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7-8 ウサギのバイク

「本日は、息子の誕生日にお集まりいただき、ありがとうございます」


 当主挨拶が始まった。

 二階のテラスに母さんと父さんが並んで、母さんが大きなスタンドマイクの前に立つ。

 庭に散らばっていた人たちが、グラスを片手に集まってきて、青々した芝生の上で半円形になってテラスを見上げ、笑顔で拍手している。


 俺と冬志さんは、母さんの後ろに並んで、その景色を眺めていた。

 

(……狩野さん、何する気なんだろう……?)


 不安でどきどきする……。


(いや、しっかりしなきゃ!)


 自分に言い聞かせる。

 とにかく、俺は俺の役割をまっとうしよう。

 打ち合わせでは、母さんが「ご存知のとおり」と言った瞬間、俺は不意にふらりと皆の見ている前で失神することになっていた。


 母さんは皆さんのご出席への感謝を述べて、次期当主の十六の誕生日にはパーティを開いて人々をまねく春花家の習慣について話している。


(よし、これが終ったら失神……これが終ったら失神……これが……)


 言い聞かせてると、さらに不吉なものが目に入った。


 ……あれは……。


 人垣のうしろのほうに、ジャケットの瑞樹兄さんがいる。

 瑞樹兄さんが何か話しているのは占戸先生だ。今日は白衣じゃない。ビシッとお洒落なスーツで、髪もオールバックで決まっている。夢の中で会った占戸先生の姿のまんまだ。

 それだけなら、そんなに驚かない。

 瑞樹兄さんは親戚だから出席は当然だし、占戸先生は担任の先生なのでお招きするってことはきいてた。――んだけど。

 びっくりしたのはそちらじゃなくて。


 何か察したのか、冬志さんが俺をチラッと見た。

 声をひそめて、


「……どうした?」

「あの……」


 俺はそっと、視線で人垣の奥を示す。冬志さんもそちらに目をやって、察したらしい。


「……ああ……」


 ため息とも納得ともつかない短いため息が聞こえた。


 占戸先生の横には、四方田くん、宮くんと、桐谷さんまでいた。それぞれジャケットやスーツでかっこいい。みんなこちらに視線を送りながら、なにか言い合っているみたいだ。


「……招いたのか?」

「い、いえ!」


 小声の質問に、急いで首を横に振る。

 実は、宮くんも四方田くんも桐谷さんも誕生会に参加したがっていた。廊下で待ち伏せされたり、帰り道を追いかけてこられたり……。


 でも、絶対に呼ぶわけにいかなかったんだ。

 冬志さんの糾弾イベントは、パーティにやってきた〈花婿候補〉が冬志さんを指弾するから起きる。できるだけ、イベントが起きる確率は下げておかないと。

 だから、できるだけはっきりと断ってきた。俺個人のお祝いじゃなくて、春花家のイベントだから無理なんです、って。本当は友達も呼んでいいんだろうけど、もともと俺には呼ぶ友達がいないので、そこは触れないでおいた。


 なのに、どうしてみんながここに……!?


 母さんがあの三人を知ってて招待するとは思えないし……。


(となると……瑞樹兄さんや占戸先生が連れてきたのかな……)


 友達や恋人を連れてきていいはずだから。

 でも、なぜ……? 

 

(……不安だ……)


 結局は糾弾イベントを避けられない、なんてことになったら……。


(……ううん。別になにか深い事を考えてるってわけじゃないだろうし……もしなにかあっても、絶対に阻止しよう……!)


 心に決める。


「……というわけでございまして、今日という日を迎えられました……」


 母さんのおっとりした言葉が耳に入って、俺はハッとした。


 ぼんやりしてた! いよいよ次は「ご存知のとおり」だ……! 


 拍手が湧いて、母さんがいったん言葉を切る。 

 手順のとおり前のめりに転倒しようと、俺はテラスに敷き詰められたタイルに視線を落とした。

 緊張する。母さんの声に耳をすませながら、冷静になろうと心臓を押さえて、そっと大きく息をした――


 そのときだ。


 さあっとテラスを横切るように影が広がっていった。

 見上げると、今まで雲一つなかった空に分厚い黒雲が広がっていく。みんなざわついて空を見上げている。母さんも言葉を切ったままだ。

 冷たい風も吹いて、気温が下がる。


 と、


「我が名は神なり~!!!」


 突然、頭の中で声が響いたんだ。


「!?」


 思わず冬志さんを見上げると、冬志さんも唖然と俺に視線を向けたところだった。

 母さんと父さん、庭の人たちも一緒だ。

 みんなに聞こえたんだ……!


 雲間から光が差したかと思うと、何かが降りてくる。


 雲の上に誰かいた。


 水干をまとった、白皙の美青年だ。明るい色の髪は長くてうしろで一つに束ねている。

 こちらを見下ろす目は切れ長でつり上がりぎみで、赤い目尻に赤がほどこされて、妖艶な雰囲気も漂わせている。


 ……あれ?

 俺、あの人……知ってる……?


 どよどよと会場がどよめく中、その人が両手を挙げると、空中からえもいわれぬ香りがただよい、美しい花々がふりそそいできたんだ。


「我は春花家の守護神であるぞ。こたびは春花家の未来を嘉しに参った」

「おおー……!」


 拍手が沸き起こる。


「なんと……この上ない吉兆」

「春花家の将来は安泰ですな」


 扇越し、「神さま」と目が合った瞬間、ハッとした。


(狩野さん……!?)


 あれは狩野さんだ。

 狩野さんが変身してる……? それとも……子どものいでたちは仮の姿で、もしかしてあれが狩野さんの本当の姿……いや、狩野さんはもともと狐だから、どっちも仮の姿かな……?

 あまりのことに混乱して、思考が停止してしまった。


「薫、あれがおまえの言っていた稲荷神か?」

「あ、え、ええと、は、はい……」


 もううなずくしかない。


 狩野さん、いったいなにを……?


 狩野さんがウインクした気がした。


「このたびは、春花薫を召し上げに参った」

「え……」

「春花薫は心清らかに成長しおりしゆえに、我が妻として召し上げる。正しき跡継ぎはこれより後、そなたらにつかわそう。薫はいただいてまいる」


 わあっ……とどよめきが上がった。

 俺は狩野さんを見つめたまま凍り付いていた。


 いただいて参るって……。

 か……か……狩野さん、いきなりなにを…………!


 かばうように冬志さんに抱き寄せられたのがわかったけど、俺は身動きできなかった。

 狩野さん、任せろって言ってたけど……一体どういうことなんですか……!?


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