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 かつ、かつ、と霊廟にはおれの足音が響く。

 ジュリエットは上手くやりおおせたらしく、彼女の遺体は万事滞りなくこのキャピレット家の霊廟にある。

 「ジュリエット!ジュリエット!」

きっとキャピレット夫人だろう、ずっとジュリエットの棺に縋りながら泣いていた女の声が、おれの耳から離れない。彼女が望んだこととはいえ、やはりあの泣き声を聞いてしまえば、後ろめたさは残った。

 安置室に辿り着くと、そこにはジュリエットが横たわっている。

 そっとその頬に触れてみても、まだ冷たい。確かに、これでは死体と見分けは付かないだろうが……それにしても、彼女はいつ目覚めるんだろう?薄暗い霊廟の中、暇を潰す手段もないおれとしては、さっさと抜け出したいところなんだが。

「早く、目覚めてくれよ、ジュリエット」

でないと、うっかり眠ってしまいそうだ。何しろ、昨日の一連の騒動からまったく休んでいないのだから。神父様でも来てくれれば、眠気覚ましに話でもしていられるのだろうが、まだのようだ。彼女の旅装束を持ってきて下さる約束だが、少し時間が早かったかな?

 その時、かつり、と音がした。神父様だろうか。

 また、かつり、と音がした。

 何だか、嫌な予感がする。そしてたいてい、こういう予感は当たるものだ。

 かつり、とまた音がして足音の主が現れた。

 「お前は……」

 パリスだった。

 「こんな所で、何をしている?」

どうやら、パリスも驚いたらしい。しかし、こいつは何をしに来たんだ?

「お前、お前はモンタギュー家のロミオだろう!何をしに来た?ジュリエット姫の従兄弟を殺し、彼女を心痛で死なせただけでは飽き足らず、彼女の遺体を辱めに来たのか?!」

誤解だ。とんでもない誤解だ。でもまさか、本当のことを言うわけにもいかないしな。

「彼女はおれの妻になる筈だった人だ。お前なんぞに、触れさせるわけにはいかない!」

彼女はかなり嫌がってたけどな。なんて、呑気な感想を思い浮かべている場合じゃない。かなりまずい状況だ。

「死ぬ覚悟はできているんだろうな?」

そう言うと、奴はうっすらと笑って剣を引き抜いた。くそ、何となくそういう展開になりそうな気がしたんだよ。何だって、どいつもこいつもおれに剣を持たせたがる!

「生憎、はいできてます、と言って一つしかない命を差し出してやるわけにはいかないんだよ。おれに構わずさっさと行けよ。弔いに来たんだろ?」

ジュリエットのための花束を抱えているんだから、そこまで悪い奴じゃないんだろう、多分。ただ、おれとは絶対的に気が合いそうにないが。

「黙れ!お前に指図される覚えはない!」

そう叫ぶと、パリスは持っていた花束を床に叩き付けた。前言撤回。こいつはジュリエットを亡くしたことを悲しんでいるんじゃない。婚約者を亡くした自分に酔ってるだけだ。

「指図した覚えもないけどな」

「やかましい!だいたい、何故お前なのだ?」

は?唐突にこの男、何を言い出しやがる。

「あの仮面舞踏会の夜、ジュリエット姫を連れ去ったのはお前だろう」

ばれてたのか。まあ、仮面って言っても目だけしか隠してないからなあ。おれの素顔を知ってたら、そりゃ分るよな。キャピレットの連中もおれだと分かってよく穏便に帰したもんだ。

