表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/37

第26話 灰の下に灯る熱

本日のラストです

 王都スペクトラム・イリスを離れる馬車の車輪が、一定のリズムで石畳を叩いている。

 早朝の霧に包まれた王都は、昨日の喧騒が嘘のように静まり返っていた。レイナは窓枠に顎を乗せ、遠ざかっていく時計塔のシルエットをぼんやりと眺めていた。

(灰魔法……掃除屋の魔法……)

 鑑定室で浴びせられた言葉が、沈殿物のように胸の底に溜まっている。

 伝説の祖母と比べられ、期待外れだと断じられることには慣れていたつもりだった。けれど、あの大都会の圧倒的な「色」の奔流の中で突きつけられた孤独感は、初めてアッシュベルクの霧の外へ一人で踏み出した時よりもずっと、冷たく重いものだった。


「……何か、温かいものでも飲みますか」

 対面に座るシグルドが、魔法瓶から湯気の立つ紅茶をカップに注ぎ、レイナに差し出した。茶葉の香りが、狭い車内にふわりと広がる。


「ありがとうございます、学園長」

「顔色が優れませんね。やはり、王都は君には騒がしすぎましたか」

 シグルドの穏やかな問いかけに、レイナはカップを両手で包み込み、その熱を確かめるように俯いた。


「街は、すごく彩やかで……綺麗でした。でも、人の色が、怖かったんです。みんな、誰かを押し退けようとしたり、自分を大きく見せようとしたり。強い色が重なり合いすぎたその色は、どれもくすんで、澱んでいるように見えてしまって」

 彼女が昨日見たのは、虹の街の輝きではなく、欲望という強すぎる色を塗り重ねすぎて透明度を失った、人々の心の「濁り」だった。


「それは、君の感性が鋭すぎるからでしょうね」

 シグルドは自分のカップを口に運び、静かに続けた。


「王都は欲望の集積地です。魔法使いは力を求め、貴族は名声を求める。彼らにとって、魔法とは自分を飾るための『宝石』でしかない。だから、何色にも染まらず、ただそこにあって他人の魔法を分解するだけの君の『灰』が、彼らには価値のない、地味なものに見えるのです」


「……私の灰魔法は、やっぱり、空っぽなんでしょうか。おばあちゃんみたいな綺麗な色には、一生なれないのでしょうか」

 溢れそうになった弱音を、レイナは熱い紅茶と一緒に無理やり飲み込んだ。シグルドは、そんな彼女の揺れを否定せず、窓の外、広大な草原へと続く街道を指差した。


「レイナ君。君の魔法が『灰』という形をとっているのには、きっと理由があります。それは欠陥ではなく、今の君を守るために必要な、静かな幕のようなものかもしれない」

「私を、守るため……?」

 レイナは思わず聞き返した。けれど、すぐに視線を落とす。


「でも……幕のせいで何も見えないなら、私には何もないのと同じじゃないですか」

 ぽつりとこぼれた、鋭い本音。シグルドは否定せず、ただ優しく言葉を置いた。


「ええ。ですが急いで答えを見つける必要はありません。世界には、まだ君が知らない美しい色がたくさんあります。誰かに決められた色ではなく、君自身が心の底から『きれいだ』と思える何かに出会っていく中で……いつか、自分の魔法を良いと思える時が来るかもしれません」

 シグルドは一度言葉を切ると、少しいたずらっぽく目を細めた。


「それに、ユニーク魔法は人それぞれですからね。属性魔法に習熟の段階があるように、君の魔法も、今はまだその全てが表に出ていないだけかもしれませんよ。ですから今は、その灰を誰よりも深く、鋭く研ぎ澄ませておきなさい」

 シグルドはあえて「彩魔法」の名は出さなかった。彼女が自分の足でその境地に辿り着くことが、エルマの願いでもあると直感していたからだ。

 彼の言葉は、不思議とレイナの心に染み込んでいった。おばあちゃんがなぜ、物凄い魔法使いでありながら、レイナには何も教えずレイナの魔法についても言及しなかったのか。

 その本当の理由は分からない。けれど、今はあの沈黙の時間が、自分を急かさないための優しさだったのかもしれないとなんとか自分に言い聞かせた。

 王都の重苦しい石造りの景色が、数日かけて街道の穏やかな緑に薄められていく。レイナはその色彩の変化を、ただ静かに数えていた。

 やがて、馬車は懐かしい学園都市の門をくぐった。

 王都の鋭い色彩とは違う、学園都市らしい彩やかな色をした、うるさいくらいの魔力。

 石造りの校舎から漏れる騒がしい笑い声や、中庭で魔法の練習に励む生徒たちの熱気。それらが視覚と聴覚を同時に叩いた瞬間、レイナの強張っていた肩から、ようやくふっと力が抜けた。

「……ただいま」

 小さく呟いたその声に、シグルドは満足げに目を細める。


「おかえりなさい、レイナ君。さあ、日常に戻りましょう。君が自分だけの『色』を望むその日まで、学園は君の静かな居場所であり続けます」

 馬車を降り、使い古された寮の木の扉を開ける。その足取りは、王都へ行く前よりも少しだけ確かになっていた。

 自分の魔法は、相変わらず色のない灰色のまま。

 まだモヤモヤとした不安だって、すぐには消えてはくれない。――けれど。この魔法にも知らない「段階」があるのなら。いつか、これを好きになれる日が来るのかもしれない。

 レイナの胸の中で、小さな、けれど消えない期待が、灰の下で静かに灯った。

面白いと思った方や、続きを見たいと思ってくれた方はブクマ・評価(☆ポイント)お願いします。投稿のモチベになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