断罪
そして、その日は来た。
国王夫妻が外遊で不在の夜会にて、起こったのだ。
「エリシア・スウィントン、私は君との婚約を破棄する!!」
何の前触れもなく、会場の貴族中に聞こえるよう、壇上から声を張り上げた王太子に注目が集まった。
当然、ダンスや歓談していた貴族たちの動きは止まる。
「突然、何を言われるのでしょう、王太子殿下。陛下はご存じでいらっしゃるのですか?」
「黙れ、エリシア。君の悪辣さを、私が知らないとでも思ったか」
「…殿下のおっしゃること、身に覚えがございません」
「実の妹であり、妖精の愛し子であるリーシャを虐げていた罪は、国家に対する反逆に等しい!」
ざわりと会場がざわめく。
妖精の愛し子は、確かに国の保護対象である。妖精に愛され、大地の実りを約束する、希少な存在。
ただ、ここ数百年はその存在を確認されていない。
なるほど、侯爵家の嫡女を何故処刑などにできたのか、どうしても分からなかったが、ようやく腑に落ちた。
はあ、と隣の姉が溜息をつく。リーシャも同じく。
もし仮に、本当に、エリシアに虐げられているのなら、何故その姉に、リーシャが寄り添っているのか疑問に思わないのか。
事情を知らない周囲ですら、わたしたちを見て怪訝な表情を浮かべているのに。
ああでも、この王太子の頭の中では、都合よく処理されているのだろう。
「まずもって、我が妹リーシャが愛し子であるという根拠は何でしょうか?」
「ふん、白々しい。隠し通せるとでも思ったのか」
「隠すも何も。そういった結果は出ておりませんし、王家にも共有されているはずですが」
貴族は5歳になると、魔力やそういった素質などを、神殿で聖物によって測られる。故に、偽称は不可能。
過去に、そうと知らず愛し子を騙った例もあるが、発覚後、極刑に処されている。それほどの重罪だ。
エリシアが王太子の婚約者に選ばれたのも、測定による膨大な魔力量と属性、王家に嫁するに問題のない家格だったからだ。
「後天的に覚醒することもあるのだ。さあリーシャ、ここでそれを証明するのだ! 神官、聖物をこれに…!」
王太子の合図で、派遣されていた神官がリーシャの前に聖物を持ってくる。
ここで拒否したところで面倒なことになるだけと、聖物に手をかざす。
淡く光った聖物は、5歳の頃と同じ反応を示した。
「どうだ、神官? 私の言った通りだろう?」
「──リーシャ・スウィントン。魔力属性は、水。魔力量、中程度。…他、特筆すべきことなし」
「何だと?!」
やはり変わりはなかった。
測定が間違っているのではないか?!と王太子は詰め寄る。
「もう一度やらせろ!」
「リーシャ嬢はこれで2度目の測定、以前と同じです。何度やっても変わりないかと」
「そんなはずはない! …そうか、エリシア、お前の仕業だな?!」
無関係のエリシアに矛先が向くが、当然そんな世迷言を信じる者はいない。
そもそも、女神より授かった聖物なのだ。
人間が介入してどうにかなるものではない。
「お前がその邪悪な魔力で、聖物に何か…!」
「…王太子殿下。神官として申し上げますが、どれほど魔力があろうとそれは不可能です」
「では、その聖物が偽物では…?!」
「そこまでおっしゃるなら、どうぞお試しください」
呆れた顔を隠さない神官が、聖物を差し出す。
言葉に詰まった王太子が手をかざすと、聖物は正常に作動した。
「デニス・ハンフリーズ。属性、雷・火。魔力量、上の下。他、特筆すべきことなし」
「!!」
以前と同じ結果だったのだろう、驚愕の表情がそれを物語っている。
「他にお試しになりたい方、いますか? 本物の証明というわけではありませんが」
「あ、では僕もいいでしょうか?」
「どうぞ」
手を挙げたのは、エリシアのクラスの男爵子息だ。
「ロニー・ニックス。属性、土。魔力量、中の下程度。他、特筆すべきことなし」
「やっぱり魔力量増えてる…!」
「努力次第で魔力量は増減しますからね。とはいえ、限界はありますが」
「はい、ありがとうございます…!!」
わあ、と喜びの声を上げた子息は、いそいそと元の位置に戻る。
「さて、これで聖物が偽物だと疑う方はいらっしゃらないでしょう」
「ええい、お前などでは話にならん! 大神官を呼べ!!」
例え大神官だろうと、聖物自体は本物だから何も変わらない。それを貴族たちは十分理解していて、王太子は未だに足掻いている。
王太子としての仮面がすっかり剥がれたデニスに注がれる周囲の視線は、発言するたびに冷たくなっていく。
「──何を騒いでおる」
重厚な声が響き、貴族たちは一斉に臣下の礼をとった。
遅れて壇上に現れたのは、外遊でここにいるはずのない、国王だった。
「父上、何故ここに…。母上と隣国に行かれたのでは」
「今回は王妃に任せている」
呆然とする王太子を端的に告げると、再度国王は問う。
「これは、何の騒ぎか。メルボーン上級神官、答えよ」
「は。王太子殿下より、愛し子様の出現ありとの報を受け、聖物を持ってまかり越したのですが」
「ほお。で、確認できたのか?」
「いいえ。いらっしゃいませんでした」
「そんなはずはない! そんな馬鹿なことが…!」
この期に及んで、王太子は喚いている。
国王はそんな姿をどう見ているのか。
