7-6 エスカルゴ
冬志さん……。
俺は冬志さんの目に射すくめられるように硬直していた。
さすが……初等科から永年学年首位なだけある……。
頭が……頭がよすぎます……!!!
これだけの情報でその結論にたどり着くなんて……!!!
(心の準備が……できてない……!!)
な、何て言えばいい?
俺は冬志さんを好きだけど……でも冬志さんの気持ちに応えるような資格はない。
ごめんなさいって言ったほうがいい。
ああ、でも……なにも言葉が思いつかない……!
「……真っ青だな」
鋭いまなざしで俺を観察していた冬志さんは、不意にため息をついて、身を引いた。
「あ……あの……」
「それで確信した。鎌をかけた。……本当に、昨夜のことは現実だったんだな」
「鎌を……」
しまった……!
俺はなんてバカなんだろう。
冬志さんは苦々しい笑みを浮かべて、目を伏せた。
「……わかった。おまえは、知らん顔をしようとしてたんだな」
「……あ……」
「……つまり、俺はお前にとって、他の花婿候補たちとなにも変わらない……そういうことだな」
「……えっ……?」
「それはそうだよな。俺は怖がりのおまえに優しい顔ひとつしてやれない。普通の顔をしていても仏頂面に見える。短気でおまえを怖がらせてばかりだ。そんな俺を、お前が好きになるはずがない。……わかっていたが……」
そんなこと……!
俺はおもわず息をのんだ。
ちがう。そんなことない。
冬志さんは、俺にとって特別な人だ。
前は、他に友達がいないからかとも思ってた。でも……でも、今は……。
――ため息をついた冬志さんが立ち上がりかける。
その短い一瞬に、俺の頭の中で色々な事が駆け巡った。
俺は冬志さんを好きだ。
だけど――それを、俺なんかが口にしていいことかさえわからない。
俺には、瑞樹兄さんみたいに人の上に立つ才能はない。
四方田くんみたいな、お父さんとケンカしてでも実現したい夢もない。
宮くんのような人目を惹きつける華やかさもない。
桐谷さんみたいな自信と強さも、浦戸先生みたいなミステリアスな力もない。
冬志さんみたいに、芯の通った強さや優しさもない。
そんな俺が、好きだと言われて断る資格があるかさえ、疑問なのに。
誰かに好きだなんて、言っていいんだろうか。
そう思ってた。
それだけのつもりだった。
でもそう思ってしまうことが、好意を人に伝えないことが、誰かを――大切な人を傷つけるということがあるなら。
俺は怖がりで、自信がなくて、臆病だけど。
でも大切な人のためには頑張らなきゃいけない。それは自信があるかないかじゃなくて、俺がどれだけちゃんと、人として誠実でいられるかってことだ。そのことだけは、俺は譲っちゃいけない気がする。
「……冬志さん……!」
気がついたら、俺は手を伸ばして、冬志さんのジャケットの裾を握りしめていた。
驚いたように冬志さんが振り返り、俺を見て目をまん丸くした。
「……薫」
何だろう、と思って気がつく。
頬にぽろぽろ涙がこぼれていた。
どうしよう。めちゃくちゃ泣いてる。迷惑かけてしまう。
でもとまらない。
誰かに好きだっていうのは、こんなに怖くて、勇気が要ることだったんだ。
俺は、俺はみんなにちゃんと向き合えてただろうか。俺は……。
「……薫? 一体どうし……」
珍しく冬志さんの表情に動揺が浮かぶ。
「冬志さん、俺……」
泣きながら俺は言った。
「俺、冬志さんを、好きです……」
冬志さんは目を見張ったまま凍り付いた。
それから、俺を見つめたまま、
「……俺が言ったのは……友人としてとか幼馴染みとしてとかいう意味じゃない」
「……はい、俺も……そういう意味じゃ……ないです……」
冬志さんの表情にゆっくりと狼狽が浮かんだ。
こんな冬志さん見たことがない。
「本当か」
「……あの……?」
「……悪かった、薫……薬が効きすぎた」
「え……?」
「多少厳しく……脅しを交えないと……お前は本音を言わないと思ったんだ……おまえが俺を好きでいてくれるかどうか賭けだった……だが」
「え……」
意味がよくわからなくて聞き返した時、俺はぐいと引っ張られたのを感じた。
次の瞬間、俺は冬志さんに抱きしめられていた。
……え……?
「……薫……泣くな、今のは俺の意地が悪かった」
「あ、え……」
「薫、だが、本当に……本当に……?」
冬志さんの声がかすれている。
俺は抱きしめられたまま目をしばたいた。涙がぽろぽろっと落ちる。
――ええと……?
つまりさっきの冬志さんの発言は……。
「……からかったんですか?」
「ちがう。嘘をついたわけじゃない、だが俺としては……薫に弱音だけは見せたくないと思っていたが、……これが最後の賭けのつもりだった」
「……賭け……」
俺を動揺させて本音を言わせようとした……?
俺はなんとなく呆然と冬志さんを見上げた。
冬志さん……策士だ……。
でも、うろたえてる冬志さんは真剣で、ふとおかしくなる。
冬志さん、こんなところもあったんだ。
今まで、すごく頑張ってくれてたのかもしれない。意外で、何だかかわいい。
冬志さんのことをかわいいと思うことがあるなんて、想像もしたことなかったけど……。
つい、ふふっと笑ってしまった。
冬志さんがホッとした顔をした、――そのときだ。
背後で、コンコン、とノックの音がした。反射的にドアから身体を引いて振り返ると、母さんが顔を出した。いかにも改まった黒留袖で、今日の日がなんのためにあったか、一瞬で俺は現実に引き戻された。
「母さん……!」
「まあ、薫さん、探しましたよ。ここにいたのね。車が来ましたからそろそろ病院へ……」
母さんは言いさして垂れ目がちの目を見張り、不思議そうに俺たちを見比べた。
「……どうしましたの薫さん、どうして泣いてるの? ケンカでもしまして?」
「あ、いえ、何でも……今行きます」
恥ずかしくなって急いで涙を拭いた。
もうパーティ会場を出る時間か。こんなことしてる場合じゃない。
これから体調を崩したふりをして病院に行かなきゃいけない。こうなったら、冬志さんも一緒に帰ってもらおう。
とにかく冬志さんがパーティにさえ出なければ、イベントは回避できるはず。
「冬志さ……」
俺は冬志さんに事情を説明しようと、振り仰いだ。
でも冬志さんは、俺を見てなかった。いつものキリッとした表情に戻って、真っ直ぐに母さんを見つめている。
そして、不意にきっぱりとした声を出した。
「……お願いがあります」
冬志さんは俺の手をそっと取った。
俺を見下ろす冬志さんの黒く澄んだ瞳をきょとんと見上げていると、冬志さんは決心したようにひとつうなずいた。
母さんに向き直り、
「薫さんとの破談を撤回していただきたい」
「え?」
「結婚を認めていただきたいのです」
俺はぽかんと口を開けていた。
母さんはちょっと瞬きをしただけだ。
と……冬志さん……?
それは確かに、好きですって言ったけど……話が……話が早すぎるのでは……!?




