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悪夢  作者: 篠月珪霞


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3/4

蛇足という名の答え合わせ

リーシャが妖精の存在を知ったのは、15のときだ。

特別なことは何もなかった。始めは光の塊にしか見えなかったのだが、視点が合ったとでもいうのか、ふよふよと浮いている、羽の生えた小人のようなものが見えたのだ。

エリシアに、これは何?と尋ねてみるも、姉には見えないようで首を傾げるばかり。

それが父母に伝わり、神殿に連れて行かれて、改めて測定された。そして、自分が”妖精の愛し子”であるということが判明したのである。


数百年ぶりの出現ということで、国王陛下との謁見が組まれ、緊張しながら王城に踏み入れたのが、リーシャにとってはきっと終わりの始まりだったのだろう。

エリシアの婚約者、王太子であるデニスと初めて顔を合わせたのもこの日だ。

国王に直接言葉をかけられている間、王太子は興味深そうにリーシャを見ていたらしい。


その後、学園生活は一変し、何かと騒がれるようになっただけでも辟易としたのだが、最も厄介だったのは王太子の存在だった。

身分的に邪険にあしらうわけにもいかず、エリシアを引き合いに出されれば、誘いも断りにくく。

そのうち、婚約者をリーシャに変更したらどうかという話まで出てきた。


──冗談ではない。

リーシャは、エリシアがずっと努力している姿を見てきた。貴族として領民を思い、侯爵家嫡女として模範となるべく研鑽している姿を。

王太子妃教育が始まってからは、学園と並行して多忙な姉を、ずっと見てきたのだ。

そんな姉のこれまでの努力を、ただ愛し子というだけで、その場所を奪い、蔑ろにすると?

