ママ決定戦
「納得いきません!宇治春くんのお母さんが何故あなたなのですか!何故私にはなれないのですか!」
真冬は俺のお母さんではないし、委員長が俺のママになるのは至極当然に不可能なのだが?
「あきらめなさい人の子よ。運命なのだから」
「キャラ変してまで言うことですか? この子は私の子です! 証明してみせますから!!」
委員長は真冬の腕から俺を奪う。
異性――それも同級生に己という存在を奪い合われる。
これで俺の体が赤ちゃんでなかったらどれだけ救われことか……
「よしよーしママですよ」
「返して! わたしの赤ちゃん!」
「いいえ! この子を一番愛せるのは私です! さあ宇治春くん!」
委員長はマジな目で俺を見る。
発言の馬鹿さ加減とはくらべものにならない本気の目-―覚悟してきている人だけがもてる眼差しだ。
「甘えてください! 存分にっ! 私はどうなってもかまいません! 吸うのですか! 吸いたいのですか! ならば我が肉体を阻むこの脆弱な鎧を開放する権利を与える! そのやわわわなおててで! 解き放つのだっ!! やれ! 我が友よ!!」
「止めて! 赤ちゃんになんてことさせようとしているの!」
「私は一向に構わんっ!!」
演じていたころの人格が混ざり合ってなんかもうアイデンティティーが崩壊している。助からない系のライバルキャラが死を乞う展開みたいになっているが、これから行われようとしているのは赤ちゃんの犯罪率上昇行為だ。
委員長が俺の小さなおててを制服の胸元に誘導する。
「あなたっ!それ以上は道徳とモラルの神々に見放されるわよ!」
「知ったことか! 今この瞬間こそが人生! これこそ正解! 我の生き様よ! 神に逆らってでも私はママになるのです!!」
真冬が止めようと走る。
もはやこれまで!
女子高生の握力に赤ちゃんがかなうはずもないのだ。
真冬が俺の片腕を引っ張る。
ここに壮大にして醜い女子高生二人による親権の奪い合いが生まれてしまった!
だがっ!
「痛い! 助けてママ!」
俺は自分でもドン引きするような思いつく限り最悪な命乞いを口にしてしまった。
はっとした二人の握力が緩められるのは同時であったと思われる。
いたいいたいした柔らかなおててを俺はいたわりながら呆然とする委員長に向けて語る。
「委員長。これは抱かれて初めて理解したんだがママとそれ以外の女性では得られる温もりと握力が段違いなんだ。だから委員長は……残念ながら俺のママではないんだ。ママでは……ないんだ」
「そんな……宇治春くんのことは私のほうがずっとずっと長く想っていたのに……なのに、なのに! 宇治春くんのお母さん童貞を奪われるなんて」
「それ以上悔しがらないでくれ委員長。それではまるで俺がアブノーマル国家における首席のような言い方だ。自分と俺を傷つけるのはもう……やめてくれ。俺は無理やりと寝取られが一番嫌いだって……長年の付き合いのお前なら……知っているはずだ」
俺は短くふわふわな手(赤ちゃん肌)を委員長に差し伸べる。
委員長は俺を抱いたまま泣き崩れる。
「ごめんなさい……駄目なお母さんでごめんなさい。ママになれなくて、赤ちゃんの気持ちを考えられなくて……ごめんなさい」
「いいんだ。委員長は悪くない。誰も悪くない。ただ時が早すぎただけなんだ」
駄目なお母さん以前にお母さんじゃねえんだよというような目で真冬が見ているがなんだか感動的な場面なので無視。
と、その時奇跡が起こった。
「光?」
拙い。
か細くて今にも消え入りそうな光が俺たちから生まれる。
その粒子はきらきと天に昇りつつ消えていく。
ほんの少しだが、俺にも六歳女児程度の握力が宿るのを感じる。
「これは……母性? 私の中にも母性が? ママの可能性があったんですか? どうして?」
委員長の戸惑いに俺はひとつの可能性にたどり着く。
「聞いたことがある。この国の神話時代にかつて町奉行の大岡越前守が本物の母親を見極めるために子の手を引っ張らせ最後まで放さなかった方を本物のママとするという神話を。だが本物のママは痛がる子を労わりその力を緩めることで偽者は裁かれ、子は無事にママのもとへと戻され世界に泰平が訪れたと」
町奉行の神話が後世に伝えたことは一つ。
己の欲望を越えた先に真実の母性があるということだ。
「力を緩めたのは同時だった。どちらも本物のママだった。あの神話は真実だったのか……」
俺の発言の気持ち悪さに真冬は言葉を失い、委員長もまた自分の中にあった本の少しの母性に気づき言葉を失う。
やがて委員長はゆっくりと立ち上がり、真冬に歩み寄る。
「この子を頼みます」
真冬はすごくいやな顔をしながらも俺をその腕に迎える。
委員長は人として少し成長したような笑みを浮かべ、俺は少しだけ彼女に甘えたくなった。
体が赤ちゃんになったことで欲望まで変質してしまったのだろうか?
「今はあなたの母性の方が強い。けれど勘違いしないでくださいね。今はまだほんの少しの母性ですがいずれあなたを追い抜いてみせます。立派なママになりますから!」
宣戦布告である。
週刊誌に連載されているラブコメで使われたら掲載前に打ち切りにされるような言葉だ。
「行ってください。早く。いずれこの街のパンデミックに対し、米軍が滅菌作戦を決行することでしょう。そうなる前にこの街を成増を守ってください! それができるのは本物のお母さんであるあなたと宇治春くんだけなのですから!」
真冬はもうあきらめたのか無言でうなづく。
なんか最後っぽい戦いが始まろうとしている。




