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小説 空海  八代目の龍 0774-0835  作者: 山田 誠一


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第七章:本質は文字には書けない

大同四年(809年)の秋、京の北西に位置する高雄山(神護寺)の木々は、燃えるような紅葉に彩られていた。都の喧騒を離れたこの山寺に、空海は居を定めた。


そこへ、比叡山延暦寺の開祖であり、すでに天下に鳴り響いていた最澄が訪ねてきた。最澄は空海より七歳年上であり、朝廷の信任も篤い、最高権威であった。

「よくぞ、無事のご帰国を」

最澄はいささかの驕りもなく、深く頭を下げた。最澄の目的はただひとつ、空海が持ち帰った正統なる密教のすべてを学ぶことであった。


二人の交流は、美しく始まった。最澄は比叡山から高雄山へ何度も足を運んでは、空海から経典を借り受けた。

弘仁三年(812年)の冬、空海は高雄山において、密教の正統な後継者となるための儀式「灌頂」を執り行った。このとき、受講者の列の最前方に、あの最澄が弟子たちと共に神妙な面持ちで並んでいた。空海の密教が、名実ともに日本の旧仏教を凌駕した瞬間であった。


しかし、二人の巨星の絆には、はじめから目に見えぬ亀裂が走っていた。


最澄は、根っからの「学僧」であった。真理とは、分厚い書物を読み解き、論理を組み立て、戒律を厳格に守ることで、一歩一歩階段を登るようにして辿り着くものだと信じていた。

対する空海は、過酷な山林修行によって真理を掴んだ「天才」であった。

「最澄殿、密教の本質は文字には書けぬ。それは、身体の動き(印)、言葉の響き(真言)、そして心のなかに描く曼荼羅の宇宙を己の肉体と融合させることで、瞬時に仏となるものなのだ」


二人の思想の隔たりが、ついに火を噴く。最澄が、密教の極意を記した解説書『理趣釈経りしゅしゃきょう』の借用を申し出たときのことである。この経典は、人間の欲望や愛欲すらも大宇宙の生命の働きとして肯定する、極めて危険で深い内容を含んでいた。


空海は、この最澄の願いを、毅然として拒絶した。

「密教の奥義は、文章の文字を追うことによっては得られませぬ。あなたが経典を文字として読めば、必ずやその真意を誤り、邪道へ落ちるでしょう。ゆえに、これ以上、経典をお貸しすることはできませぬ」


最澄は愕然とした。自分の学問のあり方を、年下の空海から全否定されたのである。


さらに、二人の決別を決定づける出来づかいが起きた。最澄が最も目をかけ、自分の後継者と頼みにしていた最愛の弟子・泰範たいはんが、空海のもとへ留学したまま、比叡山へ帰らなくなってしまったのである。泰範は、空海の放つ、大宇宙そのものを抱擁するような圧倒的な魅力に完全に魅了されてしまっていた。


最澄は泰範へ向かって「比叡山へ戻ってきてくれ」と、涙ながらの書状を何度も送った。

しかし、泰範に代わって返状を草したのは、空海であった。


「道を求める者に、山の境界ない。泰範は、自らの意志でここに留まっているのだ」


最澄は、ついに高雄山への足を止めた。

二人の巨星は互いに背を向け、それぞれの道を歩み始めた。最澄は比叡山に籠もり、厳格な戒律の城を築くことに命を削り、空海は都の権力者たちを巻き込みながら、己の信じる密教の光を、広く天下の民衆へと注ぐための次なる大事業へと、その足を進めていく。


(第八章に続く)

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