12
ティボルト様が、亡くなられました、お嬢様。
わたしにそう告げたばあやの声が、頭の中で何回も響く。そう、特に最後の一言が。
ティボルト様を殺したのは、あの憎きモンタギューの一人息子、ロミオでございます。
「ロミオが、ティボルトを殺した?」
あんなにも争いを嫌っていたロミオが?それは、何かの間違いではないの?
「そうでございます。憎んでも、憎みきれない男でございますよ、お嬢様!」
憤慨して怒涛のように喋り出そうとするばあやを、わたしは止めた。
「ごめんなさい、ばあや。少し、一人にしてくれる?」
わたしはただ、機械的にそう言った。そんなわたしに、ばあやは何も言わず、ただ一度温かく抱きしめると、そっと部屋から出て行った。
「ロミオが、ティボルトを殺した?」
もう一度、声に出す。でもその声が、まるで自分のものではないかのよう。
「……どうして…………?」
呟いても、答えは返ってこない。でも、声に出さずにはいられない。
どうして、あの人がティボルトを殺す必要があるの?モンタギューもキャピレットもどうでも良いと言っていたのに。両家の争いなんて、くだらないと言っていたのに。
ティボルトは、確かに粗野で考えなしな人だったわ。でも、わたしのことは妹のように可愛がってくれていた。それなのに、わたしは涙も流せない。知りたいと願うのは、ロミオの行動の理由ばかり。まったく、何て薄情な人間なんだろう、わたしは。そう、思っても、それでも。
「信じられないわ……」
わたしがそう呟いた時、バルコニーの窓ががたりと揺れた。その音に、予感を持って目をやれば、そこには、ロミオの姿があった。
「ジュリエット……」
かすれた声で、ロミオはわたしの名前を呼ぶ。何から言うべきか、言葉を捜している彼に、わたしは窓を開けて言った。
「何をしに来たの?」
わたしの言葉に、彼は真っ直ぐわたしを見た。最初に見たとき、どこか暗いものが垣間見えると思ったその瞳が、わたしを捕らえている。きっと、彼の中にわたしの問いに対する答えがある。でも、彼の答えを、わたしは待てなかった。
「貴方は何をしに来たの?ティボルトを殺したその手で、ティボルトの血に染まったその手で、わたしを抱きに来たとでも言うの?」
わたしが言いたい言葉は、こんな言葉じゃなかった。でも、紡いでしまった言葉は後に引けない。
「くだらないって言っていたじゃない。両家の争いなんて、くだらないって。モンタギューも、キャピレットも、どうでも良いって。その貴方が、どうしてティボルトを殺さなくちゃいけないの!」
言っているうちに、涙が出てきた。でもこの涙、何に対して?分からない。分からないけれど、涙は後から後から溢れてきて、止まらない。
「ジュリエット……」
「嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き!貴方は、争いなんてと言いながら、わたしの従兄弟を殺したんでしょう?!」
「……すまない」
搾り出すような、ロミオの声だった。でも、わたしの言葉は止まらない。
「そんな言葉、要らないわ。謝るくらいなら、ティボルトを返して!わたしの従兄弟を返してよ!」
自分の感情に耐え切れず、わたしの体は崩れ落ちる。それを、ロミオが抱き留めてくれた。その腕が、ティボルトの命を奪ったというのに、彼の腕は温かい。そう考えてしまうことが、ティボルトに対する冒涜のようで、わたしは何度も彼の胸を叩いた。
「人殺し!人殺し!ティボルトを返して!」
本当にそこまでティボルトを思っているのか、わたし自身も分からない。でも、目の前にいる人を責めなければ、わたしが崩れてしまいそうだった。
何度も何度もわたしに叩かれながらも、彼はわたしを放さず、逆に抱きしめて言った。
「ジュリエット、おれは君に対してすまないと思う。でも、君は良い。ティボルトを返せとおれを詰ることができる。じゃあ、おれは誰に言えばいい?ティボルトに殺されたおれの親友、マーキューシオを返せと、一体誰に言えば良いんだ」
血を吐くような、言葉だった。その言葉に、わたしは叩いていた手を止めた。
「ティボルトに、殺された?」
ロミオの、親友が?
「そう。おれを庇って、おれの親友は死んだ。おれがティボルトの侮辱に相手にならなかったからと言って、おれ目がけて振り下ろされた剣を受けて、マーキューシオは死んだんだ。おれの腕の中で、息絶えた」
だから、貴方は、その復讐のためにティボルトを殺したのね?
「…………ごめんなさい……」
別に彼は、わたしに謝って欲しかったわけではないと思う。けれど、こんな風に、他人と自分の二つの血で真っ赤に染まっている人にかける言葉を、わたしは知らない。
わたしの呟きに、彼ははっと我に返り、困ったように笑った。
「いや、すまない。君を責めるわけじゃないんだ。そもそも、それはお門違いというものだから。ただ、おれはおれを信頼してくれた君に、一言謝りたかったんだ」
「ロミオ」
「すまない、ジュリエット」
こんな哀しい言葉に、返す言葉をわたしは知らない。ただ、何も言えずに涙が溢れるだけで。
彼もただ、そんなわたしをずっと黙って抱き締めてくれていた。




