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第16話 深まる術理、灰色の静かな反撃

本日のラストです

 一限目のチャイムが響く。今日の授業は、屋外演習場での「魔法干渉実習」だ。

 高く突き抜けた青空の下、クラスメイトたちがそれぞれの属性を誇示するように、色鮮やかな魔力を周囲に漂わせている。

「今日の課題は、飛来する魔法への『対処』です。単に力で押し返すのではなく、相手の魔法の性質を見極め、最小限の干渉で防御、あるいは軌道を逸らしなさい」

 教壇に立つセレナ先生の指示に、生徒たちの間に緊張が走る。

 飛んでくる魔法を「いなす」のは、正面から打ち消すよりもはるかに繊細な制御が求められる。それは、この世界の魔法使いにとって、自らの「色」の純度を試されるもっとも基礎的で、もっとも奥深い試練だった。

「レイナ、一緒にやろうよ。私、守る方はちょっと苦手なんだけど……」

 リリィが不安げな顔で話しかけてくる。彼女の『淡金』の魔力は攻撃的な輝きに満ちている分、守りに回ると少し不安定になる癖があった。

「いいわよ、リリィ。私でよければ」

 私は頷き、自分の中に流れる灰色の魔力を意識した。

 今朝、図書室の古書で確認した「魔力の還元」という考え方。

 新しい知識を無理に引き出す必要はない。一度経験した「分解」の力を、相手の魔法の「継ぎ目」を見極めて流し込む――それだけで、以前よりもずっと楽に、そして記憶を削らずに力が使えるはずだ。

 演習が始まると、周囲では火花や水しぶきが舞い上がった。

 しかし、その穏やかな空気を切り裂くように、濁った『黄土色』の魔力が私たちの進路を塞いだ。

「――どけ、リリィ・ブライト。その特例生には、俺が教育してやる」

 ギルバート・ロシュだ。

 正門前での屈辱、それまでの演習での劣等感。彼が抱えるどろりとした焦燥が、その魔力をかつてないほど鋭く尖らせていた。

「ちょっと、ギルバートくん!? 今は私たちがペアを組んで演習してる途中よ! 割り込んでいきなり攻撃なんて、失礼すぎるわ!」

 リリィが顔を真っ赤にして叫ぶ。だが、ギルバートはその言葉を無視して、歪んだ笑みを浮かべながら杖を振りかぶった。

「ふん、その減らず口もここまでだ。――『大地の一棘(テラ・パイク)』!」


「待って、まだレイナが準備を――!」

 リリィの必死の制止も虚しく、地面から突き出した巨大な岩の槍が、凄まじい勢いで私を目掛けて飛来した。

 周囲から悲鳴が上がる。それは「逸らす」にはあまりに重く、速すぎる一撃。不意打ちに近いそのタイミングは、訓練の域を超えた悪意に満ちていた。

 けれど、今の私には視えている。

 飛んでくる岩塊の、魔力が凝集して「形」を維持している急所が。

(――全体を無理やり解く必要はない。重要な「支点」だけをピンポイントで解いて、あとは「勢い」を後ろへ逃がすだけでいい)

 私は動じず、ただ右手を真っ直ぐに差し出した。

 指先が岩槍の先端に触れる。

 その瞬間、衝撃が来るはずの空間で、奇妙な「音」がした。

 パシッ、と。

 まるで、張り詰めていた糸が切れたような音。

 巨大な岩の槍は、私の指先に触れた箇所から、瞬時に細かな「砂」へとほどけていった。

 それだけではない。砕けた砂は私の体には一粒も触れることなく、左右に分かれる気流に乗り、背後の地面へと滑らかに受け流されていく。


「またか!? 俺の魔法を、真っ向から『打ち消した』というのか……!?」

 ギルバートが絶句する。


「ただ消しただけじゃなくて、分解して力を受け流しているように見えるけど……?」

 周囲の生徒たちが何が起きたのか理解できず静まり返る中、誰かが核心に近いことを呟いた。

 そう、打ち消したのではない。

 岩を岩として繋ぎ止めていた「(ことわり)」を最小限の干渉で分解し、そのエネルギーを無害な方向へ誘導したのだ。

(……体が、軽い)

 嬉しい誤算だった。以前のように魔法を丸ごと無に帰した時は、一回で倒れそうなほど疲れ果てていた。けれど今は、呼吸一つ乱れていない。魔力の消費も最小限に抑えられ、何より脳を焼くような砂嵐も来ない。

 これなら――実戦で、何度も使える。


「……これが、私の守り方よ」

 私は静かに告げると、まだ杖を構えたまま呆然としているギルバートから視線を外した。

 その直後、冷徹な声が演習場に響き渡った。


「――そこまで。ギルバート・ロシュ、前へ出なさい」

 セレナ先生が、氷のような冷たい眼差しで彼を射抜いていた。


「今の攻撃、合図もなしに、しかも対抗手段を持たないと判断した相手への実質的な不意打ちです。実技演習の規律を乱す行為は看過できません。放課後、教員室へ。厳重に注意します」


「そ、そんな! 俺はただ実戦に即した――」

「言い訳は教員室で聞かせてもらいます。……それからレイナ・アッシュベルク」

 先生の視線が私に向けられる。


「見事な干渉でした。……後ほど、その術理について詳しく聞かせてください」

 私は小さく頷いた。周囲の視線が、驚きと畏怖を帯びて私に集まるのを感じる。


――その喧騒から離れた、校舎の屋上の影。

 逆光に溶け込むように佇む男が、手元の羊皮紙に淡々とペンを走らせていた。

『――検体:レイナ・アッシュベルク。

 特定項目の古書への接触を確認。

 自らの能力について考察を深め、魔力効率の劇的な改善に成功したと推測。

 監視を継続。一定のラインを超え次第、回収フェーズへ移行する――』

 男は一度だけ、眼下でリリィたちに囲まれている少女に冷ややかな視線を向けた。

 彼らにとってレイナは、意志を持つ少女ではなく、あくまで観測対象……あるいは「育つのを待つ果実」に過ぎないかのような、無機質な視線。

 カサリ、と報告書が閉じられる。

 レイナが「自分の居場所」を掴みかけたその裏側で、彼女を捕らえようとする網は、着実に、けれど彼女自身が気づかぬほど静かに絞られ始めていた。

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