冗談ではなかった。


リーシャはきっぱりと辞退した。当然である。

別段、愛し子だからと、王家と縁を結ばなければならないわけでもない。過去の文献では、むしろ王家に嫁す例の方が稀なくらいだった。

なので、リーシャの主張は聞き入れられた。…はずだった。


周囲の様子がおかしくなったのは、それからだ。

だんだんと、リーシャの持ち物が紛失したり、クラスの生徒たちに無視されたり、嫌がらせのようなことが始まった。

細かいことでも続くと、やはり精神的に負荷がかかる。

疲れて帰宅して、短い間でもエリシアの傍にいることで、リーシャは何とか平静を保てていた。

エリシアの傍は澄んだ空気に包まれているようで、とても心地いい。

大好きな姉に甘えて、甘やかされて、リーシャは学園を卒業したら何か変わるだろうかと、このときはまだ楽観的だった。

その、リーシャの卒業の年、王家主催の夜会の日までは。


「エリシア・スウィントン、私は君との婚約を破棄する!! 実の妹であり、妖精の愛し子であるリーシャを虐げていた罪は、国家に対する反逆に等しい!」


檀上から響く王太子の声に、貴族たちは一斉にわたしたちを見た。

困惑しながら、姉と2人、顔を見合わせる。


「何をおっしゃっているのですか、殿下。身に覚えがございませんが…」

「リーシャが学園で虐げられていたのは君の指示だと、証言するものが多数いるのだ!!」

「お待ちください、王太子殿下。姉がそんなことをするはずがありません」

「優しいね、リーシャは。犯罪者を庇うことはないんだよ」


王太子が柔らかい表情を見せて言った言葉に、目を剥く。

誰が犯罪者だというのだ。

エリシアは虐げるどころか、リーシャの心の拠り所だというのに。


「発言を許す。証人は前に出るように」


はい、はい、と何人かが進み出て、私は僕はと証言する。

エリシアが、仕組んだと。


「…あり得ません! もっとよく調査をしてください!! それに、わたしに実害はありませんでした! 罪などと…!」


言い募るリーシャに、首を振り気の毒そうな顔をした王太子は、衛兵にエリシアを捕縛させ。


「! お姉さま!」

「早く連れて行け」

「やめて! お姉さまをどこに連れて行くの?!」

「大丈夫だよ、リーシャ。エリシアは正当に裁かれるだけだから」

「ですから! 姉は何もしていないと…!」


待って!と衛兵を追いかけるリーシャの腕を、王太子が掴んで引き留めた。


「離してください!! 姉が、お姉さまが、」

「リーシャは何も心配せずともいい。これからは、私が守ってあげるから」


夜会後にリーシャはそのまま王城に留められ、そして。


──エリシアの、処刑が決まったと、聞かされた。


国王夫妻は、友好国の建国記念日に出席していて不在だった。











あり得ない早さで刑が決まり、執行され。

エリシアの最期を見たリーシャは、気を失い、目が覚めてからも呆然自失としていた。

それから、どのくらいの時間が経ったのか、リーシャには分からなかった。


──…我に返ったのは、身体の奥に走る痛みと衝撃を感じたからで。


「…え? な、に…?」

「ああ、リーシャ、君の中は、熱くて気持ちがいいね…」


薄暗がりの中、視界を埋めていたのは、王太子の顔。

息遣いが触れるほど近い距離にいる。


「リーシャ、愛してる…」


なに?

寝台の上?に、王太子といる?

汗ばむ身体に、衣服は纏っていない。

王太子も?

足を開かされて…。

身体の奥が、熱い…?


「……い」

「リーシャ、リーシャ、好きだよ…」

「…いやああああああぁあああ!!!!」

「リーシャ?!」

「…離してっ! 触らないで触らないで触らないで触らないで!!!」

「どうしたんだい?! 私だよ、デニスだよ!」


王太子。

エリシアを、愛する姉を殺した、男。

その男に、犯されている。


「いやぁ!! はなしてぇぇ!!!」

「しー…皆に聞こえちゃうよ?」


そう言って、口を塞がれる。あろうことか、目の前の男の唇で。

涙があふれてくる。

とめどなく。


リーシャが泣こうが、抵抗しようが、繋がったままの状態では成す術もなく。

王太子が満足して眠りに落ちるまで、リーシャは地獄を味わった。













「……」


いつ解放されたのか。

目が覚めたリーシャは、よろよろとした足取りで寝台から下りる。身体は酷使されて思うように動かなかったが、1秒でもあの男の側にいたくなかった。


どうして、こんなことになったのだろう。

わたしが、妖精なんか見てしまったからなのだろうか。

王太子に、目を付けられてしまったからだろうか。


──…わたしが、”妖精の愛し子”などでなければ。


エリシアは、きっと今でも、笑ってくれたのだろう。リーシャの傍で。

首を落とされる前、エリシアが言ったことを今でも覚えている。声は、届かなかったけれど。


『泣かないで、リーシャ』


優しかった姉。

誰よりも、綺麗だった姉。

リーシャを、大切にしてくれた、ひと。


「お姉さま…エリシアおねえさま…」


その姉は、もういない。

頬に伝う涙を拭ってくれる、優しい手は、もうない。




窓の外は、明け方にさしかかり、空は白み始めている。残酷なまでに、美しかった。


空になっていた水差しを、リーシャは割る。

厚みのある、底の欠片を手に取る。


──…今、そちらにいきますね、お姉さま。


リーシャは躊躇いなく、喉を掻っ切った。




それが、リーシャ・スウィントンの1度目の人生。
























『今回は、もう大丈夫かな?』

『あの子は幸せかな?』

『人間が勝手に愛し子って言ってるけど』

『まあ僕たちが見えてるのは、加護がある証拠だし』

『うん』

『あんな結果になるとは思わなかったし』

『うん』

『あの子の嘆きと絶望が、こんな力になるとは』

『哀しみに満ちた力』

『僕たちの、力になった』

『だからあの子には、もう見えない』

『でもあの子は、忘れてなかった』

『あいつも』

『お前が夢見せてたわけじゃないの』

『違うよ』

『僕も違う』

『ああでもあいつ』

『うん』

『どうしようか』

『まだ諦めてないみたい』

『じゃあ』

『そうだな』

『基本、僕たちは人間の世界に干渉できないけど』

『夢を見せよう』

『そうしよう』

『あの子が苦しんだのは現実の夢』

『あいつには』


──精神を蝕むほどの、とびきりの悪夢を。



















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― 新着の感想 ―
前の世の時に、エリシアを陥れた貴族達は、王子の指示の元やっていたのでしょうか? それとも、妖精の愛し子を王妃にしたい勢力?また、なぜ主人公達の親は娘が死刑に会うのを黙って見ていたのか。親が一緒なのです…
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