第12話 魔法ではない正解
本日のラストです
教壇に立つセレナの表情は、いつもの厳格な教師のそれだった。
だが、私と目が合うたびに、その瞳に微かな「迷い」が過るのを私は見逃さなかった。昨日の測定不能という結果を受けて、彼女なりに私をどう導くべきか測りかねているのかもしれない。
「今日の授業は、属性魔法の応用演習です。単なる出力の大小ではなく、魔力の『指向性』と、対象への『干渉精度』を測ります」
セレナが指を鳴らすと、教室の空間に十数個の光球が浮かび上がった。乳白色の球体は、まるで生き物のように不規則な軌道を描いて漂っている。
「ターゲットは魔法的慣性を持って自律浮遊しています。諸君の課題は、自身の魔力を糸のように細く伸ばし、この球体の『核』に干渉させ、指定された円環の軌道へと導くことです。寄り添い、優しく誘導しなさい」
最初に指名されたカトレアは、力強い『真紅』の熱量で光球を「命じる」ように動かした。リリィの『淡金』は蝶が舞うように光球を躍らせ、カイルの『薄青』は水流のように滑らかにその進路を整えていく。
三者三様の、美しい魔法の形。
そして、私の番が回ってきた。
「レイナ・アッシュベルク。やってみなさい」
クラスメイトたちの視線が集まる。けれど、そこにあるのは昨日までの露骨な恐怖ではなく、「昨日の今日で、あの子は何を見せてくれるんだろう」という純粋な好奇心が混ざり始めていた。
(導く……。でも、魔法で包み込む感覚が、やっぱりよく分からない……)
私は光球を見つめた。
私の目には、それが魔法の産物というより、複雑な浮力と慣性が組み合わさった「計算式」のように視えていた。
(包むんじゃなくて……もっと、効率的なルートを通せばいいだけだよね?)
指先から、ほんの少しだけ『灰』の魔力を伸ばす。
それはリリィたちのような鮮やかな色を持たないけれど、対象の物理的な抵抗を最小限に抑えるように、光球の表面を薄く撫でた。
その瞬間、光球から魔法特有の「ゆらぎ」が一切消えた。
乳白色の輝きはマットな灰色へと塗り潰され、あたかも目に見えない精密な歯車に噛み合わされたかのように、カク、カクと、無機質なベクトル転換を繰り返して円環を描く。
それは「泳ぐ」のでも「舞う」のでもなく、ただ「移動」という現象を最適化した、定規のような正確さだった。
「……え?」
リリィがぽかんと口を開けた。
クラスメイトたちから漏れたのは悲鳴ではなく、「え、何今の?」「魔法っぽくない動きだけど、速すぎない?」という戸惑いと感心の混じったざわめきだった。
ふと視線を感じて横を見ると、カトレアが眉を寄せ、微かに唇を噛んでいた。彼女の誇り高い『真紅』が、理解不能な「無機質な正解」を前にして、戸惑うように揺れている。
「レイナ。今の干渉……あなたは、どうやってこれを?」
セレナが歩み寄ってくる。彼女の言葉には、拒絶ではなく、教師としての純粋な困惑が含まれていた。
「……すみません。寄り添うというのが難しくて、ただ、抵抗を減らして動かしただけで」
「寄り添うのではなく、構造を理解して操作している……。あなたの力は、魔法というより……理そのものを読み解く何かに近い。……今はまだ、扱いが少し『硬い』ようね。あまり一人で突き詰めすぎないようにしなさい。あなたは、まだ学生なのだから」
セレナの言葉は、昨日の件を反映してか、どこか私を気遣うような響きがあった。
私は小さく頷き、自分の席に戻る。
ふと、奇妙なことに気づいた。
これほど明確に術理を分解したというのに、脳の奥にいつもある「砂嵐」が静かなのだ。おばあちゃんの記憶が削られるあの嫌な感覚も、今日はまったくない。
(……どうして? 灰色侵食が、起きていない……?)
かつてないほど「理」を剥き出しにしたはずなのに、代償がない。
その理由は分からないが、それは救いであるはずなのに、今の私には「次にまとめて奪われるための猶予」のような気がして、背筋に冷たいものが走った。
「レイナ、今のすごかったわ! まるで光球があなたの意思を知っているみたいにピタッと動いてたじゃない!」
リリィが目を輝かせて近寄ってくる。
私は苦笑いを浮かべた。リリィの明るさに救われながらも、やっぱり自分だけが別のルールで生きているような疎外感は消えない。
「……ありがとう、リリィ。でも、リリィの魔法みたいに綺麗にはできないよ」
「綺麗かどうかより、あんなに正確に導けるのがレイナの個性よ! ね、カイル?」
「ああ。正直、驚いたよ。魔法の新しい側面を見せられた気分だ」
カイルの穏やかな賞賛に、私の胸の奥に溜まっていた「重り」が、少しだけ軽くなった。
代償はなかった。けれど、その代わりに得たこの「今」の温もりまで、いつか失ってしまうのではないか。
そんな不安を振り払うように、私はリリィが差し出した手を、今度は避けずに受け止めた。
授業が終わる。
窓から差し込む午後の光は、朝よりもずっと柔らかく、私の机を照らしていた。
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