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38.悪役令嬢と新入生歓迎パーティー

 鳴り響く拍手の渦の中で、私はただ一人、思考の宇宙を彷徨っていた。

 壇上で可憐に一礼し、白銀の髪を揺らしながら席に戻っていく少女――シルヴィア・ロドン。

 確かに彼女は「アマリリスの聖女」のヒロインなのだが、違和感を感じる。何というか、目が笑っていないというか。雰囲気から滲み出る美しさや気品、高潔さはゲームそのままだが……。

「ソフィア、眉間の皺を寄せて何やってんだ?」

「……え?」

 現実へと引き戻したのは、隣から降ってきた呆れたような声だった。

 見上げれば、白と紺の制服に包んだフランクが私を見下ろしている。さっきも身長のことで私をからかってきた、我がサブジーナス公爵家の隣領の嫡男である。

「なんでもないわよ。ただ、聖女様があまりにもお美しくて、同じ新入生として圧倒されていたのよ」

「嘘をつけ。お前が美しさで圧倒されるわけ無いだろう。どうせ、私の方が綺麗だとか思ってたんだろ」

「私のことを何だと思っているの?心外なのだけれど。かすりもしてないわ」

 一応社交の場なので、笑顔を貼り付けながら言い返す。フランクは冗談だと笑い、それにホッとする。5年くらい幼馴染やっているのに、そんなことを本心で言われたら驚きしか無い。

「ソフィアお姉様、フランク、そろそろパーティーに行かないと」

 私の反対側から、鈴の鳴るような、しかし低くなった甘い声が届く。

 彼は既に周囲の女子生徒たちから「まあ、なんて愛らしいのかしら」という視線を一身に浴びていた。相変わらずの可愛さと格好良さだ。

「そうね、レオン。ありがとう」

 私が微笑むと、レオンは嬉しそうに目を細めたが、その視線は一瞬だけ、壇上の聖女シルヴィアへと向けられていた。聖女という存在が興味深いのだろう。


 

「一度、ギルやローラと合流しましょう」

 新入生歓迎パーティーには、使用人も参加出来るのだ。

 私は立ち上がり、ネイビーのリボンが揺れるのを自覚しながら二人に声をかけた。

 大講堂の重厚な扉を出ると、そこには既に多くの新入生とその従者たちが溢れていた。だが、私の専属執事と専属メイドを見つけるのは簡単だった。

 そもそも、サブジーナス公爵家組が目立っている。そこにウィリアムが居ないのが残念だ。仲良かったのだけれど、他の仕事に就くということでやめちゃったのよね。また会いたいわ。

「ソフィア様、こちらです」

 人混みの中から、ギルやローラが現れる。

「ギル、お疲れ様。講堂の中は凄かったわよ」

「ああ、外にまでどよめきが聞こえてきた。聖女様⋯どんな方なんだろうな」

 ギルは私の斜め後ろ、完璧な護衛の位置にスッと収まる。

「まあ、聖女様がどんな存在であれ、私たちのやるべきことは変わらないわ。さあ、大食堂クリスタル・サロンへ行きましょう。私の美貌をさらに世間に知らしめる時間よ」

「お前、何言っていってんだ……?」

 フランクの突っ込みを無視して、私は翻る白いジャケットの裾をなびかせ、パーティー会場へと歩みを進めた。


 

 聖アマリリス王立学園の『クリスタル・サロン』は、その名の通り、四方の壁と天井が最高級の魔導ガラスで造られた、光溢れる大空間だった。

 初夏の柔らかな太陽光が天井から降り注ぎ、新入生たちの純白のジャケットと、胸元で揺れる青いブローチを宝石のように輝かせている。

「まあ……」

 思わず言葉を失う。前世のゲーム画面でも美しかったが、3次元の、しかも自分がその空間に立っているとなると、感動の桁が違う。

 会場内には、これでもかと豪華な料理が並べられた長いテーブルがいくつも設置され、高級なワインやジュースがクリスタルのグラスに注がれていた。

 だが、大量すぎて食べきれないのでは。だけど、食品ロスになってしまうのは良くないわよね。

「ということで、皆、沢山食べて飲んで頂戴」

「いや、どういうことでだ?」

 思わず理由を言うのを忘れてしまい、ギルにツッコまれる。しかし、言わなくても分かるだろう。面倒だというわけでは決してない!

 ローラも、「言わなくても分かるでしょう。ソフィア様のことだから、深い意味がある決まっているわ」と言ってくれた。


 

 ギルは首を傾げながら、ローラと共に料理達に向かって歩いていった。

「ソフィアお姉様、あちらに王太子殿下の姿が見えるけど、挨拶に行く?」

 レオンが私の袖を軽く引きながら、会場の奥を指さす。

 そこには、新入生の王太子殿下の姿があった。殿下もまた、白と紺の制服を着こなしているが、その立ち姿には早くも王者の風格がある。

「そうね。最低限の礼儀として、顔だけは出しておきましょう。フランク、貴方も来る?」

「いや、俺はパスだ。王太子と居ると疲れっから」

「あら、気が合うわね。私もよ」

 私はレオンを伴って、王太子殿下の元へと歩き出した。

 スタイルの良い私が、背筋をピンと伸ばして歩く。すれ違う他貴族の新入生たちが、一様に息を呑み、道をあけるのが分かった。

「おい、見ろよ……サブジーナス公爵家のソフィア様だ」

「相変わらず美しい。どうにか婚約者の座にいけないか」

「隣の少年たちも凄まじいな。美形揃いだ」

 周囲の囁き声が耳に届く。

 


 ふふ、うふふふ。おほほほほほ。

 あー、なんて気持ちが良いのかしら!転生してから、美貌を磨きに磨きまくった。だからこそ、この称賛が嬉しいわ。

 内心で盛大にドヤ顔をしながら、私は王太子殿下の前に立ち、完璧な淑女の礼を捧げた。

「ご入学おめでとうございます、王太子殿下。本日より、同じ学園で学べる誉れを、心より嬉しく思いますわ」

「ああ、サブジーナス公爵令嬢。堅苦しい挨拶はよしてくれ。学園内では私たちは対等な学生だ」

 王太子殿下は、眩しい笑みを浮かべて私を促した。

 ああ、相変わらずの鉄壁仮面インプレグナブル・ペルソナね。


 

 彼は、カイン・ヴィルハルト・アマリリス。

 「アマリリスの聖女」のメイン攻略対象で、端正容姿文武両道の孤独腹黒王太子。

 国王陛下と王妃様には、彼しか子どもが居ない。更に、王家の血を引いた者が他に居ない。つまり、彼は唯一無二の存在なのだ。それ故、幼い頃から周囲の重責を受けながら生き、個人的な感情や弱さを一切許されない環境で育った。完璧を演じることでしか、周囲の期待に応え、国を守ることができないと信じているわ。

 今も、彼の得意技「鉄壁仮面インプレグナブル・ペルソナ」を繰り出してきたわ。

 王太子としてしか愛された経験がなく、誰もが役割しか見てくれない為、本当の自分を理解し、無条件に受け入れてくれる存在を心の奥底で強く求めている。けれど、その渇望を外に出すことは「王太子」の崩壊に繋がるため覆い隠している。

 軽く、乙女ゲームでのレオンに似ているのよね。まあ、レオンはソフィアによって欲求が満たされていたのだけれど。

 

 

 その時、クリスタル・サロンの入り口が、にわかに騒がしくなった。

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