宰相が何事か耳打ちすると、国王の柳眉が僅かに顰められる。
「お前が、何を根拠にリーシャ嬢をそうだと思ったのかはさておき、事実は事実だ。そして、エリシア嬢に婚約破棄を告げたというのは真であるか?」
冷たい問いは、父としてではなく、国王としての顔だった。
「! そうです! リーシャが愛し子でなかったのは…私の勘違いだったようですが、エリシアは、実の妹を虐げていたのです!! そんな性根の女性を王妃に迎えることはできないと思い…!!」
必死に言い募る王太子は、いっそ無様だった。
それはわたしだけではなく、姉のエリシアも、周囲の大半がそう思っていたようで。
「なるほど。エリシア嬢がリーシャ嬢を虐げていたという、確固たる証拠があるのだな?」
「はい! ここ数カ月、学園でリーシャを見かけなくなりました。きっとエリシアが何かしたに違いありません!!」
ふむ、と考える素振りを見せた国王は、檀上から視線を巡らし。
「学園長、リーシャ嬢のクラスの担当をここに呼べ」
「かしこまりました。──ハワード教官、前に」
「はい」
国王の前に出たのは確かに、リーシャのクラスの教官である。真面目で融通が利かないと評判の。
「リーシャ・スウィントンの、出席状況はどうか」
「遅刻、欠席ともに、入学時より1日たりともありません」
「間違いはないな?」
「虚偽あらば、処罰も厭いません」
「だそうだが、デニス」
「そんなはず…! では何故、姿を見ることがなくなったのだ…!!」
「待て、デニス」
王太子の言葉に違和感を覚えたのだろう。
「婚約者でもないリーシャ嬢に、何か用件でもあったのか?」
「? いいえ? 別に何も」
「お前の口振りだと、学年も違う、リーシャ嬢にわざわざ会いに行っていたように聞こえるが。それも1度や2度ではなく」
特別な用件もなく、特定の女性に会いに行っていた理由は何だ?
そう国王に聞かれ、王太子は咄嗟に答えられない。
「それは…リーシャが浮かない顔をすることが多く、何か悩みでもあるのかと…」
「その原因を、エリシア嬢と断定したのは何故だ」
「……それは……」
「話にならんな。──当事者に聞こう。リーシャ嬢、前に」
国王に名指しされ、わたしは前に出た。
「そなたは、デニスの言うように、長期で学園を休んでいたか?」
「いいえ。そんな事実はございません」
「デニスの言うように、何か悩みがあって浮かない顔とやらをしていたのか?」
「……悩みは、ありました。ですが…」
ちらりと王太子を見ると、何を期待したのか目を輝かせている。
絶対に、王太子の思うような理由じゃないです。
「よい。この場での発言で、そなたがどんな咎めも受けないことを約束しよう」
「ありがとうございます。それでは」
王太子が、婚約者であるエリシアを差し置いて、リーシャに接触を図ってくること。
学園でも、頻繁に訪れる王太子が原因で、クラスの生徒から遠巻きにされていること。
話しかけても避けられ、誰からも話しかけられなくなったこと。
最後に、エリシアへの中傷。
「わたしにとって姉は大切な家族であり、尊敬するひとです。姉もわたしを大事にしてくれております。虐げられたことなど、一切ありません。そんな姉に対する王太子殿下の発言に、どれほど傷つけられたか…」
エリシアは傷ましそうな目でリーシャを見ていて、思わず涙ぐむ。
王太子に非難の目が向くのは当然といえた。
「リーシャ嬢の悩みの根源はお前のようだが、デニス」
「そんな! リーシャは優しいから身内を庇っているのです! リーシャ、本当のことを言ってもいいんだよ?!」
「…本当に、言ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ! 遠慮せずに本音を言ってごらん?」
王太子はリーシャに甘い笑みを向ける。まるで、恋人に向けるような。
リーシャはさっと視線を逸らした。
「では、はっきり言わせていただきます。王太子殿下に初めて会ったときから、思っていることです」
「ああ!」
「初めて会ったときから、姉ではなく、わたしを優先するような殿下を」
「うんうん」
「”何なのこの人、気持ち悪い”と思ってました」
「…え?」
「婚約者は姉なのに、何故わたしにばかり話しかけるの?」
「……え??」
「わたしの好みばかり聞いてどうするの? 姉はどうでもいいの?」
「………」
「姉が不在のときに家に来て相手をさせられて。いつも早く時間がすぎないかと思ってました」
「………」
「入学してから来なくなって安心してたのに、わたしが入学したら、クラスまで押しかけられて」
「……」
「何をお考えか知りませんが、迷惑してました。以上です」
王太子は唖然としていて、言葉を継げないようだった。
ふーっと深い溜息が聞こえた。国王である。
「結局こうなってしまうのか。…残念だ、デニス」
「ち、父上…?」
「影から、逐一報告は受けていたが。──スウィントン家の令嬢たちには申し訳ないことをした」
「影から報告? 何のことですか?」
「お前の望み通り、エリシア・スウィントン嬢との婚約は破棄してやろう」
「本当ですか?! では、私はリーシャと…!」
喜び勇んでとんでもないことを言い出した王太子を、国王が制す。
わたしの先刻までの言葉、聞き流されてるのかしら?