「何故彼女はわたしではなく、お前なんかを選んだんだ!」

「知るかよ。知りたかったら、ジュリエット本人に聞け」

言い終わる前に、おれは思いっきりパリスの顎に拳を叩き込んだ。

 気持ち良いくらい後ろに吹っ飛んだパリスは、そのまま壁に頭を打ちつけ、大人しくなった。

「ったく、煩い男だ。しばらく寝てろ」

言って、おれは外の様子を伺う。今の声が外に漏れてたら一巻の終わりだ。幸い、まだ静かなもんだが。

「頼むから、さっさと目を覚ましてくれよな」

似たような男がまだまだ現れそうな気配にそうぼやくと、おれは棺の隣に座り込む。それと同時に、彼女が動いた。

「さすがに、あんな大声を出されたら目も覚めるわね」

冷静な声に振り向くと、彼女は棺の中で横座りになっている。

「もしかして、結構前から起きてた?」

「ええ、実は貴方が頬を触った時から」

おいおい。なら、さっさと動けばいいのに。

「あの時、まだ冷たかったでしょう?意識は目覚めていても、体は動かなかったのよ」

おれの心を読んだかのような彼女の答えに、おれはただ彼女に手を伸ばす。先ほど触れて冷たかった頬は、今ではずいぶん温かくなっている。

「生き返ったな」

「ええ、おかげ様で。神父様はまだ?」

「ああ、まだみたいだな」

 「おお、ジュリエット。目覚めたか」

ようやく神父様がやって来た。だが、何故だか慌てているようである。

「おはようございます、神父様。どうやら万事、滞りなく」

「それが大変なのだ。先程、どうも墓の中が何かおかしいとキャピレット家に知らせた者がいるらしい」

「何だって?」

「何ですって?」

異口同音に叫ぶおれたちに、神父様は言う。

「それを聞いて、モンタギューにも知らせをやった。ロミオがキャピレット家の霊廟におるとな」

「神父様、それは――」

「時間がないのだ、二人とも。何も言わずそこに横たわり、死体の振りをしていてくれないか。これを機に両家を和解させることができるかもしれん」

 どうやって、と問う暇もない。確かにただならぬ騒ぎが霊廟の向こうから聞こえてくる。こうなったら、神父様にお任せするしかないと、おれたちは棺の中に横たわった。

 間一髪。その瞬間、だだだだだと騒々しい足音と共に、人の声がした。

 「ロミオ!」

叫んだのは、母上か。信じられないという声をしている。

「ジュリエット!」

これはキャピレット伯だろうか。

「この、馬鹿者!親よりも先に逝くとは何ごとだ……!」

血を吐くような父の声など、初めて聞いた。そうか、おれのことを想ってくれていたのか。

「手を触れてはならぬ!」

どうやら、おれたちに駆け寄ろうとした両親たちを、神父様は制した。

「神父様、これはいったい、どういうことでございますか?!」

「わたしがこの場に来た時には、もう二人の息は絶えておった。そこにある毒を飲んだのだろう」

「まさか。どうして?!」

「そこに眠るロミオはジュリエットの夫。そこに眠るジュリエットはロミオの妻。老い先短いこの身ゆえ、長話をする暇はないが、よくご覧になるが良い。そなたたちの憎しみ加えられた天罰を。二人の子は、愛し合うがゆえに死に至ったのだ。そなたたちの憎しみが、愛する二人を死に至らしめたのだ」

話、違うんですが。まあ、神父様がどのようにして和解へ導こうとしているかは、この話を聞く限りでは何となく読めた。

「愛し合う?この二人が、ですか?」

「そうだ。名も知らずに出会って惹かれ合い、お互いの家の争いに心を痛めておった」

「そんな……そんな様子は、全く――」

「見せてはおらぬだろう、どちらも。当然だ。彼らの愛が実ることはないと、二人とも思いつめておったのだから」

「そんな、そんなことが……」

「さあ、哀しい親たちよ。神に慈悲を乞いなさい。そして、この哀しい出来事を語り継ぎ、もう二度と悲劇を繰り返してはならんぞ」

諭すような神父様の声に、涙声のキャピレット伯が続く。

「モンタギュー伯、兄弟としてお手を。それが娘へのご結納、これ以上何も頂くわけには参りません」

「ああ、キャピレット伯、どうぞ顔をお上げ下さい。我らは、我らに下された天罰を、共に分かち合っていかねばならぬ身の上なのですから」

この程度で悔い改めるくらいなら、最初からやらなければ良いのに。それにしても、おれたちはいつまでこのままにしていれば良いのだろう?

