47.悪役令嬢はフル無視する
「皆様、聞きました?」
「ええ、聞きました。ソフィア様がおかしくなったって……」
「頭を強く打った拍子に人格変異したとか」
「呪いっていう話も聞いたぞ」
学園内で、囁き声が辺りに広がっていた。そして、噂はほぼ全て
「皆様御機嫌よう」
ソフィアが、髪にダイヤモンドを細工した髪飾りをつけ、皆に自慢するように微笑みかけた。
ソフィアの変貌についてのことだった。
彼女は噂をしていた貴族令息達の前に立って、にこりと笑む。
「どいて」
表情が消えた。
彼女の言葉に、言われた令息達だけでなく、周りの生徒達も廊下の両端に整列し、道を開ける。
ソフィアは満足そうに右手を頬に当てる。そして、Sクラスの教室まで歩いていった。
◇ ◇ ◇
ー礼儀作法ー
専用教室で、講師が生徒達に指示を飛ばしていた。しかし、ソフィアは手鏡を片手に前髪や化粧を整え、一切講師の言うことを聞いていなかった。
「逆にすごいよソフィアお姉様。フル無視してる」
感心するようにレオンは呟いた。
「サブジーナス公爵令嬢!やる気あるのですか!それでも、Sクラスの一員ですか!」
講師はついに怒り、すべての作法を全て満点でクリアしなさいと言った。
「まあ、良いですけど」
ソフィアは手鏡をブレザーの隠しポケットに入れたあと、しれっと椅子に腰掛けた。
銀製の食器たちを前にする。
フォークを音がたたないようにとる。それから、フォークは背を上に、ナイフは刃を外側に向ける。
両方とも柄の端を手のひらで軽く包み込み、人差し指を柄の背にまっすぐ伸ばして固定。
実際に料理があるかのように、フォークで差し押さえ、ナイフを手前に引くようにして一口大くらいに切る。そして、フォークを口近くに運ぶ。
「この時、食材はフォークの腹側に。でしたわよね」
それを繰り返す間に1回、休める。
ナイフとフォークをお皿の上で交差させて、ハの字に置いた。ナイフの刃は自分側、フォークの背は上。
「食べ終わったという設定で」
ナイフとフォークを平行に揃えて、皿の4時の方向、斜めに置いた。
「満点、でございます」
悔しそうに講師は言った。
「カトラリーの持ち方、ナイフの刃の向き、全体の美しさ。全て、完璧でございます」
ソフィアはしれっと言った。
「これくらい当然よ。あと、私の実力は分かったでしょ?これからは、何も言わないでちょうだいね?」
彼女は再び、手鏡を取り出し、髪飾りの向きを調整し始めた。
その後、他の生徒達も受け始める。平均は82.5点。全クラスの平均は60.4の為、流石Sクラスというわけだ。
「やっぱソフィア凄ぇんだな。というか、見たか?軽くドヤ顔してたぞ」
「フランク、お前も満点だよ?」
フランクのさもや自分は満点ではなかったという言動に、レオンはツッコミを入れる。
「レオンもだろ」
「まあ、僕は次期筆頭公爵だし。……侯爵家で、死ぬほどやったから」
ポツリと、レオンは呟いた。彼の脳裏に、その頃の様子が浮かび上がる。それから、苦しそうに視線を下に移した。
◇ ◇ ◇
ー古語ー
ソフィアはSクラスの教室で、最前列であるにも関わらず、ノートを一切取らず、居眠りをするときに近い体勢だった。
「サブジーナス公爵令嬢」
カイン王太子は彼女に声をかけるが、彼女は本気で寝ようとしているのか聞こえていないようだった。
彼は少し悩んだあと、彼女を揺らす。
「あら、何のご用かしら?」
ソフィアは少し驚いたようにする。
「君のその態度は講師に失礼だ。やらないほうが良いと思う。それと、ノート取らないで良いのかい?」
カイン王太子はそう聞く。
「あら、何馬鹿なことおっしゃってますの?」
クスクスと笑う。それから、さも当然のように述べた。
「こんな間違いばかりの授業、真剣に聞く意味なんてありませんわ。王太子殿下もとっていないじゃありませんか」
カインは、机上に羊皮紙とペン、インクを出しているものの、一切書いていなかった。書こうとする様子もなかった。
「あー、うん。そうだね」
気まずそうに彼は言った。講師に申し訳ないとでも思っているのだろう。
「あ、そうだわ!先生」
ソフィアは良いことを思いついたというふうに声を上げてから、先生を呼び止めた。
「どうぞ」
「その話、本気で言っています?」
「え?」
意味が分からず、講師は戸惑う。
「Weが『私』って……Doがbe動詞の役割してるっていうのも何なんですの。可笑しいですよ」
嗤いながらソフィアは言う。講師はいわゆる黒板代わりの石板をもう一度見てから、首を傾げた。
「貴方こそ、何をおっしゃっているのですか?長年、そう言われてきたじゃありませんか」
「まあ、そうなの。……古文をパッと見で終わらせたのは駄目だったわね……」
彼女は呟いてから、立ち上がり、教室中に呼びかけた。
「この中で、間違っていると思う人、手を挙げてくださいますか?あ、正直にお願いします。別に挙げなくても大丈夫です」
生徒達は顔を見合わせる。
それから。手が挙がった。
二つだけ。
カイン王太子と、聖女。特殊な立場の三人が、この国の古語に異議を唱えた。




