第14話 灰色の世界に芽吹く彩り
本日ラストです。
今日は夕方までに4日間でPVが最多になりました見てくれた方ありがとうございますm(_ _)m
総合PVは300を越えていて筆者のモチベ維持になってます。
朝の光が、カーテンの隙間からそっと差し込んだ。
アッシュベルクの低い霧とは違う、柔らかく、けれど力強い王都の陽光。私はゆっくりと瞳を開け、自分の手のひらを見つめた。
(……温かい)
心臓が、トクンと穏やかに跳ねた。
昨日の放課後、リリィとカイルと一緒に過ごした時間。そこで取り戻した「おばあちゃんと焼いたパンの匂い」や「あかぎれだらけの手の温もり」。
昨日、二人の優しさに触れて繋ぎ止めた大切な記憶は、今朝も鮮やかな質感を伴って、私の胸の内にしっかりと根を張っていた。
「……おはよう、おばあちゃん」
口に出すと、胸の奥がじんわりと熱くなる。
今日は、十二歳の誕生日。
おばあちゃんが、子供とおとなのちょうど真ん中だと言って、ずっと一緒に祝いたいと願ってくれていた日。
本当なら、アッシュベルクから持ってきた唯一の外出着を着てお祝いしたかったけれど、今の私は学園の生徒だ。目立つわけにはいかない。
私はいつも通り、シワ一つないAクラスの制服に袖を通した。鏡に映る自分は相変わらず地味で、灰色の気配に包まれている。
けれど、胸の内の「色」だけは、昨日までとは明らかに違っていた。
***
学園へ向かう道すがら、私は不思議な感覚に包まれていた。
いつもは「色彩の暴力」として私を刺していた街の景色が、今日はどこか、私を祝福しているように見えたから。
教室の扉を開けると、いつものように色鮮やかな魔力の氾濫が視界に飛び込んできた。けれど、その中に見つけた『淡金』の光が、真っ先に私へと近づいてくる。
「あ! レイナ、おはよう!」
リリィが駆け寄ってくるなり、私の顔をじっと覗き込んだ。その隣には、カイルも不思議そうな表情で立っている。
「おはよう、二人とも」
私が挨拶を返すと、リリィは「うーん」と首を傾げて、私の周りを一回りした。
「ねえレイナ、なんだか今日、いつもと雰囲気が違わない? なんだか……空気が柔らかいっていうか、キラキラしてるっていうか!」
「……そうかしら」
「そうだよ。リリィの言う通りだ」
カイルも穏やかに微笑む。
「昨日の演習の疲れが取れたのか、それとも……何かいいことでもあったのかい?」
二人の真っ直ぐな視線に、私は少し照れくさくなって、視線を落とした。
「……大したことじゃないわ。ただ、今日は私の十二歳の誕生日だから。少しだけ、気分がいいのかもしれない」
「ええっ! 誕生日!? なんで昨日言ってくれなかったのよー!」
リリィの大きな声が教室に響き、私は慌てて彼女の口を抑えようとした。けれど遅かった。
周囲の生徒たちが一瞬こちらを向き、すぐに興味を失ったように視線を戻す。……その中で、窓際に座っていた『真紅』の主が、一瞬だけピクリと肩を揺らしたのを、私は気づかなかった。
***
午前中の講義も、午後の演習も、不思議と身体が軽かった。
図書室で調べ物をしていると、不意に背後から足音が近づいてきた。
「――おめでたいことね」
振り返ると、カトレアが本棚の影に立っていた。
彼女の放つ『真紅』のオーラは相変わらず苛烈だが、今日のその瞳には、刺すような鋭さはなかった。
「……カトレア様。どういう意味でしょうか」
「言葉通りの意味よ。……たまたま耳に入ったのだけれど、今日はあなたの生誕の日だそうじゃない。自分の存在を消そうとする卑屈さが消えて、少しは自分らしく生きる覚悟ができたのかしら」
彼女はフイッと顔を背けると、私の机の上に、小さな包みを無造作に置いた。
