第32話 共鳴する色彩
本日のラストです。
調整を急いでしたのでミスがあればすみませんm(_ _)m
学園を包む空気は、もはや沸騰せんばかりの熱量に支配されていた。
巨大闘技場を埋め尽くす数千人の観客。その咆哮にも似た歓声が、石造りの壁を震わせ、大気をびりびりと震わせている。
私は選手控室の片隅で、モニターに映し出される眩い光景を、瞬きすら忘れて見つめていた。
「……手が、震えてる」
膝の上に置いた自分の指先を見つめ、私は小さく呟いた。
恐怖ではない。おばあ様と二人、アッシュベルクの静かな屋敷で、陽だまりに溶けるように暮らしていた頃には、決して知ることのなかった種類の「焦燥」だった。
「レイナちゃん、私、行ってくるね!」
「わたくしの華麗な舞台、瞬きせずに見ていなさいな」
リリィの弾けるような声と、カトレア様の不敵な微笑。そして、黙って眼鏡の位置を直し、覚悟を瞳に宿すカイル。
三人の背中が通路の闇に消えていくのを、私はただ、祈るような心地で見送った。
***
『第一回戦、第一試合――Aクラス、リリィ・ブライト vs Cクラス、マティアス・ガイル!』
開始の銅鑼が鳴ると同時、リリィが闘技場の白砂を蹴った。
対戦相手のマティアスは風属性の使い手だ。彼は素早く杖を振り下ろし、不可視の真空の刃を幾重にも放ってリリィの逃げ場を削っていく。砂塵が舞い、鋭い風が彼女の頬をかすめ、一筋の紅が走った。
「きゃっ……!」
観客席から悲鳴が上がる。だが、リリィの瞳に恐怖はない。彼女は後退しながら、自らの『淡金』の魔力を、細かな光子として闘技場全体に散布した。
「――瞬光の追跡者!」
リリィが指を鳴らした瞬間、淡金の光子が風の気流に吸着した。すると、不可視だったはずの真空の刃が「金の閃光」として鮮やかに視覚化される。
死角が消えた。リリィはその光の線の合間を、まるでダンスを踊るような軽やかなステップですり抜け、一気に距離を詰める。驚愕して足が止まったマティアスを見据え、彼女は杖を天に掲げた。
「――瞬光の矢!」
上空に展開された魔法陣から、光の豪雨が降り注ぐ。一発一発が岩を穿つ威力を持った圧倒的な光の矢が、マティアスの防壁を瞬く間に粉砕した。
会場が揺れるほどの歓声の中、リリィが鮮やかな先陣を切った。
***
『第一回戦、第二試合――Aクラス、カイル vs Bクラス、レオ・オーウェン!』
リリィの勝利に沸き立つ会場へ、カイルが静かな足取りで上がった。
対戦相手のレオは大槌のような杖を構えた巨漢で、野性的な咆哮と共に突進してくる。
「逃げ回るだけなら、今のうちに降参しな、カイル!」
大地を叩き割る衝撃波がカイルを襲う。しかし、カイルは眼鏡を指先で押し上げ、冷徹に戦況を分析していた。彼の周囲に、薄青の水流が重く渦を巻き始める。
「リリィがあれだけ格好よく勝ったんだ。……平民の僕だけど、今日くらいは男の子として、負けるわけにはいかないからね」
カイルが掌をかざすと、渦巻く水流が一点に凝縮された。それはただの水ではない。魔法陣を介さず、水分子を極限まで圧縮することで作られた、鋼鉄すら両断する「水の刃」だ。
「――透徹の飛沫」
カイルの合図と共に、薄青の閃光が奔った。それはレオが築いた分厚い土壁を、まるで熱したナイフでバターを裂くように容易く切断した。驚愕に目を見開くレオの喉元で、鋭利な水の刃がピタリと止まる。
カイルはそのまま水流を蛇のように操り、レオの自由を奪うと、その胸元のバッジだけを正確に水圧で弾き飛ばした。
力に頼らず、術理の精度で圧倒する。退場する際、彼がチラリとモニターを見上げたその横顔には、一人の魔法士としての誇らしさが宿っていた。
***
『続いて、第一回戦、第三試合――Aクラス、カトレア・フォン・ローゼンタール vs Bクラス、エリック・ハドソン!』
カトレア様が戦舞台に立つと、そこは一瞬にして彼女の支配領域となった。
対戦相手のエリックが放つのは、炎の天敵である水と氷の魔法。闘技場を白く凍てつく霧が覆い尽くし、絶対零度の吹雪がカトレア様を閉じ込めようとする。だが、彼女は不敵な笑みを浮かべ、杖を一突きした。
「跪きなさい。わたくしが見ているのは、もっともっと、高い場所ですわ!」
カトレア様の背後に、太陽の欠片を切り取ったかのような、巨大な『深紅』の光球が結実した。それはもはや魔法というより、小さな恒星だ。彼女が纏う熱量に、観客席の温度までもが急上昇していく。
「――紅蓮の断罪!」
放たれたのは、深紅の熱線の奔流。
エリックが必死に築いた幾重もの巨大氷壁は、水に戻る暇すらなく一瞬で「蒸発」し、彼が維持していた魔力そのものが熱に呑まれて霧散した。
魔法の打ち合いにすらならなかった。カトレア様は一歩も動くことなく、絶対的な覇気で完璧なる勝利をその手に掴み取った。
***
控室の扉が勢いよく開き、三人が戻ってきた。
「レイナちゃん! 見てた!? ちゃんと勝ったよ!」
「僕もしっかり勝つことができたよ。……次は、君の番だ」
「ふん、当然の結果ですわ。レイナ、わたくしたちが作った勝利の流れを、止めるような真似は許しませんわ」
興奮した様子の三人の言葉に、私は力強く頷く。
尊敬と、少しの誇らしさ。モニター越しに彼らの魔法を見ていたけれど、不思議とそれを「解きたい」とは思わなかった。
彼らが全力で繋いだバトンが、今、私の手の中にある。
(私も、あそこに立つんだ。みんなと一緒に――)
覚悟を決め、通路へと足を踏み出したその時だった。
不意に、背筋を氷の刃でなぞられたような冷たい感覚が走り、足が止まった。
薄暗い通路の影の中から現れたのは、第一回戦・最終試合での私の対戦相手、ユーリ・ドレイクだった。
いつも教室の隅で本を読み、誰とも関わろうとしない消極的な少年。けれど、無言で彼とすれ違う瞬間、私の『灰』が警鐘を鳴らすように微かに波打った。
(……何? 今の、ドロドロとした感じは)
彼自身の魔力ではない、何か別の重い澱みがまとわりついているような違和感。
具体的な正体は分からない。けれど、本能が「あれは危険だ」と叫んでいた。
私は銀の腕輪を強く握りしめ、冷や汗を拭って、眩い光が待つ闘技場へと一歩を踏み出した。
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