53.悪役令嬢は刃向かうものは許さない
中庭の一角から、悲痛な叫び声と慌ただしい足音が響いていた。
「せ、先生! こっちです、早く……っ!」
「な、なんだこれは……っ!?」
生徒に案内された教師が、現場に到着した瞬間に驚愕の声を上げる。
そこに広がっていたのは、十数人もの男子生徒たちが幾重にも重なり合い、うめき声を上げている『人間の山』だった。そしてその山の上に、何食わぬ顔で置かれた椅子。
その椅子に優雅に腰掛け、脚を組んでいたのは――ソフィアだった。
取り巻き達は、きらきらとした目で『神』を拝んでいるものや、恋い焦がれるように見つめる者などで分かれていた。
「サブジーナス公爵令嬢! 一体、何をやっていらっしゃるのですか!?」
教師の引きつった声に、ソフィアはふわりと、あまりにも純粋で、だからこそ末恐ろしい笑みを浮かべて見せた。
「あら、先生。ごきげんよう」
「ごきげんよう、ではありません! 何をしていらっしゃるのですか、と聞いているのです!」
「あら、見て分からないかしら。頭、動いてないの?」
可憐な笑みで毒を吐く。この2週間で既に何回か見ているものの、やはり慣れはしなかった。
「この人たちね、『不埒だ!』とか『死ね!』とか物騒なことを言って、私に襲いかかってきたのよ。今なら許してあげるって言ってあげたのに、全然聞かないから――ちょっと、お片付けしてあげたわけ」
ソフィアは、手をパンと合わせた。
「何故そんな事が出来るのですか……」
呆然と教師は問う。
「えー?私の性格、サブジーナス公爵家の遺伝子的に、とかじゃない?……でも、おかしくない?」
ソフィアは言った。
「__私が私の庭を掃除することの何が悪いの?」
嘲笑うような笑みに、当然といわんばかりの発言に、教師は思わず恐怖を抱いた。
幼少期から鍛錬し、全魔術を網羅した彼女からすれば、怒りに任せて突っ込んできただけの有象無象を伸すなど、軽い準備運動にもならない。
「ねえ、先生、酷いと思わない? 私、なんにもしてないのに、泥棒だの悪女だのと言われて。もう、本当に不愉快だわ!……そうだ。これ全部、お父様に言いつけてやろうかしら!」
――『お父様』。
サブジーナス公爵の名が出た瞬間、ソフィアの足元で組み敷かれていた男子生徒たちの顔色が一気に土気色へと変わる。国家転覆も易易と行えそうな国家最高峰の権力者に睨まれれば、彼らの実家など一瞬で破滅だ。
「それ、は……っ。やめて、ください……!」
山の下から、辛うじて意識のある男子生徒が声を絞り出した。ソフィアの男遊びに苦言を呈していた、正義感の強い貴族の子息だ。
「えぇ? なんでかしら?」
ソフィアはきょとんと首を傾げてみせる。他の時にやれば可愛らしいと思うその仕草は、今の状況では畏怖を覚える。
「何でって、それは……っ」
「貴方たちは、私がサブジーナス家の令嬢であり、こうしてやり返す実力があるのを見越したうえで、覚悟を持って襲ってきたわけでしょう?」
椅子からひょいっと身軽に降りてから、リズムに乗るようにゆっくり歩く。手を背後で結びながら、ターンをして振り向いた。
「 な・ん・で、被害者である私が、貴方たちに譲って黙ってあげなきゃいけないの?」
「……っ!」
図星をつかれたように彼らは顔をうっすら紅潮させる。
「あ、もしかして、私が『優しくてか弱い存在である女の子だから、公爵家の名前を汚さないために黙って泣き寝入りしてくれる』とでも思っていたのかしら?」
笑顔を浮かべるソフィアの瞳が、侮蔑の光で赤く染まる。
「馬鹿だねぇ。本当に、馬鹿だねぇ」
身動きの取れない男子生徒の目の前にしゃがみ込み、両手を顎に当てて覗き込んだ。
その顔には、いつもの嗤う笑みではなく、感心の表情があった。彼女にとって、「泣き寝入り」など世界がひっくり返ってもありえないことである為、そんなことをしてくれると思っていたような彼らの思考に、嗤いすらせず、ただただ驚いていた。よくそんな思考が出来たと感心すらしていた。
「そんな浅はかな頭で、本当に貴族? ――家族のためにこの世から消えたら?」
極上の笑顔から放たれた容赦のない毒。
彼女が言うと、自分達の要望はともかく、強制的に『消される』気がした。
男子生徒は恐怖のあまりガタガタと震え、それ以上、何も言葉を返すことができなかった。
「サブジーナス公爵令嬢! 彼らにも非はございますが、流石にやりすぎです!」
見かねた教師が、恐怖に震えながらも、人間の山と化した男子生徒たちを庇うように前に出た。
その言葉に、ソフィアはゆっくりと、億劫そうに振り返った。
「何? 私が悪いの?」
冷徹に放たれた声。冷たく研ぎ澄まされた彼女の眼差しが、まっすぐに教師の全身を貫いた。
蛇に睨まれた蛙のように硬直しながらも、教師は必死に声を絞り出す。
「……っ、はい。学園の規律として――」
次の瞬間、ソフィアは心底意外そうに、そして可笑しそうに、端正な顔を歪めて笑った。
「ええっ?ふふっ、マジで言ってるの? あー面白い。面白すぎよ、貴方」
ツボにはまったらしく、クスクスと肩を揺らして笑う彼女は、ひとしきり笑うと、邪魔そうにその美しい髪をさらりと払った。
その瞬間、笑みの残滓が綺麗に消え去り、底知れない冷たさだけが中庭に吹き抜ける。
「良いわ。特別に、もう1回だけ教えてあげる」
ソフィアは優雅な足取りで教師へと一歩近づいた。
「私の名はソフィア・サブジーナス。この国の筆頭公爵家の長女よ。だから、この学園は私のもの。私がルールなの。……分かったかしら?」
そのガラス玉のような瞳の奥には、逆らう者は教師だろうが何だろうが実家ごと叩き潰すという、絶対的な王者の威圧が宿っていた。
国家の根幹を揺るがすサブジーナス家の権力。そして、それを躊躇なく悪用してみせる悪女を前に、教師の顔から完全に血の気が引いた。これ以上言葉を重ねれば、自分の首が物理的に飛びかねない――その恐怖が、学園の規律を完全に凌駕した。
「……申し、訳……ございませんでした……」
教師がガタガタと震えながら深く頭を垂れるのを見届け、ソフィアは満足げに微笑む。
「よく出来ましたっ!」
――それから。
学園内で繰り広げられる彼女のあらゆる横暴を、止めようとする教師は一人も居なくなった。




