44.悪役令嬢は気にしない
「どういうことですか!?」
部屋に声が響き渡った。レオンは軽く睨みつけるようにしながら王宮専属魔道士を見る。
「し、調べてみた所、サブジーナス公爵令嬢様には、特に異変は見つかりませんでした」
魔術師はおどおどとしながらもう一度言う。レオンはソファ力なく座る。
「こんなに性格が変わったというのに、異変がないなんてこと、ありえないんですけど」
「魔術などによる変化ではないということです。……恐らくですが、体を強く打ったらしいですし、それによるものかと」
部屋を圧する緊張感に臆せぬよう胸を張りながら、魔術師は述べる。
フランクは何かを考え始め、ギルは口元を抑える。レオンは、やりばのない感情を魔道士にぶつける。ソフィアは髪をくるくるといじり、あくびする。
誰もが、バラバラな行動を取っていた。
「あ、私はこれで」
「ちょ……!」
魔術師は礼をし、直ぐ様、逃げ出すように部屋から出ていった。レオンは伸ばした手を戻し、深々とため息を付く。
「魔法の影響じゃないなんて……。僕はどうすれば良いんだろう」
「別に何もしなくて良いわよ?私は私なんだから」
ソフィアがさらっと言った。レオンは顔を強張らせてから、ゆっくりと振り向き返す。
「僕がしたいんだよ」
さっきまでの魔術師との態度とは打って変わり、先程の魔術師のように気弱に答えた。
ソフィアへの接し方に迷っているようだ。他人だと言われたが、家族の感情以上に想っているのだ。急に態度を変えることは出来ない。したくもないだろう。
「そう。でも、私は何も変じゃないって分かったでしょ?さっさと部屋から出てって頂戴。もう用事はないでしょ」
追い払うように手を払う。
「ある。沢山あるさ」
今まで変貌したソフィアに何も言わなかったギルが、彼女を見つめる。ソフィアは背もたれに背中を付けた。
なんと言えばよいか迷っていた二人が彼を驚いて見つめたが、彼の番だと様子を見守ることにした。
「お前は、俺が知っているソフィアと全く違う。ソフィアは人を傷つけるような態度は取らなかった」
「私が変わったと?」
「違う」
ソフィアが目を細める。
「お前は、確かにソフィアだ。俺の知っている。変わらない」
聞きたいことを飲み込みながら、彼らはギルの話に耳を傾ける。
ふっと視線を落とし、そしてまた上げる。悲哀のこもった視線に、ソフィアは嫌悪をあからさまに示す。
「何で、そんな態度を取るんだよ。俺には、お前が分からない。なんで、急にそんな態度をとるようになったんだ?」
「——自分で考えたら?」
「考えた。死ぬほど考えた。けど、……分からなかった」
「それが答えよ」
ソフィアはローラに命令し、彼らを部屋から出て行かせる。
最後に、ギルがもう一度だけ、すがるようにソフィアを振り返る。
パタン、と。
無情な音を立てて、重厚な扉が閉まった。
「俺には、分からないんだよ——」
ギルのルビーのような目が、輝きを増していた。
◇ ◇ ◇
ソフィアはソファでくつろぎながら不敵に微笑む。
「この調子だわ。良い調子。このままいけば成功……」
(『何で、そんな態度を取るんだよ』)
ギルの泣くような訴えるような表情が脳裏に浮かぶ。少し止まってから、彼女は紅茶をぐいっと飲み干し、ティーカップを小指で支えて音がならないようにして置く。
「全ては、私の幸福の為に」
◇ ◇ ◇
「ほんと最悪。なんで、個室も魔導炭酸水にしないのかしら。金は積んであげるのに」
大浴場にて、ソフィアは呟いた。学園入園時に支給されたバスローブを着、ローラが後ろに立っている。
ソフィアは不満足さをあらわにしながらバスタブに近づき、専用の係たちに話しかけた。それから、バスローブを着ながら身体を洗われる。ローラは係たちに指示を飛ばしていた。
洗い終わると、ソフィアは水を垂らしながらゆっくりと歩き出す。前髪を邪魔だと言わんばかりにかき上げながら。
雰囲気の変わった姿に周囲の令嬢達は釘付けになる。
彼女は湯船につま先から入り、肩まで浸かると髪を湯船に入らないよう結い上げた。
濡れて肌につく髪、あらわになった首、バスローブから覗く谷間。
ソフィアが令嬢達に視線を移す。
上品でありながら艷やかなその姿に、令嬢達は思わず息を呑み、目を奪われていた。
「あの、何で見ていますの?やめてもらえます?言いたいことがあるのならば言ってくださいませ」
((どうしてこうなってしまったのかしら))
令嬢達は「何でもありませんわ」と口を揃えた。
ソフィアが白湯を身体に染み込ませていると、
「ソフィア様」
透き通った声が彼女の名を呼んだ。
バスローブを着たシルヴィアだ。ソフィアは鬱陶しいという表情をしてから、鈴のような声で微笑んだ。
「ふふ、こんばんわ、シルヴィア様。二度と来ないで良いと言ったのだけれど、聞こえていなかったのかしら?」
シルヴィアは深呼吸をしてから、ソフィアやカインのような空笑いをする。
「あらソフィア様。勿論聞こえていましたわ。けれど、会ってはいけないとは言われませんでしたもの」
「まあ、シルヴィア様。社交界に早くも馴染んできましたのね。心から嬉しく思いますわ」
「うふふ」
「ふふふ」
ソフィアは慣れたようにビジネ笑顔を貼り付けながら会話をするが、シルヴィアは少しきつくなってきたように顔が引きつり始める。
「それで、何の用ですの?」
シルヴィアは沈黙した。上を見上げ、首を傾け、指で顎に触れる。
「用、無い、ですね」
困ったように微苦笑する。
「え?」
正気を取り戻してくださいとでも言われると思っていた為ソフィアはぽかんと口をだらしなく開けた後、呆れたように彼女を見つめた。
「なんなの貴方。用がないならさっさとどこかへ行きなさい。私は貴方の顔も見たくないの」
「……私は、話したいです」
「ふーん」
ソフィアは良いことを思いついたというように口角を上げる。
「この大浴場、シルヴィア様はどう思いまして?」
「美肌効果などもあるそうですし、私は嬉しいと思いましたよ?」
「私もですわ。だけど、可哀想で」
「可哀想、ですか?」
ソフィアの言っていることがよく分からず、聞き返す。
ソフィアはバスローブ越しに胸のあたりを手で撫でる。シルヴィアの目線が彼女のそこに移ったが、まだ分からないようだった。ソフィアは指を唇に当て、優雅に微笑んだ。
「私みたいな体型であれば良いのだけど、ここがまだ発育していない人は……ねえ」
ソフィアはわざとらしくシルヴィアの胸元を見る。シルヴィアはやっと意味が分かり、徐々に顔を赤らめていった。
「た、確かにソフィア様と比べたらそうかもしれませんが、ソフィア様が年齢に反して大きすぎるのです!」
「そんなことないわよ?それに、少なからず小さいのが好きな殿方も居るんじゃないかしら?」
煽り立てるようにソフィアは言った。シルヴィアは露骨に嫌そうな表情をする。初めて端正な顔が崩れ、ソフィアは鼻歌を軽く歌う。
「は、破廉恥です!小さいのが〜っ、って凄い屈辱的ですよ!」
乙女ゲームでもほぼずっと大人びていたヒロインが、自分の言動によって年相応の少女に変貌する。その様子がソフィアは楽しいらしかった。
「サブジーナス様、その話はいかがなものでしょう」
明日も投稿します!是非見にきてくださいね




