悪役令嬢は悪女を謳歌し、裏切らせる2
エヴァンが冷徹な目で彼女の手をねじ伏せるのを見て、私は歪に、満足げに微笑んだ。
にやけそうなのを我慢する。
そう、エヴァン。彼もまた、私の取巻きの、私に陥落させたられた者の1人。
彼は私の前に深く跪き、恭しく頭を垂れた。
「私の知人が、ソフィア様に対し大変な無礼を。申し訳ありません」
「気にしてないわよ。だって、貴方が止めてくれたんだもの」
私は愛玩用のペットを褒めるように、跪くエヴァンの顎を細い指先でそっと撫で上げる。エヴァンはうっとりとした目でそれを受け入れると、今度は私の足首を両手で包み込み、忠犬のようにその靴の甲へ口づけを落とした。
彼は私の前に跪いたまま、恭しく私の足首を取った。
「――靴越しで良いの?」
私がわざと意地悪く見下ろして尋ねると、彼はハッと息を呑み、信仰する神を仰ぎ見るような目で私を見上げた。
「私が……ソフィア様の、高貴な素肌に直接触れるなどおこがましすぎます。これで十分、いえ、これが私への最上の報いです」
「それはそうねぇ。ふふふ……」
私は満足げに喉を鳴らした。
私の素肌に触れようだなんて、おこがましい。
彼は恍惚とした表情を浮かべ、私の靴のつま先に、そっと、けれど深く誓いを立てるように唇を押し当てた。
つま先へのキスの意味は——「心酔」
「エヴァン……! 貴方、私を愛してるって言ったじゃない! あれは全部嘘だったの!?」
泣き叫ぶ女性を、エヴァンは一瞥すらしない。
「当たり前だろ。ソフィア様より素晴らしい女性など、この世に存在するはずがない」
「まあ!本当?ありがとう」
私は艶然と微笑み、人差し指を自分の唇にそっと当てた。
その仕草だけで、エヴァンは喉を鳴らし、飢えた獣のような目で私を見つめてくる。
「ソフィア様……」
「なあに?」
上機嫌に首を傾ける。
「私には……その、何も『褒美』をくださらないのですか?」
「え〜?そうねぇ……じゃあ、きちんとおねだりしてみて?そしたら考えてあげる」
彼は興奮するように私を見つめてから、直ぐに口を開いた。
「ソフィア様、私は既に貴方のものです。身も心も貴方に囚われてしまった。どうか……貴方様の所有物だという証を、頂けないでしょうか」
狂気じみた表情。楽しそう。良いなぁ。
私は返して上げた。
「それで、何処に、『印』が欲しいの?」
くすくすと笑いながら、私はエヴァンの口元に耳を近づけた。
彼は顔を高調させながら、蚊の鳴くような小声で、自分の欲望を囁いてくる。
エヴァン、案外Mなのかしら。
それを聞き届けた私は、彼を立ち上がらせた。
そして――
周囲の女子生徒たちにこれ以上ないほど見せつけるように。
エヴァンのブレザーとタイを取り、他の取巻きに預ける。そして、彼のボタンを、焦らすように、ゆっくり丁寧に外していく。
露わになった彼の胸へと顔を近づけ、ちゅっと薄く、けれど鮮明な赤い痕を刻みつけた。
「ソフィア様……っ」
熱い吐息を漏らし、彼が堪らなくなったように私の腕を引こうとする。だが、その手は他の男子生徒たちによって乱暴に振り払われた。
「おいお前、ソフィア様に気安く触れるな。やりすぎだぞ」
「邪魔をするな……っ!」
「あぁ!? やる気かお前!」
大講堂の厳かな空気は完全に崩壊し、男子生徒たちが嫉妬で殴り合いを始めそうなほど殺気立ち始める。だが、彼らの矛先はすぐに私へと向けられた。縋るような、狂信的な瞳がいくつも私を取り囲む。
「ソフィア様、私にも……私にも『印』をお願いします!」
「えー? まあ、良いけど」
