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 「ありがとう」

最後の涙をぬぐうと、ジュリエットは顔を上げて言った。

「もう大丈夫よ、ありがとう」

それが何に対する礼なのか、おれには分からない。おれはただ、ゆっくりと首を振っただけだ。

「これからどうするの?」

人殺しは死刑と知らぬわけでもあるまい。それなのにそう訊くということは、おれを気遣ってくれているのだろうか。

「おれは、この街を追放になった。まずは、隣町のマンチュアまで行って、そこでこれからのことを考えるよ」

「追放?」

「ああ。ただし、明日の昼以降この街にいる所を見付かったら直ちに処刑だけどね」

「……この街から、出て行くのね。永遠に」

「そう」

「そして、貴方はどこか遠い所で、一人で生きていくのね。モンタギューもキャピレットも関係なく」

「ジュリエット?」

おれのことを言っているようで、どこか別のことを考えているような声だった。そんな彼女の言葉の真意が掴めず、不審げに首を傾げたおれに、彼女は決意を込めた瞳で、言った。

「わたしも一緒に連れて行ってと言ったら、貴方はやっぱり困るわよね?」

「はあ?!」

何を言い出すんだ、突然。二の句が継げないおれに対し、彼女は真剣だった。

「ロミオ、わたしはね、もうたくさんなの。ティボルトが死んで、貴方の親友が死んで、そして貴方までいなくなる。これで両家の争いは収まるかしら?いいえ、きっとこれからもっと酷くなるわ。そんなものを見るのは、もううんざりなの」

「だから、おれと一緒に家を捨てる、と?」

「モンタギューの一人息子と、キャピレットの一人娘がいなくなれば、きっとわたしたちの親は考えるわ。いつまで自分たちの血族を生贄に捧げれるのかって。争いの後を続ける者がいないとなれば、少しは別の道を探そうとするのではない?」

そういう彼女は、さっきまでおれの腕の中で泣きじゃくっていた少女と同一人物とは思えなかった。まったく、どこまでも予想外のことをしてくれる。

「この街を出れば、今までのような暮らしはできないぜ?」

「分かっているわ」

「着るもの、食べるもの、全部自分の手で作らなければいけないんだぜ?分かってる?」

お嬢様のままではいられないと、言ってみる。だが、返ってきたのは憤然とした声だった。

「ロミオ、わたしを何も考えていないお嬢様だと思ってるわね?それくらい、全部分かっているわ。分かって、言っているのよ」

何を言っても、無駄なような気がする瞳だった。だが、念は押さなければ。

「本気か?」

「本気よ」

彼女を連れて、逃げる。それは、おれにとって良いことなのだろうか?

 正直に言おう。

 感情を優先させるなら、彼女の願いに否やはない。彼女となら、多分二人で生きていけるだろう。

 だが、それが可能かどうかは、また別の問題だ。何しろゆっくり対策を練っているような時間が、おれにはないのだから。

 さて、どうしたものだろう?

 しばし沈思したが、結局答えは決まっているようなものだった。

「分かった」

「ロミオ?」

「一緒に行こう、ジュリエット。結局おれたちは、同類だもんな」

おれのその言葉に、彼女は花が開いたように笑った。迂闊にも、少々見惚れるほどの美しさだった。

「ありがとう!」

「そうと決まれば、まずは神父様の所だな」

「神父様の所?」

「そう。まさか追放処分になった男が、女連れで街を抜け出せるわけないだろう?何か良い案がないか、神父様に助けて貰おう」

言って、彼女に手を差し出す。ジュリエットはそれに何の躊躇いもなく自分の手を重ねた。

 まったく、何をやっているんだろう。

 どこからか紡がれる自嘲の言葉を、今は封印する。ただ彼女の手を引いて、おれたちはキャピレットの邸を抜け出した。

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