第27話 特別という名の孤独
昼間予約投稿忘れてましたm(_ _)m
王都から学園へと戻った翌朝。私は、慣れ親しんだはずの寄宿舎のベッドで、天井の木目をじっと見つめていた。
窓の外からは、学園の朝を告げる鐘の音が響いている。アッシュベルクの霧に包まれた静寂とは違う、活気に満ちた、けれどどこか私を急き立てるような音だ。
「……公式認定、か」
ぽつりと呟いた言葉が、空っぽの部屋に虚しく響く。
王都の鑑定室で、あの傲慢な貴族の少年や冷徹な鑑定官たちに浴びせられた視線。シグルド様が用意してくれた「ユニーク魔法保持者」という肩書きは、確かに私を守ってくれるだろう。けれどそれは同時に、私が「ただのレイナ」として背景に溶け込むことを、二度と許さないという宣告でもあった。
重い足取りで学園長室を訪ねると、シグルド様はいつもの穏やかな微笑みで迎えてくれた。
「おはよう、レイナ君。長旅の疲れは癒えたかな?」
「……はい、ありがとうございます」
「王都での手続きはすべて完了した。君の魔法は、既存の六属性のいずれにも属さない、事象の根源に干渉する『ユニーク魔法』として正式に受理された。……これに伴い、君専用の『保持者の記章』の鋳造を王都へ依頼したよ」
シグルド様は、机の上に置かれた一枚の図面をこちらに向けた。
そこには、学園のシンボルである六芒星の中央に、一滴の雫のような、あるいはすべてを飲み込む霧のような、不思議な意匠が描き込まれていた。
「君の魔力波長に合わせ、王都の魔導工廠で一点ずつ手作業で仕上げられるものだ。完成して届くまでにはしばらく時間がかかるだろうが……それが君の胸にある限り、君を不当に貶める者は二度と現れないだろう」
「……専用の、記章」
「ああ。君だけの『色』を象った、世界に一つだけの証明だ。楽しみにしておくといい」
シグルド様の言葉は温かかった。けれど、私はその図面に描かれた「特別な印」に、言いようのない息苦しさを感じていた。
***
お昼休み。中庭のいつものベンチに向かうと、そこには既にリリィとカイルが待っていた。
「あ! レイナ! おかえりなさーい!」
リリィが『淡金』の魔力をふんわりと弾けさせながら、大きく手を振る。その後ろで、カイルも安堵したように眉を下げて笑っていた。
「おかえり。……顔色が少し優れないみたいだけど、大丈夫?」
「……うん、ちょっと王都の人の多さに酔っちゃって。ごめんなさい、リリィ。お土産……約束してたのに、時間がなくて買えなかったの」
私が俯いて謝ると、リリィは一瞬だけ丸い目をして、それから「もうっ!」と私の肩を軽く叩いた。
「そんなのいいよ! レイナがちゃんと帰ってきてくれただけで十分だもん。それより聞いてよレイナ、留守の間の魔法史の課題がすっごく大変だったんだから! 先生、レイナがいないからって私を指名する回数増やした気がするの」
「それは……リリィが居眠りしそうだったからじゃないかな」
カイルの冷静なツッコミに、リリィが「むー!」と頬を膨らませる。その光景が、あまりにいつも通りで、私の胸の奥に溜まっていた王都の冷たい淀みが少しずつ解けていく。
「ふふ、リリィならやりそう……。でも、課題なら私が手伝うよ? お土産の代わりと言ったらなんだけど」
「えっ、本当!? やったぁ! レイナの解説、すっごく分かりやすいから大好き! じゃあ、今日の放課後は図書室で決まりね!」
「リリィ、それはお土産の代わりじゃなくて、ただの甘えだよ」
「いいのっ! レイナとの『お疲れ様女子会』も兼ねてるんだから!」
二人の屈託のないやり取りを聞きながら、私は小さく息を吐いた。
学園長室で突きつけられた「ユニーク」という重い現実も、ここではただの雑談の中に埋もれていく。
期待すれば裏切られる。そうやって世界を拒絶してきたはずなのに、今は彼らと交わす言葉の温度が、心地いい。
けれど、そんな温かな時間は、不意に通りかかった生徒たちの視線によって、鋭く切り裂かれた。
ふと掲示板の方へ目を向けると、そこには「ユニーク魔法保持者・正式登録通知」として私の名前が大きく貼り出されていた。
通り過ぎる生徒たちが、私を指してひそひそと囁き合う。
「……見ろよ、あの子だ」
「測定不能じゃなくて、『ユニーク魔法』だったなんて」
「アッシュベルクの出来損ないどころか、国の至宝じゃない……」
それは、以前のような露骨な蔑みではない。
自分たちとは決定的に術理が違う、触れてはいけない別の生き物を見るような、冷ややかな敬意と拒絶の混ざり合った視線。
「……なんだか、前より遠くなった気がする」
私がぽつりと零した言葉に、カイルが静かに、けれど強く頷いた。
「周りがどう変わろうと、僕たちは変わらないよ。……ね、リリィ」
「当たり前でしょ! ユニーク魔法? 国の至宝? そんなこと関係ないよ、レイナは私の親友なんだから!」
リリィが私の手をぎゅっと握りしめる。その温かさに、私は無理に微笑んで、小さく頷いた。
***
放課後。一人で図書室へ向かおうと、校舎の裏手を通った時だった。
不意に、指先がじりりと痺れた。
脳の奥で、砂嵐の予兆とは違う、もっと生理的な嫌悪感が警鐘を鳴らす。
(……何、これ)
視線を落とした先。
学園の敷地と、外部を隔てる古びた石壁の影。
そこには、今まで見たこともない「色」がこびり付いていた。
それは火の赤でも、水の青でもない。
複数の属性が無理やり一つに練り上げられ、そのまま腐敗したような、どろどろとした泥色。
その魔力の残滓は、冷たい石壁の上で汚物のように蠢き、周囲のツタを黒く侵食らせていた。
「……魔法の、跡?」
私は無意識に右手を掲げ、その泥に触れようとした。
いつもなら、どんな高密度の魔法でも、私の灰が静かに分解して「無」に還してくれるはずだ。
けれど。
パリン――。
硝子が砕ける音が響く前に、私の魔力がかつてない拒絶反応を示した。
泥色の残滓が、まるで獲物を見つけた蛇のように、私の灰を伝って指先へと這い上がろうとしてくる。
(……解けない!?)
背筋に冷たい汗が流れる。
この「色」には、論理がない。
今まで学んだどの属性魔法とも違う、もはや魔法ですらない、どろりとした悪意だけを煮詰めたような魔力の残り。
視界の端で、泥の揺らぎが人の形を成したような気がして、私はハッと顔を上げた。
けれど、そこには誰もいない。
ただ、夕闇が迫る校舎の影が、以前よりもずっと深く、濃く、私を飲み込もうと伸びてきているだけだった。
左腕の銀の腕輪が、警告を鳴らすように氷のように冷たく脈打っている。




