7-9 甘ったれクリーチャー
「まああ……!」
キラキラした光に包まれた狩野さんを見上げて、母さんがうわずった声を立てた。
完全に目が輝いている。
「見て、あなた、薫さん……! なんてすばらしいのかしら……!」
「そ……そうだね……けれど私には自分の目が信じられないよ……これは一体……」
文系とは言え学者の父さんは、目をこすりながら呆然とつぶやいている。
俺も呆然としている。
狩野さん……狩野さんがなにを考えてるか、わかりません……!
わからないけど、でもこれも裏目に出そうな気がして仕方ありません……!
母さんが振り返って、完全に高揚した顔で俺を招き寄せるように手を振った。
「薫さん、お気づきになって? これは……これは……春花家の始祖とつたえられる薫子さまと同じですわ……!」
「かお……まさか……」
思わず息をのむ。
「……始祖?」
冬志さんの胡乱げな目が、確認するように俺に向けられる。
それで俺も我に返った。声を潜めて説明する。
「薫子さまは、春花家の始祖となられたおかたです。神に見初められてその妻となられました。それで帝から祝福していただき、春花家を興して、女性を当主に立てることを許されたと聞いています。だからうちは、女性を当主に立てなければならないんです」
「……薫と名前が似ているようだが」
「俺の名前は、薫子さまの字をいただいたんだそうです」
「……よほどファンなんだな」
つぶやいた冬志さんは、いやな予感がする、とでも言わんばかりの表情だ。
それは俺もだ。
――きっと、「神の妻となった」というのはおとぎ話なんだろう、と俺は思っていた。
もちろん子どもの頃は信じてたけど、だんだんと、実際はなにか別の事情があったんじゃないかと考えるようになった。薫子さまを当主とする必要があって、神さまの妻、という口実を立てたのかな、と。それがなにかはわからないけど。
……でも、色々不思議なことを見聞きした今となっては、本当に神さまと結婚したのかもしれない、とも思う。そういうことがあっても不思議じゃない。
狩野さん、この話を知ってたんだろうか?
と思ったけど、いや……ないか。
狩野さんはゲームの設定をほとんど知らないし、その上こんな細かい設定はゲームの中では出てない、と思う。多分。俺が聞いてないだけかもしれないけど。
知ってたとしても、やっぱり、どういうつもりなのかわからないし……。
じっと見上げると、狩野さんがしきりにウィンクしてくる。
あんまり上手じゃなくて、顔が引きつってるように見える。
次の瞬間、頭の中に狩野さんの声が響いた。
――どうじゃ!? 名案じゃろ!?
びっくりして「うわ!?」と声を出しそうになり、慌てて口を押さえた。
「薫?」
「な……なんでもありません……」
心配そうな冬志さんに愛想笑いをして、口を押さえたまま、キラキラしている狩野さんに向かって頭の中で念じ返す。
――狩野さん、どういうことですか?
――おぬしはすかさず、冬志と結婚したいというんじゃ。子どもを異界の者の嫁にやりたい親はおらんじゃろ? きっとおぬしの言い分を認めるから、そうしたらワシがすかさずおぬしらの婚約を祝福する、という算段じゃい。
狩野さんが反り返ってドヤ顔するのがここからでも見える。
な……なるほど……。
狩野さん、俺のために考えてくれたんだ……。
それはすごくよくわかった。すごくありがたい。
けど。
狩野さん……。
(母さんは、そんな常識が通じる人ではありません……!)
「これはまさに瑞祥ですわ」
母さんが振り返った。自信のみなぎった笑顔だ。
いやな予感がする。俺が制止しようとする間もなく、母さんは宣言した。
「薫さん。神さまのお嫁に、おいきなさい」
……ほら~~~~~~~!!!!!
庭中の驚きの視線が集まるのがわかった。
き、聞かれてる!
俺は気が遠くなりそうな気分で、近くの手すりで身体を支えた。
「……えっ?」
珍しく度肝を抜かれたような冬志さんと狩野さんの声が重なる。
父さんも唖然としている。母さんは顔を輝かせ、
「春花家のはじまりと同じことが起きるなんて、こんなに素晴らしいことはありませんわ。薫さんが選ばれたのね……なんておめでたいのかしら」
手を組み合わせて、少女のようにキャッキャしている。
ちょっと待ってほしい。
これだけ頑張ってきて、最後の最後で狩野さんエンドって……!
そんなのある……!?
いや、狩野さんが嫌ってことじゃなくて、狩野さんのことは好きだけど、でもそういうことじゃなくて……!!
もうあとには引けない。
俺は、キッ、と母さんを見つめ返した。
「待って下さい、母さん……!! 確かにおめでたいことかもしれませんけど……俺の一生のことです……!」
「そうだよ、桜。こんなにすぐに決めて良いはずがない」
父さんも動揺しつつ加勢してくれた。
母さんはキリッとしている。
「もちろんわかっていますわ、一生の問題ですわよね!」
「で、でしょう!? だったら……」
「だからこそ、神さまなんて素晴らしいじゃありませんの! 薫子さま以来、こんな栄誉に恵まれた者はおりませんのよ!」
話が……話が噛み合わない!
春花家のことに関しては、母さんを説得するのは、山を動かすよりたいへんだ。
身に染みている俺と父さんは、一瞬、気弱な視線を交わし合ってしまった。
バルコニーの下も、どよどよしていたのが何となく冷静になってきたのか、
「……これはたいへんなことだ」
「この上ない吉兆ですな」
「春花家の将来は安泰ですな」
人々は興奮したように顔を見合わせあい、うなずきあって拍手を始めた。
「おめでとうございます!」
「めでたい縁談に乾杯!」
「めでたい!」
狩野さんは雲の上でなんかちょっと間が持たない感じだ。
俺に、(どうしよう?)というような視線を向けてきたりしている。
やっぱり……裏目になっちゃうんですね、狩野さん……!
俺は必死で念を送った。
――挫けそうになってる場合じゃありません! 俺も母さんを説得しますから、狩野さんもとにかくこの場を鎮めて……
そのときだ。
喝采を制して、鋭い声が響き渡った。
「静粛に願います!」
飲まれたように場がシンとする。
冬志さんだ。
冬志さんは俺をかばうように一歩前へ出た。
「それは御当主としての決定ですか」
「ええ。あなたには申し訳ないけれど……厳原さまとは改めてお話しさせていただきますわ」
対する母さんはふわふわした微笑みだ。まさに冬対春。
「……ではこれは、十六の誕生祝いの席で発表された婚約、ということになりますか」
「あら? 本当ですわ、そういうことになりますわね」
「でしたら、参加者には、婚約に異議を唱える権利が認められているはずです」
冬志さんは凜と声を張った。
「俺は、この縁談に異議を唱えます」
俺は凍り付いていた。
本当は、ここで異議を唱えられるのは冬志さんのはずだった。
(逆に……逆になってる……!?)




