7-11 紫の夜を越えて
「薫さんが他の男になんて、絶対やだよ。やだけど……」
宮くんはちょっと涙目だった。
「やだけど、こんなのいくら神さまだってひどいよ……!」
「ああ。卑怯じゃねえか、こんなの。絶対に許せねえ」
「だ、大事なのは、春花の気持じゃないですか!? もし春花に選ばれなかったとしても、身を引いて祝福するべきじゃないですか!?」
次々にみんなが抗議してくれる。
「神さま」に向かって。
(みんな……!!)
「……母さん」
それまで黙っていた父さんの声がした。
母さんに寄り添うようにして、そっと肩を抱く。
「家のことで、薫の人生に口を出すのはもうやめよう。思い出してごらん。僕たちが結婚したときのことを」
「あなた……」
「きみには親の決めた婚約者がいた。でも、僕たちはどうしても結婚したくて、駆け落ちしたじゃないか。それでやっと認められた……」
俺は耳を疑った。
えっ!?
そ、そうだったんですか!?
初耳だけど……。
春花至上主義だと思ってた母さんが、家の決めた婚約者を拒否して駆け落ちしてた……!?
衝撃を受けている俺を見上げて、父さんは眼鏡の奥で微笑んだ。
「そうなんだよ、薫。僕は愛する君と結ばれて、幸せに暮らすことができている。……僕たちの息子にも、愛する人と結ばれてほしい。そうじゃないか? もう、この件は薫に任せるんだ」
「……愛する人と……幸福に……」
つぶやいて、母さんは涙を拭いた。
父さんの肩に額を寄せかけ、言い聞かせるように、
「そうかもしれません。確かに、そうかもしれませんわ……わたくし……家のことではむきになりすぎていましたわね……」
「……母さん……」
胸がじーんとしてしまった。
見上げると、狩野さんは一見無表情だけど、たじろいでる。俺にはわかる。
(俺も……ちゃんと言わなきゃいけない……!)
心を決めた。
土気色をして倒れている冬志さんを見つめた。
正直、狩野さんが本気で冬志さんにひどいことするとは思えない。
まあ、前世の俺を殺したのは狩野さんだし、秘密を話せば殺す予定でいたそうだから、その辺の感覚は俺たちとは違うのかもしれないけど……。
でも、少なくとも「自分の言うことを聞かない」なんて理由で人を殺すような人(?)じゃないはず……!
じゃあどうしてこんなことするのかって聞かれるとわからないけど、でも……。
「俺は、冬志さんを好きです……!」
俺は狩野さんを見つめた。精一杯声を張る。
本当はまだ少し……怖いというか……、これが恋とか愛とかって言える感情なのか、俺にはわかってない。
俺にとって、「同性同士はつきあったりしない」という常識がひっくり返っただけでも頭のなかが混乱してるのに、俺自身が同性を好きになるなんて、俺のキャパを超えてる。戸惑いのほうが強いんだ。
でも、それでも。
それでも、俺は、こんな気持は今まで持ったことがない。
冬志さんが死んだとしたら――そう思っただけで、俺の心も死んでしまいそうだ。
春花の家よりも大事だって思える。
苦手な争いごとでも、逃げないで立ち向かえる。
俺なんて、とか言ってる場合じゃない。
冬志さんのためなら。
だからどうか、どうか。
「畏れ多いことですが、俺はあなたの妻にはなれません。その罪と引き換えが必要だとおっしゃるなら、冬志さんではなくて俺の命をさしあげます、だからどうか……冬志さんだけは……! お願いします……! どうか冬志さんを生き返らせて下さい……! 」
お願いします、狩野さん……!
きっと、助けることができるんですよね……!?
なにか考えがあるんですよね……!?
狩野さんは頭を反らした。
「……よいのか。ワシの嫁となるならば、春花の盛名は望みのままぞ」
「……かまいません……」
「家を裏切ると申すか」
「……冬志さんを助けることが家への裏切りになるのなら……しかたありません……
「命も捨てると?」
「はい……!」
「薫さん!」
動揺した声があがった。瑞樹兄さんやみなさん、そして母さんもだ。
「なんてことを……待ってちょうだい、薫……!」
「ごめんなさい、母さん……」
俺は深々と頭を下げた。母さんの顔色が紙のように白くなっていく。
母さんは、もともと浮世離れしてふわふわした人だけど、こんなに力なく見えたのは初めてだった。
胸が痛む。
でも、それでも俺はやらなきゃいけない。
もともと俺が男に生まれ、シナリオに従いたくなくてあがいたために、いろんな展開が変わってしまったんだ。学園をやめるだけですんだはずの冬志さんが命までなくすなんて、理不尽だ。
俺は狩野さんを振り返った。
「お願いします、かのうさ……神さま……! 冬志さんを助けて下さい……そのためなら……俺は本当にどうなってもかまいません……!」
次の瞬間だった。
「ぐおおおおお!」
叫ぶなり、狩野さんが雲の上に倒れ込んだんだ。
え!?
「か、かのう……神さま……!?」
「な、なんという"愛"の力じゃあ~、 ワシの負けじゃあ~~!!」
え?
「ワシが誤っておった! そなたらの結婚を神として嘉すぞ! めおととなるがよい!」
「狩野さん……?」
思わず声を潜めて、隣に膝を突こうとすると、狩野さんがにやっと笑って下手くそなウィンクをするのが目に入った。
それから、ひっくり返ったカメのように足をばたつかせながら、手にしていた扇子を、ひらり、と振った。俺の身体は光の球に包まれ、ふわっと足下が軽くなった。
俺の身体はまた宙に浮いて、そのままふわふわとバルコニーへと下っていく。
見下ろすと、冬志さんの身体も金の光に包まれていた。
ゆっくりとまぶたが持ち上がって、目が開いていく。
「冬志!」
歓声が起きて、おじさんやおばさんが冬志さんを抱きしめていた。
「冬志さん……!」
よかった……!
安堵のあまり、俺はへたへたとしゃがみこんだ。
狩野さんはやっぱり、ほんとに冬志さんを殺すつもりはなかったんだ……!
(もしかして……自分が悪役になって、冬志さんのイベントを回避しようとしてくれた……?)
そのうえ、俺が勇気を持つように導いてくれたんじゃ……。
空からキラキラと光の粉まで降ってきた。
声が響き渡る。
「おぬしはワシの愛し子……冬志と結ばれ、幸せになるのじゃぞ」
見上げると、狩野さんが楽しそうに扇を仰いでいた。
そこから粉はあふれて、ガーデンの空中に舞い散っていく。
とっさに俺は叫んだ。
「狩野さん……待って下さい……!」
「さらばじゃ、春花薫よ……」
ゆっくりと狩野さんの姿はまばゆい光になって、溶けて消えていった。
そのとき、不意に予感がした。
もう狩野さんとは会えないんだ。
きっと、これですべてが終わったんだ――……。
涙がにじんで視界がぼやけていく。
俺は、どこからともなく起きた拍手でバルコニーへ迎えられながら、狩野さんの消えてしまったあとの虚空を、いつまでも見つめていた。
金の粉がいつまでも降っている。
(狩野さん……さよならも言えてないのに……!)
心臓が締め付けられて、俺はいつのまにか声もなく涙を流していた……。
こうして、俺と狩野さんはさよならをした――はずだったんだけど。