好意の欠片もないどころか、はっきり迷惑だと言ったのだけれど。
「余、ルドマン・ハンフリーズの名において、デニス・ハンフリーズ、エリシア・スウィントンとの婚約は破棄とする。有責は明らかであるが、詳細は別室にて詰める故、スウィントン侯爵には後程時間をとってもらおう。
また、此度の件を鑑みデニスは廃嫡とし、王太子には第二王子クライドを指名する」
父上?!と悲鳴じみた声が聞こえる。
どこまで空気が読めないのか、この元王太子は。前述から予想できたことだろうに。
「何故、私が廃嫡になるのです?!」
「…これだけ醜態をさらしておいて、まだ理解していないのか」
国王が手を挙げると、衛兵たちが元王太子を囲み、あっという間に拘束して連行していく。
その間も、往生際悪く暴れ、叫んでいた元王太子、いや第一王子は、こんな展開ありえないだの、リーシャは私を愛しているはずだのと、鳥肌が立つほど気持ち悪いことを言っていた。
その後、別室で関係者を集め、婚約破棄についての慰謝料などの話し合いを行った。
リーシャは当事者ではないのでエリシアに聞いた話だが、ぶつぶつと何故とか、リーシャと結婚するのは自分だとか、前とは違うとか、愛し子だったのにとか、訳の分からないことを延々言っていたらしい。…最後まで気持ち悪い人だったなとリーシャは思う。
蛇足であるが、廃嫡になっても継承権が失われたわけではない。ないが、第二王子が優秀なため、第一王子が王位に就くのは限りなく低い確率だと言える。
学園では接近禁止令が出ているので、第一王子に絡まれず、わたしたち2人は実に平和な日々を送っている。
「…それにしても、思いの外早く行動に移しましたね」
自宅のテラスでリーシャは姉と2人、お茶をしている。侍女なども下がらせていて、完全に2人だけだ。
「そうねえ…リーシャが見た夢では、後2年はあったはずですものね」
そう、ずっと見ていた悪夢の中で、エリシアが処刑されたのは、わたしが17のときだった。
あの夜、姉の部屋で話をしてから、まだ半年も経っていないとは思えない。
「まあ、急に愛しい人の姿を見なくなったから、焦りが生じたのでしょうけれど」
「…やめてください…」
第一王子にそんな想いを向けられるなど、考えるだけで寒気がする。
嫌そうなわたしに、エリシアは笑う。
「まさかこれほど上手くいくとは思いませんでした」
エリシアは、リーシャの話を信じてくれた。
突拍子もない、それも不明瞭な部分の多い、リーシャの話を。
聞き終えた後、ひとまず反応を見るためにということで、ひとつの魔法を教えてくれた。
リーシャは教官の言う通り、学園に登校はしていた。
ただ、第一王子が来そうな時間帯すべてに、消失魔法をかけていたのだ。リーシャの姿を捉えられないように。
エリシアの魔法属性は、風と水。
結界や透明化などの魔法に長けており、独学で学んでいたそれを、王太子妃教育の合間にリーシャに教えてくれたのである。
気配すら完璧に消えるように調整するのは、なかなか技術を要するものだった。
それで、少しでも時間が空くとわたしのクラスに来ていた第一王子は、ある日を境に姿を見せなくなったリーシャに、エリシアが何か画策したのではと邪推したわけだ。
ある意味、間違ってはいない。
そしてそれが引き金になって、おそらく予定よりも早く行動に出たのだろう。
唯一の誤算は、リーシャが、第一王子のいう『妖精の愛し子』ではなかったくらいか。
「国王陛下も王妃陛下も、公正で英邁なお方だから」
「そうですね」
王家の影はこちらが要請するまでもなくついていて、第一王子の動きの不審さも報告されていたとか。決定的な失態を犯したわけではないので、質すまではしなかったと。
国王夫妻の予定は年単位で決定している。様子見をしていて、外遊の辺りで何かするのではないかという懸念をエリシアは伝えておいたのだ。
「──…でも、お姉さまと第一王子殿下の縁が切れて、本当によかったです」
ずっとリーシャを苛んでいた悪夢は、エリシアと第一王子が婚約解消してから、見なくなった。
もう、あんな悪夢のような出来事は起こらないと、信じていいのだろうか。
だから、見る必要がなくなったのだろうか。
そうだといい。そうであってほしい。
大好きな姉が、エリシアが、美しく微笑むのを見るのが、何よりも幸せだと思うから。
もう二度と、あんな悪夢は見たくない。
了




