45.悪役令嬢もキレることはある
「サブジーナス様、その話はいかがなものでしょうか」
ふと、立ち込める湯気の向こうから、視線に敵意を混ぜた令嬢達が声をかけてきた。
「まあ、どういうことかしら?」
ソフィアは気だるげに眉を上げ、相手を見据える。
「黙って見ていれば、聖女様に、む、胸が小さいとか言っているではありませんか。純粋で清廉な聖女さまになんてこと言うのですか!」
「それくらいでつっかかってくるのは逆にどうなのかしらね」
退屈そうにふぁ、と濡れた腕で伸びをしながら、ソフィアは冷ややかに答える。その態度が油をさらに注いだのか、主格の令嬢の後ろに控えていた取り巻きの一人が声を張り上げた。
「シルヴィア様のことが羨ましいんでしょう!」
浴場に響き渡る高い声に、周囲にいた他の令嬢たちも、なんだ何だと一斉にこちらに視線を向けた。
「羨ましい?私が?」
「貴重な存在であるシルヴィア様を虐めて楽しいの!?立場をわきまえたらどうですか!」
ソフィアはチャプ…と音を立てて立ち上がる。それだけで、令嬢達は怖気づいたように後退した。
「な、なんですの!?」
「あ、あの……」
シルヴィアがおそるおそるという具合に口を挟む。令嬢達は、待ってましたとばかりに「味方」であるはずの聖女へと顔を向ける。
「私、ソフィア様に虐められておりませんよ」
「まあ、シルヴィア様!なんてお優しいのでしょう。自分を虐めた相手も庇って……」
「ですから、私は虐められてなど……」
「大丈夫です。私達はよく分かっております。私達に任せてください!」
シルヴィアの言うことをまるで信じず、令嬢達は自分達の都合の良いように解釈し話す。そして、ソフィアに指を差し叫んだ。
「心優しきシルヴィア様を虐めるという愚行はおやめくださいませ!ソフィア様!」
「ーーチッ!」
大浴場の高い天井に、驚くほど低い舌打ちの音が響き渡った。
その音に、令嬢達だけでなく、シルヴィアまでもがビクリと身体を硬らせる。
「たかが子爵家や伯爵家ごときが。私にそんな口をきいて、許されると思っているの?ーー恥を知りなさい」
「なっ……そんな……」
「何?私に口答えするの?」
射殺さんばかりの鋭い眼光に、令嬢達は喉が引き攣った。
「ちが…」
「何が違うの?私を窘めるという不愉快な行為をしてきたわよね?ーー失せなさい」
令嬢達は真っ青になる。そして、膝から崩れ落ちそうになりながらも、たどたどしい足取りで逃げるように去っていった。
「軟弱者が」
ソフィアがローラに指示を出し、クリームのようなものを取り出させた。クリームを塗ろうとしてか、彼女はそのまま歩きだそうとする。
「ソフィア様」
背後からかけられた声に、ソフィアは振り返る。
「シルヴィア様。私を激昂させて、嬉しかったかしら?」
「まさか」
へらへらと薄く笑うソフィアとは対照的に、シルヴィアは真剣に彼女を見る。
「あの方々が、申し訳ありませんでした」
バスローブの裾をぎゅっと掴み、頭を下げた。まだ貴族としての所作は完璧ではないものの、元平民という彼女の素性を考えれば、満点すら超越するほどに美しいカーテシーだった。
「そう言うということは、あの方々は貴女の取り巻きなの?」
「いいえ。1、2回話したことがある程度です。それも、形式的な挨拶でしたのですが」
彼女達はどうしてあんな行動をしてしまったのかと、困惑したようにシルヴィアは右頬に手を添える。
「あらそう。けれど、これは貴女の責任よ?誤解しちゃ駄目よ。これからは周りの者の管理くらい、気をつけたらいかが?」
ソフィアは颯爽と歩き始めた。
◇ ◇ ◇
翌朝、レオンは一人、図書館にいた。
「ソフィアお姉様みたいな症状になる魔法は……無い。くそっ、医学書にも脳への衝撃による人格の変貌くらいしか書いてなかったのに」
レオンは頭を抱える。
(ソフィアお姉様が本当にあんな性格になってしまったのならそれで良い。だけど……違和感が、凄いんだ。言葉には出来ないけど、何かが……)
「早く、見つけないと」
普通なら立ち入りすら制限されるその名が浮かんだ。
その瞬間、彼は弾かれたように立ち上がり、急ぎ足で司書の居るカウンターへと向かった。
バンッ……!
静謐な図書館に、カウンターを激しく叩く音が不躾に響く。
「禁書庫の方まで案内してください!」




