ママ
「みなさんこちらの光景をご覧ください。パンデミックが起きています」
黒人のニュースキャスターによる成増市街の現場中継を眺める。
それはある意味地獄であった。
「な、なんだコレは? 体が幼女に? 女の子になってる?」
「突如として成増市民が次々と幼女になっています!あっ!あなたもそうですか?」
「ああ……そうらしい。だが不思議と晴れやかな気分だ」
「脳みそ快晴の天気模様か!! くっ偏西風が!?」
成増特有の強風が現場を襲う。
幼女化した幼女はスカートを抑え、ほほを赤らめ、
「きゃー風さんのえっちーーーー!!パンツ見ないで!!」
「白と水色のしましまーーーーー!!」
「ふえええん!こんなの重たくて持てないよぉ~!」
「大変だ!カメラマンが金髪ツインテールに!なっ!私も黒人から白人幼女に!青髪・メスガキ・CV東山奈央の三種の神器がそろってしまったああああ!!成増放送局キャスターランス・プレストンがお送りしました……」
中継はそこで途絶えた。
スマホのニュース速報を見ていた俺たちはあまりに意味不明な光景にしばらく言葉を失う。
「バブ!どうやら混乱が成増中に広がってしまっているな」
委員長の腕の中であやされながら、俺は事態の深刻さを思い知る。
「どうなっちゃうのこの街」
「私の計算では成増民の八割が幼女化した段階で経済は破綻し、隣接する県や区の進行を受けて十二時間以内に崩壊するでしょう」
「残された時間は少ないってこでちゅか」
あのおじさんによる侵略は即座に行われ、今や成増は厳戒態勢だ。
パンデミックの起こった成増は隣接する地域と完全に遮断され、完全幼女テリトリーだ。
世間では理由がわかっていないようで、新種のウィルスによるという噂まで流れている。事態の収拾のために米軍がミサイルによる滅菌作戦を発表したとかしていないとかいうものまで流れてくる始末だ。
「とめられるのはわたしたち三人しかいないんじゃない?」
大家さんは幼女化を失ったショックで聖骸のようなありさまだ。笑顔のまま目をつむり、手を組んで先ほどからアスファルトに寝転んで動かない。もう何の役にも立たないだろう。
「確かに……成増民のほぼすべてが状況を理解していない以上私たちにしか止められません。ですがこちらも握力を奪われ、頼みの綱の宇治春くんは赤ちゃんです」
「ばああああぶううううう!!」
そうなのだ。
俺は赤ちゃんなのだ。
握力をすべて奪われた俺はどんな神秘か赤ちゃんになってしまったのだ。
今やダンベルを握ることすら叶わず、幼馴染同級生に抱きかかえられるだけの無力な存在だ。
「わたしたちの握力も奪われたわ。こんな時ジャンプなら修行するところだけどそんなことしてる間に米軍に滅菌されちゃうよ」
八方塞がりとはこんな状況なのだろうか。
このままでは俺たちの愛する街が幼女だけの街か滅菌の二択の結果になるのは明白だ。
「聞こえますか。今あなたたちに物理的に語りかけています」
やたらエロい体つきをしたメイド服姿の姉ちゃんが唐突に割り込んできたのはそんな時だった。
俺たちは可哀そうなものを見る目を向けるが、彼女は凛とした表情のまま続ける。
「わたしは……煩悩の女神様です」
「実在したのかよ!?ばあぶ!!」
「太古の昔よりこの地を治めてきました」
「恰好に説得力がないですけど!?」
「女神と呼ぶのが不服であればどうぞメスブタとお呼びください」
「しかもどMなの!この女!!」
「握力に愛されし子たちよ。今こそ神託を授けましょう」
気持ち悪さ前回の姉ちゃんは女神っぽい柔らかな目を向けると何もなかったかのように話を続けようとする。
「どちらかがママになるのです」
「なんてことをいきなり強要してくるのですか!?このドM女は!!」
「残念ながらあなたにはその資格がないようですね……持たざる者よ」
「胸部に目を向けながら憐れみを向けないでいただけますか!ものすごく腹が立ちます!」
「赤さんにして赤さんならざる者よ。手を……」
「平然と会話を続けないでもらえますか!?サイコパスですか!」
女神様は委員長を無視して俺を抱きかかえると真冬のほうに向きなおる。
「さあ、抱きなさい」
「意味がわからないんだけど」
「赤さんとは無欲の象徴……何よりも弱い存在。それ単体では握力は生まれません。ですが本当の強さとは肉体ではなく心が生み出すもの。赤さんがママと合わさったとき――伝説では幼女の数億倍の握力を生むと伝えられています」
「そんな伝説初耳だけど!?」
「抱くのです!さあっ!!」
半ば強引に俺を押し付ける煩悩の女神様。
これ虐待だろ!福祉に訴えてやる!
「そこまで言うなら……」
半分おびえていた真冬であったが今度はほほを赤らめながら俺を抱きかかえる。
「ちょっと……恥ずかしいね」
「ぼっくんはお前の十億倍恥ずかしいでちゅよ」
この年で赤ちゃんプレイを強要されている身にもなってみろ。
「やはり……あなたがママでしたか。胸部装甲を持つものよ」
「それっておっぱい!?えっ!」
真冬の言葉が途切れるのは光が俺たちから生まれたからだ。
それに握力。
どんどんみなぎってくる。
それは俺を抱く真冬も同じようだ。
赤ちゃんとママ。
本当にこの組み合わせが無限の握力を生み出しているようだ。
「よかった。わたしが見込んだ通りの者たちでした」
「お前……死ぬのか?」
いつの間にか呪われた赤ちゃん言葉から解放された俺が女神さまに問う。
女神さまがだんだん半透明になって消えていくからです。
「わたしはいつまでも見守っています。邪悪なるおじさん幼女を倒し、成増の未来を……頼みます。そしていつの日にか……わたしを罵倒しに、こちら側へ」
どうしようもない言葉と最後まで崩さなかった女神っぽいほほえみとともに不審者は成増の彼方へ消えていく。
「わたし……ママになったの?」
だがいかんせん状況は理解できない。




