悪役令嬢(主人公)は当然ながら巻き込まれる2
ソフィアは、学園見学が終わって教室に戻ったあとも帰ってこなかった。
彼女は、あの時を最後に失踪したのだ。
今にも正気を失って飛び出そうとするレオンとギル、そして青ざめて震えるローラを、俺は必死で組み伏せるようにして止めた。今ここで身内だけで騒いでも探せる範囲には限界がある。
俺はすぐに学園長へ事態を報告し、他の生徒の授業に支障が出ないよう表向きの調整をしながらも、裏で学園の教師や衛兵たちを総動員させた。
最後にソフィアを見た俺、レオン、ギル、ローラ。そして、ただ事ではない気配を察して協力を買って出てくれたカイン殿下も、自ら捜索に加わる。
『ちょっと迷子になっちゃった。ごめんね!』って、いつもの調子でふざけて戻ってきたら、今度こそ本気で怒鳴りつけてやる。まだ学園の順路などを全ては覚えてないはずだ。覚えているなんてありえない。
――だから、頼むから。どうか無事でいろよ、ソフィア……!
そう、祈るように思っていた……。
ソフィアが見つかったのは、学園の、あの風が不自然に荒ぶる森の最深部だった。
クレーターのような垂直の崖。その底で、倒れているソフィアを真っ先に見つけたのは、ギルだった。あいつは身体能力が高いから当然と言えば当然の結果だろう。
彼女が見つかったと知って、彼女の元へと向かい、俺が見た彼女の顔は異常なほどに赤く、触れた肌は触るのを躊躇うほどに熱を帯びていた。呼吸も酷く荒い。
崖から転落したのだろう。肩や腰には、素人目にも凄惨だと分かるほどの大怪我を負っていた。のちに駆けつけた治癒術師は頭部に致命的な負傷がなかったのは奇跡だと告げたが、大事なのは事実だ。
いつも強気で、魔術全制覇のドヤ顔を浮かべ、男勝りにずかずかと前を歩いていた彼女からは、到底想像もできない姿。
俺が生涯、見ることのないと思っていた姿、そして一番見たくはなかった姿が、そこにあった。
◇ ◇ ◇
一日が経った。
ソフィアの怪我は想像以上に激しく、学園の治癒師が放つ普通の治癒魔法では完治させることができなかった。施される魔法を弾くように、彼女の身体は熱を出し続けていた。
そんな絶望的な状況を救ったのは、神聖魔法の扱い手である聖女――シルヴィアだった。
彼女が祈るように両手をかざすと、あれほど惨たらしかったソフィアの傷が、嘘のようにすうっと消えていく。
完治したのを見て、俺達は思わず安堵の声を上げた。聖女が国から特別視されるのも納得の、常軌を逸した力だった。シルヴィアには心から感謝した。
それからは、皆で交代で彼女の部屋に詰め、彼女が起きるのをただひたすらに待っていた。
そして、その時が訪れる。
ベッドの上のソフィアの瞼が、ぴくりと揺れた。
「……っ」
全員の息が止まる。
長い睫毛に縁取られた彼女の瞼が、ゆっくりと、光を受け入れるように開いていく。
「ソフィア様!」
「ソフィアお姉様……!」
「ソフィア!」
ローラが、レオンが、ギルが、そして俺が、弾かれたようにベッドの傍らへと身を乗り出し、一斉に声を上げた。
だが、ソフィアは何も言わなかった。
起き上がることもせず、ただ、差し込む陽光の中で俺たちの姿を真っ直ぐに見つめてくる。
――その目は、ガラス玉のように冷え切っていた。
いつも俺たちを見て、呆れたり、楽しそうに笑ったりしていた、あの生き生きとしたソフィアの瞳では、断じてない。
ただただ冷酷に、見知らぬ他人を見るかのような冷徹な光を宿したその視線が、いつもの彼女ではないことを、最悪な形で示していた。
彼女は、普段の俺たちには絶対に見せないような、他の貴族たちに向ける完璧に取り繕った笑みを浮かべ、言った。
「ご迷惑をかけてごめんなさい。けれど……出ていってもらえる?」
言い終えた瞬間、その仮面のような笑みが綺麗に消えた。
凍りついた部屋の中で、誰もが言葉を失う。
謝られた。あのソフィアに、そんな、他人にするような余所余所しい態度で。
「ソフィア、お姉様……?」
突き放されて、レオンが、泣き出しそうな顔で彼女の名前をおそるおそる呼んだ。
だが、彼女はその声に愛おしさを覚える風でもなく、ただただ煩わしそうに深く溜息をついた。
「早く出ていってもらえる?……私の言葉、聞いていないの?」
その声音には、明確な拒絶と冷徹な威圧が籠もっていた。
脳裏をよぎるのは、昨日まで俺たちの前で「万全よ!」と胸を張って、楽しそうに笑っていたあいつの姿だ。
「お前……誰だ?」




