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39.悪役令嬢は完璧聖女と談笑する

 その時、クリスタル・サロンの入り口が、にわかに騒がしくなった。

 新入生たちの視線が一斉に一方向へと集まる。モーセの十戒のように、人混みが綺麗に割れていき――そこから、一人の少女が姿を現した。

 白銀髪で、 絹のように細く、光を透過するほど透明感がある髪。アクアマリンブルーで、濁りが一切ない、深く澄み渡った冬の空のような青の瞳。

 そして、胸元に輝く、新入生の中で彼女だけに許された『教会の紋章』が刻まれた青いブローチ。

 シルヴィア・ロドン。ゲームの主人公が、ついにパーティー会場へと足を踏み入れたのだ。

 シルヴィア・ロドンが歩く姿は、まさに神聖そのものだった。

 しかし、前世で彼女のプレイヤーだった私は知っている。僅かな時間で聖女としての教養を取得する為に寝る間も惜しんで努力をしていたことを。


 

 シルヴィアは、周囲の貴族たちからの羨望と畏怖の視線に晒されながら、確実に孤立していた。誰もが「聖女様」という高貴すぎる存在に恐れをなし、話しかける勇気を持てずにいるのだ。

 悪役令嬢ソフィアなら、ここで「あら、成り上がりの泥豚さん?どうなさったの?」と嘲笑いに行くだろう。だが、私にヒロインと敵対するメリットなど、万に一つもない。ソフィアみたいに性格が悪いわけでも無い。よって、

「殿下、少し失礼いたしますわ。聖女様が少々、困惑されているようですので」

「え? ああ、頼むよ、ソフィア。私たちが急に近づくと、周囲がさらに緊張してしまうからね」

 王太子殿下の許可を得て、私は一歩、シルヴィアの元へと歩み出た。

 優しい態度で接するのみ。


 

「初めまして、聖女シルヴィア様。私はサブジーナス公爵家が長女、ソフィア・サブジーナスと申します。困ったことがあれば、何時でも言ってくださいませ。助けになりますわ」

 私は、社交界で完璧に磨き上げた微笑みを浮かべ、優雅に一礼した。

 シルヴィアは一瞬、呆気に取られたように私を見つめていたが、慌ててスカートの裾を掴み、お辞儀をした。

「初めまして、ソフィア様。シルヴィア・ロドンです。そう言っていただいて、心強い限りです」

 声は鈴を転がすように美しい。乙女ゲームと変わらず、妙な社交界慣れだ。

「…シルヴィア様の御髪はとても美しいですわね。ここに月光が差し込めば、もっと美しいでしょうね」

「まあ、ありがとうございます。ソフィア様の金髪も、日光に照らされ輝いていて、とても綺麗ですわ」

 うふふ、と私達は微笑み合う。

 元平民の少女が数ヶ月の特訓で身につけられるような、生ぬるい所作ではない。洗練された言葉選びと、こちらの出方を値踏みするような理知的な視線。

 うーん、貴方、元平民なのよね?貴族と話しているような気分だわ。

「シルヴィア様、もしよろしければ、あちらのテーブルへご一緒しませんか? 私の友人がおりますの」

 私は、いつの間にかデザートのテーブルへと移動していたフランクを見つけ、シルヴィアに声をかける。

「はい。是非ご一緒させてください」

 

 

