き、中へ足を踏み出す。
そこには__
誰も居なかった。そのまま待ったが、集合時間より10分過ぎても来る気配がない。
彼女は部屋から出て、校舎を出て、あるところを目指す。
軽く不機嫌そうにづかづかと歩いている。特別レッスンのため取り巻き達は既に各自自由行動をしており、ローラも、自分の仕事でここには居ない為、彼女の後ろには珍しく誰も居ない。
彼女は扉をガラッと開け、迷うこと無くあるところを目指して進む。そして、目的地に着くと、彼の名前を優しく呼んだ。
「良い度胸ね、この私の待ち合わせをすっぽかすなんて。ねぇ……ロベリア伯爵子息……?」
彼女の目には、怒りがこもっていた。
「ひいっ……!」
殺気に思わず彼は怯える。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「謝るくらいならすっぽかすな!」
謝罪を連呼する彼に、思わずソフィアは下町の娘のように口調を荒げてしまう。何だなんだと、図書館に居た周りの生徒達は二人を見始める。
(すっぽかすし、ゲームでもよく居た図書館に居るし。ほんと、まったく期待を全く裏切らないわね)
今の彼女の視線には、人1人射殺せるくらいの威力があった。
彼女はシエルの腕を掴み、軽く引きずって、強制的に特訓室へ連行させる。シエルは抵抗したものの、為すすべもなかった。
「それで、すっぽかした理由を聞かせてもらいましょうか?」
特訓室の、椅子にちょこんと座ったシエルの前。仁王立ちをして腕を組んだソフィアは、威圧感を出しながら問いた。
「ま、魔法の訓練とか嫌なんです……」
「は?」
「ひいいっ」
思わずギロリと睨んだソフィアに、シエルは怯える。
ビクビクと肩を小刻みに揺らすシエルを見ながら、彼女は不機嫌そうにしながらも考える。
(せっかく魔法使いなのに、その才能を無駄にするなんて。どうかしてるわ。過去とか、関係ないわよ)
彼女は思わず舌打ちしそうになり、口に手を当てる。
「なんで、魔法の訓練嫌なの?」
怯えさせないように、優しく聞いた。穏やかな笑みを貼り付けている。
シエルは一瞬間を開けたものの、答えた。
「……魔法で、人を傷つけたくないから」
長いチョコレートブラウンの前髪で分からないが、恐らく視線を下に落としているのだろう。彼のその信念は、彼の過去によるものだ。
しかし、ソフィアにとっては、そんな過去など、そんな信念などどうでもいい。才能の無駄ということが一番許せない。
視野が狭いと、彼女は思う。
「馬鹿ね」
棘を吐く。
「ば、馬鹿?」
自分の信念を否定されたように感じ、シエルは少し不快になったようだった。その証拠に、彼の背後にチリチリと雷が薄く出現している。
「そう、馬鹿」
「そんな風に言わなくても……!」
「魔法は危険なだけじゃないの」
シエルは、彼女の言葉に口をつぐんだ。
ソフィアは何処からか椅子を持ってきて、彼の正面で腰掛ける。
「魔法は、確かに危険だわ。だけど、『毒薬転じて薬となる』って言うでしょ?同じように、魔法も使い方によっては、傷つけるのではなく、皆を助けたり皆の為になったりすることが出来るわ」
「皆の為に……」
ソフィアは、上手くいったと内心ほくそ笑む。
「そうよ。それに、貴方今、魔力のコントロールが出来てなくて、少し暴走をしているわ。このまま放って置くと、貴方の嫌いな『人を傷つけること』につながるわよ?」
シエルは、驚いて困惑する。
「貴方が今していることは、貴方の信念の為なんかじゃない。自分のトラウマが蘇るのを恐れているだけなのよ!」
固まった。
そして、俯き、制服をくしゃりと皺ができるように掴む。それから、言葉を紡ぎ出した。
「僕なんかが、皆の為になるくらいに、魔法を使えるように、なるのかな」
何度も区切りながら、不安そうに彼は彼女を見上げる。ソフィアは「やっぱり馬鹿だわ」とシエルにも聞こえないような声の小ささで呟いた。
(シエルは……)
「馬鹿ね。なれるに決まってるじゃない」
彼は彼女の言葉に俯き気味の顔を上げる。
(彼のルートの最後で、天才魔法使いとして世界に名を響かすことになるのだから)
「見込みがなきゃ、引き受けていないわ」
笑んだ。
「だけど……」
「あーうるさいうるさい」
ネガティヴな意見を言いそうだと察知し、ソフィアは両耳に手を当て、横に首を振る。
「シエル、貴方はまず自己肯定感を上げなきゃね。そんなんじゃ、人生楽しくないわよ」
呆れたようにしながら、ソフィアは立ち上がって、座ったままの彼の前髪をいじる。
「出来た」
彼女は手鏡を取り出し、前髪を払った姿をシエルに見せる。
「これが……僕?」
鏡の中の自分の姿に、彼は魅入る。
(前髪払うと、イケメンなのよね。天才魔法使いだし、主人公要素盛り込みすぎよ)
「……僕、なんだ……」
呆然としたように自分を見つめる彼に、ソフィアは言った。
「そうよ。イケメンなんだから、自信持ちなさい」
『イケメンなんだから』
普通、それが理由だと、あまり嬉しくないし、自信を持って良いのか悩む。しかし、彼は、そんなことなど特に気にしていなかった。
(サブジーナス公爵令嬢は、悪女になったと思っていた。それもとびきりの。だけど……)
彼女の得意げな、それでいて優しさの滲む笑顔をちらりと見る。
(彼女は、本当に悪女なんだろうか……?)
憧憬が彼を覆い尽くした。




