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第30話 嫌な予感

本日のラストです

明日も2話更新しますが夜に2話投稿するかもです。

 学園寮での生活が始まって、数週間が過ぎた。

 あの日、あんなに何度も確認した扉の二重鍵を、今では寝ぼけ眼のまま解くようになっている。

 クローゼットの奥を確認し、天井の隅に影を探すという過剰な儀式も、リリィの「レイナちゃーん、朝だよ!」という元気すぎるノックの音に押し流され、いつの間にか私の朝から消えつつあった。

 外の宿にいた頃の、肌を刺すような孤独な寒さはない。


 シグルド様から手渡された銀の鍵は、私の指先にしっくりと馴染み、カトレア様から借りた銀の腕輪は、今では私を縛るものではなく、心地よい重みを持つ「守護」としてそこにある。

(……慣れて、いくのかな。この場所に)

 窓から差し込む柔らかな陽光を浴びながら、私は小さく息を吐いた。

 かつて両親に拒絶された記憶も、アッシュベルクの深い霧も、この賑やかな学園の色彩の中では、少しずつ遠い出来事のように感じられ始めていた。


***

「ねえねえ、見た!? 掲示板の特大告知!」

 食堂に足を踏み入れるなり、リリィが興奮で顔を上気させて駆け寄ってくる。

 一学期の終わりを飾る学園最大の行事、通称「学園トーナメント」――『色彩の競演』。その告知板の周りには、数多くの人だかりができていた。


「昨年の優勝者であるセレナ先生が、今年のエキシビションマッチに出場するんだって! 相手はまだ未発表だけど、実質的な『最強決定戦』じゃない!」

「セレナ先生が……」

 一年Aクラスの監督生として、時には教師以上の厳格さで私たちを導くセレナ様。彼女の放つ藍色の魔力『瞑海』の深淵を思い出し、私はわずかに身震いした。


「ふん、当然ですわ。あのセレナ先生が舞台に立たずして、何が色彩の競演かしら」

 テーブルにつくと、そこには既に戦闘態勢に入ったかのような鋭い眼光のカトレア様がいた。彼女の手元の羊皮紙には、トーナメントの進行予定がびっしりと書き込まれている。


「いい、レイナ。わたくしはこの大会で圧倒的な『深紅』を証明し、エキシビションの舞台へ……セレナ先生の喉元へ、この熱を届けてみせますわ。ローゼンタールの名にかけて、あの背中をただ見上げているだけの時間は、今年で終わりにしますの」

 燃え上がるようなカトレア様の気迫。言葉とは裏腹に、彼女の視線には尊敬と、それを超えようとする強烈な意志が宿っている。


「レイナ、貴女もよ。そんな隅っこで縮こまっているなんて許しませんわ。貴女がわたくしのライバルとして相応しいものか、群衆の前で証明してごらんなさい」

「……私は、見守っているだけで十分なのだけれど」


「あはは、それは無理だよレイナちゃん! 今回は原則全員参加なんだって。それに、レイナちゃんは正式に『ユニーク魔法( 灰魔法 )の保持者』として登録されちゃったからね!」

 リリィの屈託のない言葉に、私はわずかな胸騒ぎを覚えた。


***

 放課後、その予感は形となって現れた。

 学生会室に呼び出された私を待っていたのは、窓際に立つセレナ先生だった。


「呼び立てて悪かったわね、レイナ。――単刀直入に言うわ。今期末の『色彩の競演』、あなたは出場選手として登録させてもらったわ」

「……強制、ですか?」

 私の問いに、セレナ先生はゆっくりと振り返った。その藍色の瞳には、冷徹なまでの理性と、微かな危惧が混ざり合っている。


「原則、全員参加よ。特にあなたは『国家の至宝』として登録されたユニーク魔法保持者。その力を秘匿し続けることは、かえって周囲の憶測を呼び、無用な標的を生むことになるわ。……シグルド学園長とも相談した結果よ。あなたが自分の身を自分で守れる力を、最低限、公に示す必要がある」

 セレナ先生の言葉は正論だった。

 力を隠し通すことで得られる平穏は、ここではもう通用しない。


「……わかりました。努力はしてみます」

「ええ、期待しているわ。わからないことがあれば、カトレアやリリィに聞きなさい。あの子たちは……あなたの味方でしょうから」

 最後に添えられた言葉の温かさに、私は小さく頷いて、学生会室を後にした。


***

 夕暮れの校舎。

 オレンジ色に染まった廊下を、私は一人、寮へと向かって歩いていた。

 トーナメントに向けて自主訓練に励む生徒たちの声が、遠くの訓練場から微かに響いてくる。

 ――その時だった。

 ゾワリ、と。

 背骨の根元を、氷の指でなぞられたような感覚が走った。

「……っ」

 私は足を止め、咄嗟に振り返った。

 けれど、そこには誰もいない。夕陽が長く伸ばした窓枠の影が、静かに床に横たわっているだけだ。

 魔力の残滓を探る。けれど、空気は澄んでいて、誰かが魔法を使った形跡も、潜んでいる気配すらも感知できない。


 気のせいだろうか。

 いや、違う。魔力の反応が全くない。それなのに、確かに「見られている(・・・・・・)」。

 物理的な視線ではなく、この空間そのものが私を値踏みしているような、形容しがたい肌寒さ。

 周囲の音が、不自然に遠のいていく。

 風の音も、遠くの話し声も、まるで厚い膜に吸い込まれたかのように消えていく――完全な、無機質な静寂。

(何……? 誰もいないのに、何かがそこに……)

 私は無意識に左手を伸ばし、銀の腕輪を強く握りしめた。

 目に見える敵はいない。魔力の揺らぎもない。

 けれど、私の内側の『灰』が、これまでにないほど激しく、警告のノイズを脳裏に響かせていた。

 ――静寂が、私の平穏をじわじわと喰い破っていく。


「……誰、なの?」

 震える声で問いかけても、返ってくるのは冷たい沈黙だけだった。

 数週間かけて築き上げた「安らぎ」という名の薄い膜に、取り返しのつかない亀裂が入った。そんな予感だけを残して、私は逃げるように寮へと駆け出した。

 華やかなトーナメントの影で、何かが確実に、動き始めている。

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