「おい、ソフィア。聖女様を連れてくるとか聞いてねぇけど」

 中央のテーブルに戻ると、フランクが迷惑そうな顔で私を迎えた。人脈作りに非積極的な男である。

「ロペス様、初めまして。シルヴィアと申します」

「ロペス家が長男、フランクです。聖女様、我が国の最高峰たる学園へようこそ」

 フランクは、私と話していた時とは打って変わって、完璧な、高貴な貴族の令息として一礼した。高身長整った容姿。そして天才的な頭脳。高い、知識や技術の吸収率。

 普通にしていれば、彼もまた立派なハイスペックイケメンで、攻略対象だ。

「さあ、シルヴィア様、どうぞこちらへ。このタルト、絶品だと有名なんですよ」

 シルヴィアは苺のタルトを食べて、驚いた表情をする。

「このタルト、凄く美味しい……!ソフィア様の言う通り、とても美味ですわ」

 幸せそうに彼女は微笑む。

 私は、近くのテーブルにあった、果実水を手に取り、クイッと飲む。

 うーん、やっぱり、ワインは美味しいわ。

「ソフィア様、このタルト、もしかして噂のものですの?」

 令嬢に聞かれ、頷く。すると、彼女は他の令嬢たちにも声をかけた。

「え?あのタルトが?」

「無くなる前に手に入れませんと!」

 令嬢達は私達のテーブルに大集結し、タルトを取っていく。それにより、私やシルヴィア、フランクが、満員電車に乗っているときみたいに、あちこちから押される。背中に強い衝撃を感じ、おっと、と手首が一瞬ブレたが、そこは日頃の体幹トレーニングの成果。

 今日、皆の食い意地がいつもの5倍以上あるのだけれど。皆、どうしたの!?



 やっと混雑がなくなり、テーブルの上には何も無くなっていた。凄い人気だ。

「お、おい、ソフィア……自分の手見ろ」

 フランクが変な風に、そう言ってきた。私は不思議に思いながら右手を見ると、ワイングラスが斜めになり、シルヴィアの制服に果実水がかかっていた。

「え」


『あら、ごめんなさい?だけど、その姿とってもお似合いよ?汚らわしい貴方にぴったりだわ』

 ソフィアが、赤に染まった制服を見て、楽しそうに笑ってる。


 今の状況、完全にゲームと同じだわ……!

 嘘でしょう。


 

 私は手首の傾きを戻し、直ぐ様謝った。

「申し訳ありません、シルヴィア様!直ぐに替えの制服を用意しますわ」

「そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。これくらい、頑張って洗えば落ちますわ」

 精一杯私を宥める姿に、やっぱり良い子だと思う。

 優しい!

 しかし、誰かがポツリと言った。

「聖女に嫉妬して制服を汚した悪女だ……」

「そうだ…そのとおりだ……やはり悪女だ。こいつは、傲慢だ!」

 意味の分からない言葉が聞こえ始める。何人かなだめている人がいるが、大体は戸惑っている。

 私を蔑む言葉を言っているのは、全員所持魔力量が少なく、魔術が得意でない人ばかりだ。

 きっと、この機会を見計らって、気に食わない私を貶めようとしているのだろう。まるで、誰かにあらかじめ用意されていた台詞を吐き出されているかのような、妙な平坦さがある。



「皆さん、ソフィアはそのようなことをする人ではありません。今までの彼女の行動を考えて見てください。たった一回の行動でそのようなことを言うのですか?」

 フランクがにこやかな笑みを浮かべながら、私を庇ってくれた。

「フランクの言う通り」

 女子生徒が、男子にしては高めな声に振り返る。

「ソフィアお姉様がそんなことする訳ないじゃん。皆、冷静に考えてくださいね」

 軽く目が怖いが、私のために怒ってくれているということなので、嬉しい。

「お二方の言う通り、ソフィア様はそのようなことをする人ではないと思います。ただの偶然でソフィア様を悪く言うのはやめてください」

 シルヴィアが強めの口調で諭す。

 次期筆頭公爵のレオン、次期宰相フランク、さらには聖女にまで一喝されたことで、彼らは周囲の冷ややかな視線に気づき、青ざめて逃げ出した。

「シルヴィア様、ありがとう存じますわ」

 私が感謝を伝えると、シルヴィアは、大したことはしていないと微笑んだ。

 うぅ、良い子だわ!この場で、彼らに便乗して私を貶めなかった!漫画でよくある、ヒロインも転生者で、主人公を邪魔する系じゃなかったわ。疑って申し訳ないわね。うん。良い子……偶然、よね。

活動報告でシルヴィアの、乙女ゲームでの登場人物として記載されていたことを書きました!是非見てくださいね

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