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第38話 独り、灰色の端

1日1話にペース落としましたが、PVが70〜90程で安定しており、びっくりしてます。

ありがとうございます!(´▽`)

 二回戦が終わった後の記憶は、まるで水に滲んだインクのように曖昧だった。

 

 エリックの瞳に宿っていた、あの剥き出しの「忌避」

 差し伸べた手を拒絶された瞬間の、行き場を失った指先の痺れ。

 闘技場を後にする際、観客席から降ってきたのは称賛の拍手ではなく、得体の知れない怪物を遠巻きに眺めるような、静かで鋭い沈黙だった。


 カイルたちが心配そうに駆け寄ってきたはずだが、彼らの発する鮮やかな色彩は、今の私にはあまりにも眩しすぎて。

 その熱に触れれば、自分の内側の「灰」がボロボロと崩れ落ちてしまいそうで、私は適当な言い訳を口にして控え室の闇に逃げ込んだ。

 あれから数日、学園祭という名の祭典は、私の停滞を置き去りにして残酷なほどに加速していた。

 一年生の期待を一身に背負っていたカイルは、三回戦で三年生のシード選手と当たり、激闘の末に敗れた


「あはは……。やっぱり、先輩方は一筋縄じゃいかないね。正直、完敗だよ」

 試合後、制服のあちこちを汚し、肩で息をしながら私の元へやってきたカイルは、いつものように照れくさそうに笑ってみせた。

 鼻の頭を指で擦る癖も、悔しさを隠して努めて明るく振る舞う口調も、何も変わっていない


「少し悔しいけど……。今年はここまでかな。あとはレイナ、君に託すよ」

 彼は真っ直ぐに私の目を見た。

 その澄青の瞳は、一点の濁りもなく、私の存在を丸ごと肯定しようとしていた。


「君の力がどこまで行くのか、僕は近くで見ていたいんだ。

 ……君なら、あのカトレア様だって驚かせるような『何か』を見せてくれるって、信じているからさ」

 

 かつて王都へ行くことが決まった際、「君の力が認められたことは嬉しい」と笑ってくれた、あの時と同じ温かな光。

 けれど、その純粋な期待が、信頼が、今の私には重い鉛となって心に沈殿していく。

 信じてくれている彼にまた、あんな「拒絶」を、あんな「不気味な灰色」を見せてしまったら。

 彼は一体、どんな顔をするのだろうか、肯定の色彩が、軽蔑の泥に変わる瞬間を想像するだけで、心臓が冷たく収縮した。



 結局、一学年から準決勝に残ったのは、圧倒的な火力で上級生を焼き尽くしたカトレア様と、そして「不気味な灰色」の私だけになった。


「……また、一人?」

 中庭の隅。陽光も届かぬほどに高く伸びた樹木が作る、湿った日陰のベンチ。

 喧騒を避けるようにここに座り、膝の上で開いた魔導書をなぞる。

 文字を目で追っていても、意味が頭を素通りしていく。


 風に乗って、遠くから私の噂話が流れてくる。「触れるものすべてを腐らせる魔法」「あの特待生だけは得体が知れない」

 二回戦で見せた私の拒絶の領域(フィールド)は、この学園に潜んでいた私への忌避感を、決定的なものにしてしまったらしい。


「ふん、そんなに集中できていない顔を浮かべて本を眺めたところで、何になるのかしら」

 不意に、上から傲慢な、けれど背筋が伸びるほどに鋭い声が降ってきた。

 顔を上げると、夕闇を背負い、燃え上がるような深紅の髪をなびかせたカトレア・フォン・ローゼンタールが立っていた


「……カトレア様」

「準決勝を前にしてこの有様。

 以前、私の魔法を破り、私に『正解は一つではない』と言い張ったあの時の不遜なあなたはどこに消えたのかしら?」

 彼女は私の隣に、一切の躊躇なく腰を下ろした

 その瞬間、彼女の身体から溢れ出る圧倒的な魔力の『熱』が、私の冷え切った肌に触れた。


「……あ」

 灰色に沈んでいた私の視界に、パッと小さな火が灯る。

 彼女が纏う深紅は、他の誰よりも純粋で、熱い。

 たとえ私の力が周囲の熱を奪おうとしても、それを補って余りあるほどの強固な意志。

 奪われる以上に燃え上がる、絶対的な自己の証明。


「あなたの魔法、あれは戦いでもなければ、魔法ですらないわ」

 カトレア様が私のネックレス――限界を超えてひび割れたリミッター――を、逃さぬように鋭い眼差しで見つめる。


「ただの自傷行為よ、自分を削り、世界を拒むことで、一体何を守っているつもりなの?」

「私は……私を、失いたくないだけなんです」

 震える声で、絞り出すように本音をこぼした。

 知識を使うたびに、記憶の熱が消える。

 感情が摩耗し、他人の温もりがただの物理的な温度差にしか感じられなくなっていく。


 その、魂が透明になっていく恐怖を、彼女なら笑うだろうか。


「失う? 莫迦なことを。魂の色を燃やすということは、形を変えて世界に刻むということよ。

 何も刻まず、ただ透明になって消えていくことの、どこに意味があるというの」

 カトレア様は立ち上がり、私を見下ろした。

 その瞳には、憐憫などではなく、苛立ちに似た期待が宿っていた。


「……次が最後よ、レイナ。準決勝であなたが相応しい戦いを見せなければ、私はあなたをライバルと思ったことを後悔するわ。

 その前に――その醜い影に飲み込まれないことね」

 彼女が去った後も、肌に残った『熱』の余韻が、刺すように痛かった

 けれど、その温もりを打ち消すように、中庭の木々が落とす長い影の端から、あのドロりとした泥色(どろいろ)が這い出してきた。


『……素晴らしい。実に素晴らしい“拒絶”だったよ、レイナ』

 声が、直接脳内に響く。

 ひび割れたガラスを擦り合わせるような、歪な音


(誰……!?)

『君は気づいているはずだ。カトレア・フォン・ローゼンタールの言う“燃焼”など、君のような特異点には適さないということに。

 君の正体は、この世界を塗りつぶす圧倒的な拒絶なのだから……』

「……誰、なの。どこにいるの」

 影の中に、ぼんやりと人の形をした『何か』が立っていた

 それは顔のない、ただただ淀んだ色の塊。


『私は君であり、君が捨ててきたものだ。準決勝……楽しみにしているよ。

 君を本来あるべき場所へ迎えに行くその時を

 君が自分を捨てきれず、すべてを灰にする瞬間をね』

 ふっと風が吹き抜け、目を開けるとそこには誰もいなかった。

 ただ、私の指先だけが、先程まで隣にいたカトレア様の温もりを忘れたかのように、前よりも深く、凍りついていた。

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