第7話 守るための嘘
王立薬庫の一室で、拘束具を嵌められたまま椅子に座らされていたのは、初老に差し掛かった小柄な男性だった。
彼は私が担当する白翼獅子の舎房の隣、鏡尾狐たちの区画を長年任されているベテランの飼育員だ。いつも穏やかに幻獣たちに接する彼が、高価な薬を盗んで売り捌くような真似をするとは、私にはどうしても思えなかった。
「……尋問は中断だと?」
担当の警備員が医務へ連絡を取り、薬局長に退室を求めた後、私とセドリックは飼育員の前に立った。
「怪我を、隠していますね」
私は単刀直入に切り出した。
飼育員はビクッと肩を震わせ、無意識に自分の右脇腹を庇うように腕を交差させた。
「何のことだか……」
「歩き方が不自然でしたし、さっきから浅い呼吸しかしていません。痛みがあるなら、医務官に診てもらいましょう。何があったのですか?」
私の問い詰めるような視線に、飼育員はついに観念したように深く息を吐き出した。
「……数日前、若い個体が少し暴れてな。大した怪我じゃない。ただ、報告すれば労災扱いで危険手当が出る代わりに、完治するまで現場を外されてしまう。今の時期は繁殖期で人手が足りない。私が抜けたら、あの子たちの世話が回らなくなるんだ」
痛みを堪え、脂汗を滲ませながら語る彼の姿に、私は胸が締め付けられる思いだった。
幻獣への責任感が強すぎるあまり、自分の不調を隠して働き続ける。その気持ちは、痛いほどよくわかった。
「……ミーネは、それに気づいていたんですね」
私は静かに言った。
「鏡尾狐は、群れの仲間の感情や痛みにとても敏感な種族です。彼らは仲間が傷ついていると、自分の餌を分け与えたり、毛繕いをしたりして必死に癒やそうとします。ミーネにとって、あなたは『群れの大切な仲間』だった」
隣に立つセドリックが、小さく息を呑む気配がした。
「ミーネは、あなたが右脇腹の痛みを隠して苦しんでいるのを見ていた。そして、以前、同じ薬を使ったところを見たことはありますか」
「腰を痛めた時に。瓶を開けると、あの子はいつも鼻を寄せてきた」
「それなら、痛みが軽くなった時の瓶を覚えていたのかもしれません。だから、普段なら見向きもしない無機質な薬瓶を、あなたのためにわざわざ盗んできたんです」
「……」
飼育員は両手で顔を覆い、すすり泣き始めた。
「あの子が……いきなり薬瓶をくわえて私のところへ来たんだ。私は驚いて、もしこれが薬局長に見つかったら、あの子が取り上げられ、薬庫から遠い施設へ移されるかもしれないとパニックになった。だから、急いで薬瓶を取り上げて自分のポケットに隠そうとした。……そこを、運悪く警備の者に見つかってしまったんだ」
彼が盗みを働いたわけではなかった。
ミーネが彼のために薬を盗み、彼がミーネを守るために薬を隠そうとした。それが、あの場での真実だった。
飼育員は医務官へ引き継ぎ、私たちはミーネのもとへ戻った。
足の粉は薬庫の梱包材と同じだった。花壇には狐の足跡がなく、裏口の粉の上には、小瓶を置いた丸い跡とミーネの足跡が続いている。
セドリックは「盗んだのか」とは聞かなかった。瓶が初めにどこにあったか、ミーネに尋ねた。
長い沈黙の後、狐は尾を少しだけほどいた。
「『棚の下。白い粉のところ。外ではなかった』」
そこが、嘘だった。
私が持ってきた、は本当。外で拾った、だけが違っていた。
「『あの人は、取ったものを返せと言った。返したら痛いままだ。だから、落ちていたことにした』」
ミーネは、私たちより先に飼育員を騙そうとしていたのだ。拾った瓶なら、受け取ってもらえると思って。
「薬を持ってきたことが嘘だと、決めなくてよかったですね」
私が言うと、セドリックは頷いた。
「訳文が合っていても、話が全部正しいとは限らない。逆に、一か所嘘があっても、残りが全部嘘になるわけではない」
私はミーネの鼻先へ、薬の入っていない空の手を差し出した。
「飼育員さんは、お医者さんに診てもらっているわ」
訳してもらうと、ミーネは私の指を嗅いだ。尾はまだ半分、体に巻きついたままだった。
すぐ安心しなさいと命じることはできない。私はそのまま待った。
セドリックは瓶の出所についての訂正を記録し、動機については、ミーネと飼育員の説明を分けて書いた。
私はその下に、足跡と粉の所見を添えた。誰かの話を信じたい時ほど、確かめたものを残しておきたかった。
これで、飼育員の窃盗の嫌疑は晴れる。ミーネの移送も避けられるだろう。狐の悪戯に対する適切な管理指導として処理されるはずだ。
一件落着。……そう思って、私は薬局長が提出していた『被害届』の書類に改めて目を通した。
「……あれ?」
私は書類の数字と、先ほど警備室で見たミーネがくわえていた薬瓶の大きさを思い出し、首を傾げた。
「どうした?」
「ヴァール様。この被害届に記載されている、紛失した鎮痛薬の『在庫の差分』の数ですけど……」
私は書類の数字を指差した。
「ミーネがくわえていたのは、一番小さな十錠入りの小瓶一つでした。でも、この書類には『百錠入りの大瓶が三つ』紛失したと書かれています」
セドリックの表情が、再び険しいものに変わった。
「薬局長は、今回の窃盗事件をすべて飼育員と狐のせいにしようとしていたな」
「はい。もし狐の仕業だとしたら、一度に大瓶三つを運ぶのは無理です。複数回入った可能性も含めて、数と経路を確かめる必要があります」
私たちは顔を見合わせた。
ミーネが運んだと確認できたのは、小瓶一つだけ。
それで大瓶三つの不足を片づけることはできない。
そして誰かが、ミーネの起こした小さな「悪戯」を利用して、自分の大規模な犯罪を隠蔽しようとしているのだ。




