煩悩の女神
「おはようございます。宇治春くん」
大家さんの魔の手から逃れると今度は委員長が待ち構えていたように現れる。
「見つけたわよ織田宇治春!」
そしてこちらは電柱にしがみついている元成増のアーチャーこと真冬さんである。
誤字ではないからもう一度言っておくが電柱にしがみついている。
気が触れているとしか思えないのは俺だけではないはずだ。
俺と委員長が侮蔑の二文字を持ってして眺める中、彼女はすすすっと電柱から降りてくる。
「戦え!」
こんな場面出くわしたことあるか?
朝っぱら、顔を合わせて三秒で戦えとかニチアサの世界でも今時やんねーよ。
「お前日常生活成り立ってる?会話の始め方が0点だよ0点。三歳児だってもう少しとっかかりつけてくれるよ」
「この人……戦わなければ生き残れない人種の方なのでしょうか?」
俺たちの言葉と態度があまりにも辛辣だったからか、真冬は少し涙目になりつつも続ける。
「違うわよ。あんたと戦うんじゃないの。大体昨日の今日で再戦なんてするわけないでしょ。『このイベント』でわたしと一緒に戦えって言ってるの」
と言って取り出したるはスーパーのチラシみたいなつるつるしたペラいちの紙。
デカデカと書かれた謳い文句を委員長が読み上げ始める。
「え〜と……「集いし成増の強人類よ。握り合う握力が力となる。リミットオーバーアクセルシンクロ!!WNC(ワールド成増カーニバル)開☆催!!」――あの……意味がわかりません」
俺もだよ。
こんなにも他人に優しくない文章、生まれて初めて出会ったかもしれない。
とりあえずこのチラシを作ったやつが相当な馬鹿だということだけは確信できるけど、伝わってくる情報はほぼほぼそれだけなんだよ。あまりにも意味不明すぎて、逆に俺の読解力が足りないのかと不安になってくる。
なんか端っこにやたら上手いスターダストドラゴンが描いてあるのもイラつく。
アウトだろこれ。
ドン引きする俺たちを見て真冬は首をかしげる。
「うちの高校で新入生向けに入学直後に開催される武闘大会よ。知らないの?」
「知りたくなかったよ」
「私たち入る学校を間違えたのですかね?」
ふざけんじゃねーよ。入学のパンフに武闘大会なんて文字一文字も無かったぞ。
つーか武闘大会開く高校なんてねえから!
男塾じゃねーんだぞここは。成増だぞ。
「知らなかったなんて意外ね。てっきりそれ目当てで入学したと思ってたのに」
「嘘だろ……転向すら辞さない覚悟だぞ?つーかワールド成増とか高校の行事のくせに無駄にスケール大きい……いや小さいのか?」
ワールドなのか成増なのかスケールも意味不明。絶対語呂だけで決めただろこの大会名。
「このイベントは三人一組のチームを組んで戦う強人類バトルよ。勝者には校内での栄光と、どんな欲望も一つだけ叶えてもらえるの」
「さらに俗っぽくなったな」
「どんな……欲望も?ジャンプの世界ですね。漫画の読みすぎではないでしょうか?」
「ま、漫画違うもん!それにこれ学校行事だから強制参加だしどのみち出なきゃダメだもん!」
まるで子供のような反論に、こいつは握力と共にメンタルの強さまで無くしてしまったのか、と思ってしまう。
「果てしなく参加したくねーけど、強制参加かよ。でもなんで俺ら誘ったんだ?」
「簡単なことよ。わたしに友達がいないから!」
随分と悲しいことを大声でいう。
孤独に対する自覚がないのかやたら堂々とした様にこちらが泣きそうになる。
「三人一組で知り合いがあんたたち二匹しかいなかったから!今までの人生で友達一人もいないし!それにあんた仲間が握力を強くするっていうからついでに友達になってよ!だって友達のつくりかたとかわからな……あれ?どうして涙が?」
なんかこう……悲しい生い立ちを持ちながら人の心を初めて知ったバトル漫画の悪役を見てるようで無駄にグッとくる。
「なに……この感情。これは……これがココロ?」
「もう話さないで下さい。わたしたちが友達になってあげますから」
委員長が見かねて抱きしめた。
俺は色合いの違う美少女二人の抱擁というベストマッチから生まれる興奮をそっと抑えると、声をかける。
「いいだろう。友達になろうぜ。ただし条件がある」
「条件?」
「ああ約束してくれ。握力バトル以外で握力で人を傷つけない。握力で弱い者を虐げない。ただこれだけだ。俺は正義の強人類しか仲間とは認めない。かつて悪に堕ちていたお前にそれができるか?」
「うんうんうんうんうん!」
ものすごい雑な返事と共に、首を何度も縦に振る真冬。見た目は育ちが良さそうで利発そうだが馬鹿を隠そうともしないその仕草に好意を覚える。嘘はついていないだろう。欺く知能すら無さそうだ。
「ならよし」
「わーい!」
真冬は委員長の鼻にアッパーカットを喰らわせて引き離すと、俺に抱きつく。
「ちょっ!お前何すんだ!ちょっ!待てよ!!」
「親愛のハグよ!海外では友達同士はこうするんでしょ?」
海外こえー。そして羨ましい。
人生で母以外から与えられた初めてのおぱおぱは、すごく柔らかく、DEOCOのボディーソープでは作り出せない本物の女子高生の香りと柔らかい感触は俺の中の野生を目覚めさせる。
そんな時だった。
(――えますか……聞こえますか?今あなたの脳内に直接語りかけています)
(だ、誰だよ!?)
何者かが脳内に直接語りかけてきた。
(わたしは……煩悩の女神です。ユー……やっちゃいなさい。今がその時です)
(なにをやれっていうんだ!)
(女神様からその内容を語らせますか?セクハラで訴えますよ?)
(おめー!煩悩の女神じゃないのかよ!!何今更恥じらってんだ!)
(わたくしを論破するとは流石です。それでは言葉足らずかと思われますが……ポルノハブとだけ言い残しておきます)
(最後の言葉がエロサイト名!?)
それっきり女神は語りかけてこなかったので、これが本当に女神だったのかそれとも俺の理性と野生の衝突が生み出した幻聴だったのかはわからない。
考える間も無く、冷たい声に現実に引き戻される。
「おい、ちょっと待てや」
委員長の口調があからさまに変わった。
これは……。
キャラ崩壊の危機!?




