7-5 甘い手
このまま貫き通すしかない――!
俺は覚悟を固めた。
乙女ゲームとか、前世とか、フラグとか、そういう説明を抜きにしたら、このへんがいちばんわかりやすい。はず。
狩野さんを「死神」じゃなく「お稲荷さま」にして、前世の話を省略するだけだから、完全な作り話じゃないし……。
とにかく冬志さんを帰さなきゃ。
以前、冬志さんから「嘘が下手」と言われたことがあるけど。
少しでも冬志さんを守らなければ。俺が今、冬志さんにしてあげられることは、それだけだから。
(四月から嘘をつき続けてきた成果を見せるんだ……!)
あんまり褒められることじゃないけど、このときのために修行してきたんだと思おう!
俺はぐっとこぶしを握りしめた。
冬志さんの目をまっすぐに見つめ、うなずく。
「はい。冬志さんがお信じになられないのも無理はありません」
我ながら改心のうなずきだと思う。
視線も表情も声もブレずに、落ち着いている。
調子を保つことに全力を注ぐ。
「……俺も、もとから信じていたわけではなかったんです。
でも、この四月のことでした。
俺は両親から仮婿の話を聞いて、どうすればいいか悩み、お稲荷さんにお祈りに行ったんです。
そしたらその晩、夢のなかにお稲荷さんがあらわれて、夢のなかで未来を見せてくれました。だから、あの花婿候補のリストも作れたんです。そしてそれ以来、なにかあると、お稲荷さまのお告げが未来を知らせてくれるようになりました。それで俺は、結婚を避けようとして、お告げに従って頑張ってきたんです」
冬志さんはすぐには返事しなかった。
沈黙が重い。
鋭い視線で見つめ返されると、弱くなりそうになるけど、俺は必死で自分を鼓舞した。目をそらさないこと。余計なことを付け加えて、ぼろを出さないこと。てのひらは冷や汗でびっしょりだけど、俺は何とか言い終えた。
俺を視線で釘付けにしたまま、冬志さんは低い声で、
「……雲をつかむような話だな」
「そ、そうなんですけど、でも、あの、本当なんです」
そんなすぐに納得……してくれるわけないよね……。
冬志さんはテストの難問を解いているみたいに険しい表情で、
「だとすると……嵐の日に、呼ばれた気がしてお前を学校まで迎えに行ったことがあったが……」
「あっ、はい!」
「あのとき俺を呼んだ声は……」
「!」
急いでこくこくする。
「多分、多分、お稲荷さまだと思います!」
「……先日、屋根から落ちかけたときにとめてくれたのも」
「そうです、お稲荷さまです!」
「……そう言われると、確かに説明はつくが……」
冬志さんは考え込んでいる。
……ごめんなさい……。
そっと心の中で頭を下げた。
でも本当の話をしたら、きっともっとこんがらかるんです……。今はとにかく、冬志さんに帰ってもらわないと……!
冬志さんはしまいにため息をついた。
ドキドキしている俺に、
「……わからないが……わかった」
「それは……どういう……?」
「少なくとも、お前に見せられたリストのとおり、条件に当てはまる男たちが現れたのは事実だ。
あいつらを観察する限り、ご両親が選出した婚約者候補というより、自分の意思で近づいてきた連中という印象だった。そんなランダムな現象を事前にリストにしておくのは、確かに不可能だ。なにか人智を超える力が介在したと考えるほうが筋は通っている」
「……はい……!」
信じてくれた……!?
「いや。超常現象自体はまったく信じられない。だが、ここしばらく腑に落ちなかったことのつじつまは合う。薫がその設定で話を続けたいのもわかった。だから先を聞こう」
「は、はい。ありがとうございます」
なるほど、それで「わからないがわかった」か……。
冬志さん、対応が早い。とにかく話をいったん聞いてもらえたことにホッとして、俺は言葉を続けた。
「……あの、四月に婚約者役をお願いしたとき、俺が『冬志さんにも役に立つ』ってお話ししたの憶えてますか……?」
「……ああ」
「実は、お稲荷さまのお告げで……このパーティでのトラブルを知っていたんです。……ごめんなさい」
俺は頭を下げた。
「あの時点で俺は、たとえ俺が断っても、冬志さんが婚約者扱いになることを知っていました。婚約者扱いになったら冬志さんは、このパーティで嫌な目に遭うことになってしまう。わかってたんです。本当に冬志さんのことを考えるなら、俺は絶対に冬志さんと婚約しないって言うべきでした。そして一人でなんとかしなきゃいけなかった……なのに俺は……なんとかうまくやろうと思って、冬志さんを巻き込んでしまいました……」
話しながら自分の気持ちが見えてきた気がした。
俺は冬志さんのことを怖い怖いって言ってたくせに、どこかで甘えてたんだ。
ずっと、冬志さんに守られっぱなしだった。
どうせイベントは起きてしまうんだから、と言い訳して……。
なんて情けないんだろう。
(ごめんなさい……!)
だけど、だからこそ今、俺は、冬志さんを守らなきゃいけないんだ……!
「俺は身勝手でした。それに気がついたんです。これから起きる事は、俺は自分で対処します。帰ってもらいたいんです。お願いします」
しばらくして、頭上でため息が聞こえた。
「……おまえは、うまいことやろうなんて向いてない」
冬志さんは静かに言った。
「そもそも、うまいことやれるようなやつは、今おまえが言ったようなことで後悔なんてしない。少なくとも俺だったら謝罪もしない。そんなことを言い出したら、俺はもっと卑怯だ。……人間はみんな思惑がある。それでいい」
「冬志さんが卑怯なんて……」
言いかけて、俺は口をつぐんだ。
そう言えば昨夜、冬志さん、言ってたっけ……なんだか……俺と……両想いになれるかもしれないと思ったとか何か……。そのことを言ってるんだろうか……。
(そうだった……)
そんなの、別に卑怯なんて思わない。
昨夜の冬志さんの告白は夢ってことでごまかしてるけど……。
本当だったらちゃんと返事しなきゃいけないんだよな……。
(ああ~……俺……ほんとに迷惑かけてる……冬志さんに好きになってもらう資格、ないよね……)
がっくりうなだれてしまったとき、冬志さんが凜とした横顔を見せて立ち上がった。
(帰ってくれる……!?)
でも違った。
冬志さんは俺に手を差し伸べて立ち上がらせた。
「帰るつもりはない」
「冬志さん……!」
「関わった以上、見届ける義務が俺にはある」
冬志さんはにべもない。
「……だが、……確信した。お前が正直に答えれば、それ次第で帰るかもしれない」
「か、確認?」
「俺の質問に正直に答えるな?」
何のことか見当も付かなかったけど、俺はこくこくうなずいた
帰ってくれるなら何でも答えよう……!
「よし」
うなずいた冬志さんは、俺の手を握ったままおもむろに言った。
「超常的な存在がお前の味方についているというのなら、……昨夜のことは、……夢じゃないな?」
「……!」
ハッとした。
冬志さんは怖いくらい真剣な顔だった。
「もしそうなら、理屈は今更どうでもいいから、……返事を聞かせてくれ」




