次の日
ちゅん。ちゅんちゅんちゅん。
「――小鳥の鳴き声で目がさめるなんて清々しい朝だな」
ちゅちゅちゅんちゅちゅ〜るちゅ〜るちゃおちゅ〜る〜♪
「……いや最悪の朝だ」
窓を開けて気がつく。
小鳥のさえずりかと思われたそれは平日の朝っぱらからワンカップ片手にさえずる酔っ払いのおっさんによるものだった。げんなりする。
それにしても二の腕が痛い。昨日の死闘でやや筋肉痛なのだろう。
洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えると登校の準備に入る。
まだ教科書を買っていないがカバンはパンパンだ。昼食のじゃがりこと護身用兼握力トレーニング用に使っているやたら重い堆積岩が詰まっている。
訳あって一人暮らしの俺はアパートの扉を開け、向かいの道路に面する駐車場に差し掛かったところで声をかけられる。
「あら、織田くん早いのね」
「大家さん」
相手はこのアパートの大家さんだった。
大家さんは大人の魅力溢れる落ち着いた感じのお姉さんで何より巨乳だ。どことなく男子高校生を養っていそうな抱擁力を感じる。
箒で駐車場の落ち葉を掃くという行為ひとつとっても儚げでエロい。箒とともにおっぱいまで揺れているので俺は目のやり場に困り、無理やり話題をつくる。
「朝からお掃除ですか。大変ですね」
「いいえ。全然苦じゃないわよ。婚活パーティーで孤立した時に比べれば……心を締め付ける孤独感で眠れなかった翌朝の掃き掃除はね……清々しいわ。汚いゴミどもがどんどん消えていって心まで晴れてくるの」
大家さんはニコッと笑う。
まさに完璧な年上お姉さんの笑顔。
そして見ての通りドス黒い狂気を隠そうともしない狂人の笑顔だ。目が怖い。
「そ、そっすか……じゃあ、あの……高校行ってきます」
マジで義務教育はこういう場面に出くわした時の対応を教えて欲しい。台形の面積の求め方よりも余程役にたつだろうに……
俺の発言に大家さんの顔がぱあっと輝く。
「あら織田くん高校生なのね。お友達はもう出来たかしら?」
「あ〜昨日は入学式だけだったんで。知り合いの女友達が同じクラスでしたけど」
「オン……ナ?」
なにやら地雷を踏んだようだ。
大家さんは異国の言葉でも聞いたかのように首をかしげると黙り込んでしまう。
たっぷり二十秒ほど瞬きなしで俺だけを見つめる。
これは自意識過剰でもなんでもないのだが、俺が大家さんを性的な目で見ているのと同じくらい大家さんも俺のことを性的な眼差しで見ている節がある。
その証拠に俺の二の腕は筋肉痛と、万力のような勢いで掴む大家さんの手のせいで千切れかけている。痛い痛い痛い!
大家さんは俺が女性関係の話題をほのめかせばそれが例え澤穂希のドリブルに対する畏敬であっても、目が闇に支配され、俺を拘束しようとする。
間違った形であれ、これは間違いなく好意の一種だろう。
「ただの友達ですよ。小学校から一緒ですけどただの友達でそれ以上でもそれ以下でもありません!」
「ホ、ホントウ……に?」
「本当です!!これ以上の関係に発展することはこの織田宇治春の死後の魂にかけて誓います!!」
万力のような力が和らぐ。
と同時にどこか近くでコンクリートが砕けるような音がした。大家さんの負のオーラによる影響でないことを祈るばかりだ。
辺りから邪気が薄れ大家さんは元の優しいお姉さんに戻ってくれる。
「ごめんなさい。取り乱しちゃって……実は私ね、織田くんのことを若干『性的』な目線で見ている節があるから。織田くんに異性の話題を出されると心の中で悪魔が「殺せ……殺せ!」って言ってきて自我が保てなくなるの」
薄々感づいてはいたけどさ。
朝っぱらからこんな重いカミングアウトは聞きたくなかったよ俺。
「それじゃあいってらっしゃい。清く正しい高校生活を楽しんできて」
手を振って見送る大家さんを尻目に俺は急ぎ足でこの場から去る。
……やっぱ引っ越そうかな。