「おお、そのようにお二人が手を取り合っているさまを、ここに眠る子らにも見せてやりたかった」

感無量とでも言わんばかりの神父様に、今度は母上が続く。

「神でも、悪魔でも、何でも良い。わたくしたちの息子を、娘を、生き返らせてくれたなら……!」

「あったら、どうなさる?」

「我ら皆、この涙を婚礼の喜びの涙に変えるものを」

もう、良いだろう。おれは隣のジュリエットにそっと合図してから起き上がった。

 「そのお言葉に、嘘も偽りもございませんね?父上」

おれの声に振り向いた父上は、起き上がったおれを見て一瞬、呆然とした。だが、次の瞬間凄まじい形相でおれに駆け寄ってきた。

「ロミオ!お、お前!お前、どうして!?」

「どうやら、おれも神父様に乗せられたようです。おい、ジュリエット、起きろよ」

言って、ジュリエットに手を差し出すと、彼女も屈託なく起き上がる。

「本当に。神父様があんなにも芝居心がおありとは、知りませんでしたわ」

二人揃ってけろりと起き上がったものだから、両親は顔色を変えて神父様に詰め寄った。まあ、さっきまでの涙をどうしてくれる!て言いたい気持ちはよく分かるけど。

 「神父様、これはいったいどういうことですか?!」

「貴方は我々を謀っておられたのか!」

「いや、しかし、これはそもそもモンタギューが」

「何だと?自分たちキャピレットが」

やっぱり、これくらいで上手くはいかなかったか。だが、それならそれで、こちらにだって考えがあるというもの。

「ジュリエット、どうする?おれたちが死んでも、両家の争いはなくなりそうにないぜ?どちらにしろ、おれは追放処分。やっぱり当初の予定通り、二人で行くか」

「そうね。わたしももう、うんざりだわ」

早速いがみ合いを再開し始めた両親は、おれたちの言葉でぴたりと止まった。

「ロミオ……」

「ジュリエット……」

その顔色は、真っ青だった。そんな彼らに、おれは場違いな笑が込み上げてきた。見ると、隣のジュリエットも必死で笑をこらえている。

「これ以上親不孝を続けていると、きっとおれたちにも天罰が下るな?」

「ええ、そうね」

軽いおれの言葉に、答えるジュリエットの声も震えている。勿論、涙でなくて笑いのせいだが。

「では父上、並びにキャピレット伯。共に大公様の下へ行って下さいますね?」

「大公様の下へ?」

「ええ。神父様のお力添えにより、両家の争いは消えました。その証として、おれとジュリエット姫との婚礼を」

おれの言葉に、ジュリエットが一瞬身じろぎする。そんな彼女を棺台の上に残し、おれは霊廟の床に膝をついた。このままうやむやにもできるけれど、まあ、形式を守るのも悪くないだろう。

「両家の融和と、わたし自身のために、ジュリエット姫、わたしと結婚して頂けますか?」

おれが差し出した手を眺め、ジュリエットはそれはそれは楽しそうに笑ってみせる。

「あら、わたしはお父様がお決めになった婚約者がいるんだけど?」

悪戯っぽい笑みに、おれも笑って言葉を返す。

「まさか、今更おれよりパリスの方が良いなんて言い出さないだろ?」

「まさか」

言って、おれたちは同時に笑い出した。

「よもや両家に、異存はありませんね?」

おれたちの言葉に、おれたちの両親とも、諦めたように溜息をついた。

「どうやら、似たような子供を持ったようですな、モンタギュー伯」

「本当に。わたしは倅を育てるのに苦労しましたが、貴方にならその苦労、分かって頂けそうな気がして来ましたよ、キャピレット伯」

そう言って、父親たちは並んで歩き出した。その後ろを、母親たちも。

 そして。

 「答えは?ジュリエット姫」

「貴方が貴方である限り、わたしはずっと貴方の隣にいるわ」

彼女はそう言って、おれの手を取った。

 後は、大公様の裁きに、この身を委ねるだけだった。

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