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第28話 混濁する悪意

本日のラストです

 放課後の図書室。窓から差し込む夕日は、古い羊皮紙を琥珀色に染めている。

 私は一人、机に広げた白紙のノートに、昨日の放課後に見た「泥」の感覚を書き留めようとしていた。


(火、水、土、風……どれでもない。けれど、複数の色が強引に混ざり合っている)

 ペンを握る指先が、微かに震える。

 カトレア様の魔法は、火属性の『深紅』と光属性の『純金』が、互いを高め合うように共鳴している。それは二つの色が一つに溶け合い、より鮮やかな輝きへと昇華された、いわば「祝福された混色」だ。

 けれど、あの日、石壁にこびりついていたあの色は、それとは決定的に違っていた。


(……混ざっている。けれど、光を放つどころか、互いの色を汚し合って腐敗しているみたい)

 その歪な構造を、前世の論理で捉えようとした。異なる属性同士を無理やり繋ぎ止めている、その「不純物」としての正体。それを「理」の言葉に変換しようとした――その時。

「……っ」

 こめかみに、ズキリとした熱い重みが走った。

 思考の歯車が滑って、空回りするような感覚。「灰色侵食」とはまた違う。ただ、今の私の幼い脳という器が、その異質な術理を整理することを拒絶している。無理に考えようとするほど、視界に白い火花が散り、額にじっとりとした熱が溜まっていく。


(……だめだわ。無理に解こうとすると、頭がぼーっとしてまとまらない……)

 私はペンを置き、熱を孕んだ額を冷たい机に押し当てた。深いところまで潜ろうとすると、まるで見えない壁に押し返されるようなもどかしさ。今の私には、あの「泥」を理解するための知識と理解力が足りないのだ。

 左腕の銀の腕輪が、持ち主の体温上昇に反応したのか、ひんやりとした冷たさを伝えてくる。その冷気で少しだけ頭が冷えるのを待ち、私はゆっくりと顔を上げた。

「……学園長に、相談しなきゃ」


***

「泥色の魔力の残滓……ですか?」

 学園長室。私の話を聞き終えたシグルド様の表情は、かつてないほど険しく沈んでいた。

 シグルド様は窓の外、夕闇に溶けゆく学園の庭を見つめたまま、重く言葉を紡ぐ。


「魔法とは、世界に自らの『色』を載せ現象を起こす、魂の証明とも言える行為だ。だが、世の中には自らの色を持たず、他人の色を奪い、その純粋な力を濁らせて利用する者たちがいる。……それを我々は古くから、『(よど)み』と呼び、忌み嫌ってきました」

「……奪って、濁らせる?」


「ええ。本来、相容れない他者の魔力を強引に引き込み、無理やり己の力として繋ぎ合わせる。それは魔力の簒奪(さんだつ)であり、術理の冒涜だ。昨日、君が感じたというその濁りは、無理やり混ぜ合わされた魔力が発する悲鳴のようなものでしょう」

 シグルド様は、まだ「不純物」という論理的な正体までは掴めていないようだった。けれど、その現象がもたらす害悪については、誰よりも理解しているようだった。ふと、シグルド様が私の顔を覗き込み、眉を寄せる。


「レイナ君、少し頬が赤いようですが……どうかしましたか?」

「え……あ、いえ。少し考え事をして、のぼせただけですから。大丈夫です」

 無理に作った笑みで誤魔化すが、脳裏にはまだあの不快な「泥」の残像がこびりついている。シグルド様はなおも懸念を隠さない様子で言葉を続けた。


「しばらくは一人で行動しないように。特に、カトレア君やリリィ君たちのような、強い『色彩』を持つ生徒の周りには、彼らが寄ってくる可能性がある。本来なら私が宿まで送っていくべきなのですが、至急、この件で結界の再編と調査に入らねばなりません。誰か人を呼びましょうか?」


「いえ、お気遣いありがとうございます。外の空気を吸って、少し頭を冷やしたいので……。人通りの多い道を選んで帰りますから」

 私の固辞に、シグルド様は「決して足を止めないように」と厳しく念を押し、しぶしぶ私を送り出そうとした。だが、扉に手をかけた私を呼び止める。


「ああ、レイナ君。……君もそろそろ、この学園での生活に慣れてきた頃だろう?」

「え……? はい、おかげさまで」

「それなら、今使っている外の寄宿舎を引き払い、学園敷地内にある学生寮へ移ることを検討してはどうかな。あそこなら結界の保護もより厚く、リリィ君たちとも近い。君の安全を確保するためにも、私としてはその方が安心なのだよ」

 シグルド様の提案は、今の私にはとても魅力的に響いた。あの「泥」の影に怯えながら夜道を歩かなくて済むのなら。


「……ありがとうございます。前向きに考えさせていただきます」

 私は小さく頭を下げ、学園長室を後にした。


***

 寄宿舎へと向かう長い廊下。シグルド様との会話を反芻しながら、私は無意識に歩を早めた。

『君のようなユニーク魔法(灰魔法)は、属性魔法とは大きく違います。そのため、掠奪(りゃくだつ)を目的とする彼らにとっては扱いづらいため、彼らも避けるでしょうが……』

 シグルド様の言葉は合理的だ。扱いにくいものを、捕食者が好んで襲うはずがない。

 けれど、微熱を孕んだ私の脳は、あの時の石壁にこびりついていた「泥」が、私の指先にまで這い上がろうとしてきたあの不気味な感触を、鮮明に覚え続けていた。


(本当に、避けてくれるの……?)

 その時、背後の闇から、じりり、とあの嫌悪感が這い上がってきた。

 物理的な音はしない。けれど、背中のすぐ後ろに、どろりとした「不快な熱」が、まるで意思を持って吸い付いてくるような――そんな錯覚。

 私は息を止めて、一気に振り返った。


 そこには、誰もいなかった。

 ただ、月明かりが届かない校舎の隅で、消えかけている泥色の魔力の残りが、石床に黒い染みのようにこびりついていた。

 昨日見たものよりも色が濃く、蠢いている。属性の正体など判別できないほどに濁っているが、そこには確かに二つ以上の異なる魔力が、互いを食らい合うように混ざり合っていた。その残滓は、私と目が合ったと錯覚するほどのタイミングで、音もなく虚空へ霧散していった。

 ――見つけた。

 湿った声が、鼓膜ではなく、脳を直接撫でるように響いた。

 私は自分の『灰』を反射的に展開した。咄嗟に周囲の術理ごとすべてを消し飛ばそうとしたが、そこにはもう視覚的な汚濁も、追いかけるべき気配も残っていない。


 しん、と静まり返った夜の廊下。

 左腕の腕輪が、持ち主の動揺に呼応して激しく氷結したような冷たさを放っている。

 私の肌を焼くその冷たさが、今の出来事が単なる妄想ではないことを、残酷に証明していた。

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