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第6話 眩しい日々のはじまり

初日の更新分ラストです

「……レイナ。空いている席に座りなさい」

 セレナの静かな促しで、ようやく凍りついていた時間が動き出す。

 私は教壇の上で、行き場のない視線を窓の外へと逃がした。アッシュベルクの霧はもうどこにもない。そこにあるのは、残酷なほどに透き通った青空と、遮るもののない強烈な陽光。そして、選りすぐりのエリートたちが無意識に漏らす、色鮮やかな魔力の氾濫だった。

(……ああ、眩しすぎる)

 私は自分の灰色の魔力を、より深く、強く、内側に抱きしめた。そうしていなければ、この剥き出しの世界に、自分という存在が淡く溶け去ってしまいそうだったから。私は静かに目を伏せ、この「色」に満ちた世界から、そっと心の距離を置いた。

 一番後ろの窓際の席。そこへ向かう歩みの一歩一歩が、泥の中を歩くように重い。

 通り過ぎる机ごとに、好奇や猜疑、あるいは明確な不快感の色が私を刺す。その途中、一際濁った「黄土色」の魔力が、威圧するように私の進路へと染み出した。

「――推薦状一枚でAクラスだと? 笑わせるな。その薄汚い格好、ここは掃き溜めじゃないんだぞ」

 低く、抑えられた怒りの声。正門前で私に魔法を霧散させられた少年、ギルバートだ。

 私は足を止めることすらしなかった。ただ、彼の横を通り抜ける際、一瞥すら与えずに呟く。

「震えているわよ、そんなに魔力の制御を乱して、私を威圧できているつもり?」

「……乱している? 何を訳の分からないことを……! 貴様、馬鹿にしているのか!」

 怒りと、それ以上に「正体不明の何か」を突きつけられた困惑が混ざった叫び。背後で彼が絶句するのを感じながら、私は一番後ろの席に深く腰を下ろした。

 自らの周囲に薄く「灰」の領域を展開する。物理的な障壁ではない。しかし、そこには明確な『拒絶』の意志があった。こうして自分を囲っていなければ、周囲の「色」に押し潰されてしまいそうだった。

 ふと視線を上げると、教室の中央付近に、ひときわ異彩を放つ「光」が鎮座していた。真紅と純金。完璧な調和を保つその光の主、カトレア・フォン・ローゼンタールが、冷徹な選別者の瞳で私を見つめていた。その「完璧な色」は、理解不能な異物である私を、静かに、だが執拗に観察している。

 休み時間になると、案の定、好奇心の色彩を持った生徒たちが私を取り囲もうとした。その先頭にいたのは、陽光のような輝黄色の魔力を振り撒く少女、リリィだった。

「ねえ、レイナ! あなたの『灰色』、もっと近くで見せてくれない? 私、リリィっていうの」

 リリィの周囲には、屈託のない明るい黄色の魔力がふわりと広がっている。他人を疑うことを知らない、恵まれた者の魔力。

 けれど、その「親愛」の輝きこそが、今の私には何よりも恐ろしかった。

(……触れないで)

 頭の奥に残る澱が、ズキリと痛む。

 正門前で少年を助けようとしたあの時、一時的に失われていたエルマとの記憶――ベリージャムの甘さや、彼女の笑った顔――が鮮明に息を吹き返した。

 けれど、他者と関わり、心を乱せば、また「前世の自分」という怪物が、この大切な宝物を食いつぶそうと這い出してくるかもしれない。

 他者と関わることが、記憶を明瞭にする「薬」なのか、あるいはすべてを悪化させる「毒」なのか。今の私にはその答えがわからない。わからないからこそ、どちらにも賭けることができなかった。

「……関わらないで」

 絞り出した声は、自分でも驚くほど冷たく響いた。

「あなたのその『黄色』……チカチカしすぎて、頭痛がする。私に、構わないで」

「え……黄色? 私、何も魔法を使ってないのに……。ねえ、顔色が悪いわよ。大丈夫?」

 リリィの純粋な心配すら、今の私には負担でしかなかった。嫌われれば、誰も近づいてこない。誰も近づかなければ、これ以上「今」を失わずに済むはずだ。

 私は震える指先で、自身の使い古された旅装の裾を強く握りしめた。周囲の鮮やかな色彩に囲まれて、自分だけが色のない影のように、不完全な確信を抱えてそこにいた。

 一方、廊下の陰からその様子を窺う一つの視線があった。

 深淵のような闇色を纏ったその人物は、レイナの「灰」が危うく揺らぐ様を、愉悦に似た静かな熱を持って見つめていた。

明日以降は更新するかストックを貯めるか分かりませんがひと月に4〜5話のペースに落ち着かせていく予定です。

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