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第36話 三色の残像

戦闘シーンの描写が苦手で、読み取りにくい所があると思いますm(_ _)m

 第一回戦の終了から三日。

 傷を完全に癒やす間もなく、トーナメント第二回戦の幕が上がった。

 闘技場を埋め尽くす数千の観衆、その熱狂は、今の私にとっては頭蓋を直接叩き割るような不快なノイズでしかない。

 限界を迎えた『色のないネックレス』。そのひび割れの隙間から溢れ出るように、あの日から情報の増えた視界は、以前よりも鋭利に、そして残酷に私の脳を焼き始めていた。

(……うるさい。色が、多すぎる……)

 隣に座る生徒の興奮が『濁った(だいだい)』となって飛沫を上げ、遠くの野次が『粘りつく焦茶』となって視界の隅を汚す。

 けれど、私は目を逸らさなかった。

 今日は、私の数少ない友人たちが、それぞれの「魂の色」を賭けて戦う日なのだから。


***

 第一試合。カイルの出番だった。

 杖を握るその指先は、遠目からでもわかるほど激しく震えている。彼の纏う魔力は、透き通ってはいるが芯の細い薄青(淡色)

 対する相手は、三年生の男子。全身に重厚な焦茶(深色)の魔力を鎧のように纏う、土属性の使い手だ。


「平民の分際で、運良く二回戦まで残れたようだが……そこまでだ。『剛土の投礫(アース・バレット)』!」

 相手が地面を叩くと、巨大な土塊が弾丸となってカイルを襲う。

 カイルは悲鳴を飲み込み、必死に杖を振り抜いた。


「……『水断(アクア・エッジ)』!」

 薄青の閃光が土塊に激突する。しかし、研ぎ澄まされきっていないカイルの魔法は、相手の分厚い『焦茶』の壁に触れた瞬間、表面に掠り傷を付けただけで、無力な水飛沫となって弾け飛んだ。

「威力が足りん。話にならんな」

 無情な土の猛攻がカイルを叩きのめす。何度も地面を転がり、土埃に塗れながら、カイルはそれでも観客席の私を見上げた。

 その瞳に宿ったのは、臆病な彼には似合わない、燃えるような拒絶の意志。

(守られてばかりじゃ、隣にはいられないんだ……!)

 レイナという光を見るために。

 その覚悟に呼応するように、カイルの周囲に漂う色が変質した。

 不純物のない決意が、薄い青を劇的に研ぎ澄まし、収束させていく。


「……もう一度、いけええええ!」

 絶叫とともに放たれた二度目の『水断(アクア・エッジ)』。

 それは先程とは比較にならないほど鋭く、鮮烈な澄青(輝色)の輝きを帯びていた。

 物理法則を超えた高圧の水刃は、相手が絶対の自信を持っていた焦茶の土壁を、まるで熱したナイフでバターを切るように、一刀のもとに断ち切った。


「……勝者、カイル!」

 静まり返る会場。平民が『輝色』へ至る瞬間を目の当たりにし、観客は驚愕に包まれる。

 カイルは崩れ落ちるように膝をつき、私に向かって小さく、けれど誇らしげに拳を突き出した。


***

 カイルの勝利に胸を熱くしたのも束の間、残酷な現実が訪れる。

 第二試合。リリィの番だ。

 彼女の纏う淡金(淡色)は、今日も太陽の光を浴びてキラキラと美しく舞っている。けれど、その輝きは、絶えず彼女の体から外へと漏れ出し、霧散し続けていた。

 相手は三年生。風属性の到達点に近い嵐翠(深色)を操る女子生徒。

「始め!」

「行きます! 『光彩の乱弾(レイ・バースト)』!」

 リリィは同時にいくつもの光弾を作り出し、一斉に放った。術式の構成は完璧で、魔法そのものは正しく発動している。

 けれど、一つ一つの光弾に含まれる魔力密度があまりに低かった。

「……綺麗だけど、温すぎるわ」

 相手が片手を一閃させる。激しい嵐翠の突風が吹き荒れ、リリィの放った光の弾丸は、的に届く前にバラバラに散らされ、消えてしまった。

 

 リリィは何度も魔法を放つ。そのたびに彼女の体から光が広がり、会場を彩る。

 しかし、そのどれもが決定打にならない。深色の風が作り出す気流の壁を、リリィの「脆い光」ではどうしても貫くことができないのだ。

「ああ……リリィ、もう……」

 私の知覚には、リリィの魔力が湯水の如く無意味に消費されていく様子が、色の減衰として手に取るようにわかった。

 

 最後は、真空の刃を伴う嵐のような一撃だった。

 リリィの淡金の魔力が激しくかき乱され、弾け、彼女の体は木の葉のように場外へと吹き飛ばされる。


「リリィ!!」

 担架で運ばれていく彼女の手から、零れ落ちた光の残滓が、虚しく地面に消えていく。

 私は、自分自身の魂が削られたような、胸を掻きむしられるような痛みを感じた。


***

 そして、会場の空気を一変させる圧倒的な魔圧とともに、彼女が現れた。

 第三試合、カトレア・フォン・ローゼンタール。

 対するは四年生の技巧派、土属性の最高峰に近い金剛(深色)を纏う上級生。


「あなたの炎がどれほど熱かろうと、この金剛の守りは通さない。『金剛不動の城塞(アダマント・ウォール)』!」

 相手は瞬時に闘技場の石畳を再構築し、ダイヤモンドに匹敵する硬度を持った結晶の盾を作り上げる。

 カトレアは不遜に鼻で笑うと、深紅(深色)の爆炎を解き放った。

 轟音

 だが、炎が晴れた後も、結晶の盾は無傷でそこに鎮座していた。熱を逃がし、衝撃を分散させる土属性の極致。

 カトレアは次々と高火力の魔法を叩き込むが、相手は巧みな魔力操作でそれを防ぎ、足元から結晶の棘を突き出してカトレアを追い詰めていく。


「……ふん、小癪な、私の『色』を、その程度の壁で抑え込めると思っているの?」

 カトレアの瞳に、黄金の光が混じる。

 彼女は足を止め、逃げるのをやめた。その場に立ち尽くし、右手に絶大な魔力を集中させる。

 火と光――二重属性の融合。

 

「焼き付きなさい、……『深紅の断罪クリムゾン・ジャッジメント』」

 放たれたのは、過去に見せた炎という現象を超えた、純粋な「熱の指向性」そのものだった。

 光速に近い速度で撃ち出された超高熱の槍は、物理的な硬度など意味をなさないと言わぬばかりに、金剛の盾を瞬時に蒸発させ、相手の防壁ごと「塗り潰す」ように貫いた。


「……勝者、カトレア!」

 圧倒的な出力。

 カトレアは乱れた髪をかき上げると、歓声には目もくれず、真っ直ぐに観客席の私を射抜いた。

 

 カイルの勇気、リリィの涙、カトレアの自負

 三人の「温度」を浴びた私の胸の奥で、何かが静かに、けれど激しく燃え始める。

 

 だが、立ち上がろうとした私の鼻先を、再びあの不快な臭いがかすめた。

 廊下の隅、暗がりの向こうで、じっとこちらを窺っているかもしれない『泥』

(次は……私の番、今度は頑張らなくちゃ)

 私は、ひび割れたネックレスを強く握りしめ、自分自身の戦場へと一歩を踏み出した。

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