↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣は私の無実を知っている~冤罪で解雇された飼育官は、無口な天才翻訳官と事件を解く~  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/50

第44話 間違える証人

「幻獣が嘘をつかず、間違えない完全な証人であると、この場で証明してみせたまえ」


 ヘルマンの言葉に、マティアスは首を横に振った。


「完全な証人の証明は求めていない。誤った供述を、どう扱うかを審査する」


 私の手元には、鏡尾狐ミーネの再聴取の予定表があった。


 薬庫の事件について、別の担当が聞いても記録を辿れるか。今日の制度検討に先立ち、参考の聞き取りを申し込んでいたのだ。


 ヘルマンの不正を、この子に証明させるためではない。


 扉が開き、飼育員と一緒にミーネが入ってきた。


 脇腹の怪我が治ったあの飼育員だ。ミーネは彼の歩幅に合わせて進み、私に気づくと、尻尾を高く揺らした。


 薬瓶を咥えたまま捕まっていた時とは違う、軽い足取りだった。


 私は手を振るだけにして、席へ戻った。


 聴取は鏡尾狐語の資格を持つアイラ、行動の記録はマルタ飼育長が受け持つ。セドリックは質問も訳文の補足もしない。


「薬庫の裏で見たことを、覚えているところから教えて」


 アイラが言葉を移すと、ミーネは得意そうに胸を張った。


 短い鳴き声と、前肢が床を叩く音。


「『黒い服の人間が、箱を黒い車へ積んだ。薬の匂いがした。北の門へ行った』」


 私は過去の記録を開いた。


 黒い箱。薬の匂い。薬庫から持ち出す荷。


 横流しの出来事を、ミーネも見ていたのだろうか。


 もし同じ出来事なら、人間側の記録と照合できる例が一つ増える。


「その時、いつも世話をしてくれる人は、どこにいた?」


 アイラが尋ねた。


「『狭い部屋。出られなかった。痛くて丸まっていた』」


 飼育員が拘束された時の話だ。


 けれど、横流しの最終搬出に使われた荷車は灰色で、日除けの幌もなかった。裏口の夜警記録と、卸業者の受領時刻も残っている。


 一方、黒い馬車が北門から出た記録は、その二日後にあった。


 押収した薬を、封印保管庫へ移した日だ。


 私はミーネを見た。


 尾を巻き込んではいない。耳も伏せていない。楽しそうに話している。


 嘘の仕草が見えないから正しい、と考えていたら、見落としていた。


「質問を一つ、追加していただけますか」


 私はマティアスへ申し出た。


「箱に何かついていたか。答えを示さずに、聞いてほしいんです」


 許可を受けたアイラが訳した。


 ミーネは前肢で小さく丸を描き、澄んだ声で鳴いた。


「『白い紐。丸い赤。触っては駄目と言われた』」


 白い封印紐と赤い蝋。


 押収品の移送票には、同じ封印方法が記されていた。移送の立会人は薬務官と警備員。その時には、ミーネの飼育員はすでに釈放され、医務で休んでいた。


「二つの出来事が混じっています」


 言うと、自分の声が思ったより小さく聞こえた。


 アイラも記録を並べ、頷いた。


「黒い車と封印の特徴は、押収品の移送に合います。一方、飼育員が拘束されていたという時点とは合わない」


 ヘルマンが、低く笑った。


「自分たちの正しさを見せようと連れてきて、その有様か。今度は都合のよい方へ訳を直すのかな」


「直しません」


 セドリックが答えた。


 彼は私を見たが、続きを代わりには言わなかった。


 ミーネは私へ顔を向け、短く鳴いた。


 いつもなら、こちらへ手を伸ばしたくなる声だった。役に立とうとしてくれたのかもしれない。別々の日を一つの事件として覚えているだけかもしれない。


 その理由まで、尾の動きから知ることはできない。


「この発言を、横流しがあった時の状況を示す根拠にはしないでください」


 私はマティアスへ向き直った。


「記録そのものは残します。質問も、返答も、矛盾が分かった経緯も。ただ、試案の補助資料として、結論を支える部分には採録しません」


「君たちに有利な声でもか」


「はい。有利だから、矛盾が消えるわけではありません」


 マルタ飼育長が、自分の所見を読み上げた。


「落ち着いていて、発声を妨げる状態は見られない。ただ、それは記憶が正確だという所見ではない。行動から、この時間の食い違いを埋めることはできない」


 アイラも、二つの記録の不一致を残すことに同意した。


 マティアスは記録係へ指示を出した。


「原記録を保存し、採録しない理由を添付する。本日の結論根拠から除外する」


 私は頷いた。


 ミーネが助けにならなかった、と言われるのは辛い。


 けれど、間違った出来事を背負わせたまま、この子を立派な証人として褒める方が、ずっと嫌だった。


 休憩が告げられ、飼育員がミーネを迎えに来た。


 ミーネは私の靴先へ鼻を寄せた。私はしゃがみ、掌を差し出す。


「もう帰れるよ」


 アイラにそれだけ訳してもらった。


 ミーネは私の手を一度舐めると、飼育員の足元へ戻った。尾が彼の膝をくすぐり、飼育員が困ったように笑う。


 誰かの役に立つ証言をしなくても、この子の居場所はなくならない。


 その背中を見送ってから、私は審理台へ戻った。


「一つの誤りを除外した。それだけで、この制度が安全だとは言えんぞ」


 ヘルマンは言った。


「その通りです」


 マティアスが応じた。


「今日示せたのは、誤りを残さず隠すのではなく、誤りとして記録する手順だ。制度の承認には、その限界も含めて判断する」


 私も頷いた。


「私たちは幻獣を裁きません。聞き取りと観察を提出します。その情報をどこまで使えるか、反対の資料と照らして判断していただきたいんです」


 ヘルマンは私たちを睨み、机の下から黒い革張りのファイルを取り出した。


「では、危険な獣が人間を殺した記録も、同じように見られるのだな」


 ファイルの表に、亡くなった飼育員と家族の名が記されていた。


 私は背筋を伸ばした。


 アルクを守りたい。そのために、人が傷ついた事実を小さく扱うことも、してはいけなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。