表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/37

第5話 灰色の特例少女

「……もう一度、お願いします」

 試験官の声は、困惑と微かな恐怖に震えていた。

 予備として持ち出されたのは、学園に数個しかないという、高密度な魔力にも耐えうる特級の測定水晶。通常の属性判定では飽和してしまうような、稀少な魔力特性を検知するためのものだ。

 私はそれに、再び指先を触れさせる。

 結果は、やはり同じだった。水晶は鮮やかな属性の色を放つことを拒むように、内側からどろりとした無機質な「灰色」に塗りつぶされていく。

「やはり、既存の六属性には当てはまらない……。これほど定義不能な色は、三学年の王太子殿下以来か。……数百万人に一人の、ユニーク魔法保持者としての登録が必要になりますね」

 試験官が漏らしたその言葉に、周囲の空気が一変した。大陸全土を探しても一世代に片手で数えるほどしか現れない、既存の魔法体系に縛られない独自のことわりを持つ者。

 ざわめく周囲の視線を背中に浴びながら、私は奥にある重厚な扉の先――学園長の執務室へと通された。

 部屋の主、シルバーグレイの髪を丁寧に整えた老紳士は、試験官から手渡された私の「推薦状」をじっと見つめていた。

 やがて、彼はふっと深く、溜息のような息を吐き出す。

「……やはり、彼女(エルマ)か。アッシュベルクに隠れ住んでいたとは聞いていたが、まさか君をこちらに寄越すとはね」

 学園長の指が、推薦状の隅に押されたエルマの印章をなぞる。

 私は、おばあちゃん以外の他人がその名前を呼ぶのを初めて聞いた。

「学園長……おばあちゃんのことを、知っているんですか?」

「知っているどころではない。エルマ・アッシュベルク……彼女はかつて、この学園で最も輝かしい色彩を持っていた一人だ。――して、彼女は息災かね?」

 学園長の穏やかな問いに、私の喉の奥がキュッと引き締まる。私は小さく首を振り、震える声で答えた。

「……三週間前に、亡くなりました。この推薦状を、私に遺して」

 学園長の指が、一瞬だけ止まった。

 彼は目を閉じ、深く、重い沈黙を部屋に落とした。その眉間に刻まれた皺が、彼と彼女が過ごした時間の長さを物語っているようだった。

「……そうか。あのエルマが、先に逝ったか。最期まで、彼女らしいな」

 学園長は目を開けると、そこには先ほどよりも強い、決意のような色が宿っていた。

「君のその『灰色』の魔力についても、彼女はすべてを理解した上で、この学園に託したのだろう。……レイナ、君を全力で受け入れると約束しよう。それが、友としての私の務めだ」

 学園長はそれ以上語らず、私に優しく微笑みかけた。

 測定による極度の魔力消費と、おばあちゃんの知らない一面を知った衝撃。私の身体は、すでに限界を迎えようとしていた。

「今日のところは、私が用意する市内の宿へ泊まりなさい。入学式までの数日間、体を休めるがいい」

 ――それからの数日間、私は学園長が手配してくれた宿のベッドで泥のように眠り続けた。

 夢を見る。深い霧の中で、おばあちゃんがベリージャムのパンを焼いている夢だ。

 けれど、その笑顔は以前よりも少しだけ、霧の向こう側に遠ざかっているように見えた。

(おばあちゃん、あなたは本当は、何者だったの……?)

 数日後。ようやく体力を回復させた私は、いよいよ登校初日を迎えた。

 学園の掲示板で自分の名前を探したが、どこにも見当たらない。戸惑っている私の肩に、不意に誰かが手を置いた。

「探したわよ、特例生(イレギュラー)

 振り返ると、そこには門前で私を助けてくれた、紺色のローブの女性が立っていた。

 彼女は私の腕を軽く取り、一般生徒たちが向かう方向とは別の、一際静かな校舎へと導いていく。

「学園長からの特命よ。あなたの『灰色』は、まだ不用意に多くの目に触れさせるべきではない特別なもの。だから――このクラスに入ってもらうわ」

 案内されたのは、最上位の「Aクラス」だった。

 重厚な扉を開け、一歩中へ足を踏み入れた瞬間。

 

 ――焼けるような「赤」と「金」の魔力が、私を射抜いた。

 一番前の席に座っていたカトレアが、傲然と首を巡らせる。彼女の瞳には、測定の儀で見せた驚愕の残滓と、私という存在を解明しようとする強い好奇心が宿っていた。

「……また会ったわね。あなた、名前は?」

 カトレアが口を開いたその時、背後から荒々しい足音が響いた。

「おい、どけ! 邪魔だぞ!」

 現れたのは、門前で私に魔法を霧散させられた貴族の少年――ギルバート・サクスムだった。彼は私がAクラスの教室にいるのを見て、顔を引きつらせる。

「貴様……! なぜ平民の分際でここにいる! 貴様のような身元の怪しい奴がAクラスに入るなど、汚いコネでも使ったのか!?」

「静かになさい、ギルバート。彼女の編入は正当な手続きによるものよ」

 ギルバートを冷ややかに一喝したのは、壇上に立った紺色のローブの女性――セレナだった。

 彼女は学生会長であり、かつこの特例クラスの教育指導(監督生)を兼ねていることが告げられる。

「紹介するわ。本日からこのクラスに加わる、レイナよ。彼女は――エルマ・アッシュベルク様の推薦状を持ってここに来たわ」

「!?」

 その名が告げられた瞬間、教室内の空気が凍りついた。

 周囲の貴族の子息たちから、隠しきれない動揺を帯びた魔力が微かに漏れ出し、教室内を乱していく。

(おばあちゃんの名前……。やっぱり、ここでは特別な意味があるんだ)

 期待と疑念、そして得体の知れない熱を帯びた視線が、色の奔流となって私を叩く。アッシュベルクの霧に守られていた穏やかな日々は、もうどこにもない。

 剥き出しになった世界の色彩は、あまりに鮮やかで、どこか遠い場所の出来事のように眩しすぎた。

 私は、自分の内側にある灰色の魔力を、より深く、強く、抱きしめた。

 そうしていなければ、この眩しさの中に、自分という存在が淡く溶け去ってしまいそうだったから。

 私は静かに目を伏せ、この「色」に満ちた世界から、そっと心の距離を置いた。

ここまで見てもう少し見てみようや面白いと思ってくれた方はブックマークや評価(ポイント)で応援よろしくお願いしますm(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