「……学園の購買で余っていたものよ。捨てるのも忍びないから、進呈してあげるわ。ローゼンタールの名に免じて、感謝しなさい」
中に入っていたのは、繊細な銀細工のブックマーカーだった。アッシュベルクの霧を思わせる、けれど精巧で美しい装飾。
「ありがとうございます、大切にします」
私が微笑むと、カトレアは「ふんっ」と鼻を鳴らして、足早に去っていった。その耳の端が、彼女の魔力と同じ『真紅』に染まっているのを、私は見逃さなかった。
***
放課後。
私たちは、昨日と同じあのカフェへと向かった。
リリィは「誕生日ならもっと豪華にしなきゃ!」と、昨日以上に張り切っている。
「じゃじゃーん! 本日の主役、レイナ・アッシュベルクさんのための特製バースデー・タルトです!」
リリィが胸を張って差し出したのは、昨日見た「星屑のタルト」よりもさらに大きな、青いベリーが山盛りのタルトだった。
十二本の細い蝋燭が、小さな、けれど確かな光を宿して揺れている。
「おめでとう、レイナ」
カイルが、穏やかな声で言った。
「君の魔法がどれほど異質でも、僕たちは君がここにいることを肯定するよ。……生まれてきてくれて、ありがとう」
「おめでとう! レイナ、大好きだよ!」
リリィが私の肩に抱きついてくる。
その瞬間、私の視界を覆っていた霧が、完全に晴れたような気がした。
おばあちゃん、見てる?
私は今、色彩に満ちた世界で、こんなに温かな光に囲まれているわ。
一口食べたタルトは、驚くほど甘くて、酸っぱくて。
そして、昨日からずっと胸にある「おばあちゃんのパンの味」と重なって、私の心に新しい『彩り』を刻んでいった。
孤独なアッシュベルクの雨は、もう降っていない。
私の十二歳の誕生日は、これから始まる眩しい日々の、本当のスタートになったのだ。
夕暮れ時。
宿舎へと戻る私の影は、夕陽を受けて確かな「存在」として地面に伸びていた。
ペンダントを握りしめる。
そこからは、仲間たちから受け取った確かな体温が、明日からも続いていく予感とともに伝わっていた。
(……まだ、怖いけれど)
ふと、胸の奥をかすめる冷ややかな記憶。
差し出された手を信じて、その後に奈落へ突き落とされた、幼い頃のあの感覚が完全に消えたわけではない。人は簡単に裏切り、色はいつか褪せるものだと、私の半分は今も冷徹に囁いている。
けれど。
今日、私に向けられたあの眩しいほどの『淡金』や『薄青』、そして不器用な『真紅』までもを「偽物」だと切り捨ててしまうには、私の手の中に残った温度はあまりに本物すぎた。
「今はまだ……この温かさを、受け止めていてもいいのかもしれない」
誰に聞かせるでもない独白は、夕闇に溶けて消えた。
明日になればまた、私は『灰』の膜を纏って自分を守るだろう。それでも、この胸の痛みにも似た幸福感だけは、今日という日を生き抜いた自分への、ささやかな報酬として許したかった。
私はペンダントを首から外し、机の上に置いた。
ロウソクの火を吹き消すように、部屋の明かりを落とす。
――その時だった。
闇に沈んだ部屋の中で、誰にも気づかれることなく。
レイナが眠りについた後、机の上の「色のない石」が、微かに、本当に微かに瞬いた。
それは、これまでの代償として刻まれてきた無機質な「灰」ではない。
おばあちゃんの笑顔、リリィの抱擁、カイルの祝福。
それらの温かな記憶が、石の奥底で小さな、けれど消えない熱源となって、
春の訪れを待つ蕾のような、極めて淡い『桃色』の輝きを宿していた。
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