「私にも! お願いします、ソフィア様!」
「俺もだ! 俺のことも見てくれ!」
我先にと声を上げ、私に群がっていく取り巻きたち。
泣き叫ぶ女子生徒たちの声が響く中、私はその光景を冷ややかに見下ろしていた。
――私の足元で狂乱する取り巻きの男子生徒たち。
彼らは全員、かつては他の誰かの、恋人だった。
◇ ◇ ◇
私は女子生徒の耳元に囁きかける。
「ねえ、今どんな気持ち?」
「……!」
顔を真っ赤に染め上げ、彼女は怒りに燃えた表情で私に言った。
「さいっあくよ!」
「そ、そうよ!最低だわ!」
「貴族としてのプライドというものは無いの!?」
「令嬢というより、娼婦みたいじゃない!」
彼女に続き、他の私に恋人を奪われた女子生徒達も声を上げていく。取り巻き達は彼女達を睨みつけ、手を出そうとしたが、私は止めた。
そして、笑顔を作った。
さいっこうなのを。
「私は、とーっても、楽しいわよ?」
彼女達は肩を震わせる。怒りでどうにかなってしまいそうな感じだ。
さあ、怒って?絶望して?さあ!
「良い顔」
殴りかかりたいのを理性で止める表情が、ものすごく——愛おしい。
「ソフィア?」
聞き馴染みのある声。私は直ぐに誰だか分かり、「チッ……!」と舌打ちをする。「行くわよ」と命令し、歩き始めた。
それから、くるりと回転し、女子生徒達の方を歩きながら向く。
「ばいばーい」
頬近くで振られた手、無邪気な笑み。
殺意を覚えた人は多いんじゃないかしら。
歩きながら私は考える。
それにしても、レオンとギル、フランクが本当に邪魔。私が楽しんでる時ばっかり邪魔してきて。私を元に戻したいんだろうけど、迷惑。
変わった訳でもないし。
反発してくるかと思ってたローラが素直に言うこと聞いてくれたのは良かったけど……あの3人、本当にどうしましょう。
それもこれも、今までの私が良好関係を築いてきたから……!
ああ、ムカつく!虐め倒してあげたら良かったのに……!そうしたらこんな面倒なことにならなかったのに!
……授業、サボろ。
◇ ◇ ◇
「あなた聞いた?学園入学して、ソフィアが変わったんですって」
女性が男性に世間話のように話しかける。太陽が輝き、使用人達が忙しなく動く時刻。ベッドの上で彼女は言った。
「誰かの恋人ばかりに手を出して、侍らせてるって報告されたわ。レオン達にも厳しくなったって。どうしたのかしら」
滑らかな声。
男性は読んでいた本をパタンと閉じてから、女性を見つめる。
「転落事故を起こしたって聞いたから、それのせいかもしれないね。まあ、とにかく、実際に話してみない限り分からないな」
2人は、報告内容を半信半疑に受け止めていた。ソフィアがそんなことになるとは思わないが、報告者が嘘をついたとも思えなかった。
そんな中、女性は良いことを思いついたというように声を弾ませた。
「今週末にでも会いましょう!1週間以上も会っていないもの。あの子と早く会いたいわ」
「ああ、今週末、来てもらおう」
夫が、女性に優しく微笑みかけた。
筆頭公爵家の長女たるソフィアを気軽に呼ぶことが出来る人物などそうそう居ない。そして、この程度で呼び、呼べる人間など、この世界にはひと家族しかいない。
「あの子のことだから、きっと何か騒動を起こすとは思っていたけど……」
男性は足を組み、笑みを浮かべる。
そんな事ができるのは——
「2週間は早すぎないかな、ソフィア」
サブジーナス公爵は、変貌したという愛娘を思った。
ソフィアの両親以外居ない。
次回、53.悪役令嬢は刃向かうものは許さない 今日の19時頃、投稿します!




