7-1 会いに行くよ
「と……冬志さん……?」
俺は思わず声を立てそうになり、慌てて両手で口をふさいだ。
冬志さんは俺のほうに顔を向けていて、窓からの薄明かりで、端正な目鼻立ちがうっすらと浮かんで見えた。
まぶたは閉じていて、深い寝息が規則正しく聞こえてくる。
俺が使っているのは普通のシングルベッドなので、くっつきそうに近い。息が髪にかかる。
(ひ、ひえぇ……)
俺はそうっと冬志さんを起こさないように布団の下で身体をずらして、できるだけ距離を取った。
改めてまじまじと眺めて見る。
……やっぱり冬志さんだ。
どうして俺の部屋に……?
(うう~ん……俺、まだ目が覚めてないのかな)
……さっきまでが夢を見ていて、これは現実だと思ったけど……。
もしかして、これも夢かな?
(……占戸先生の魔術がまだ続いてる……!?)
背筋がヒヤッとして、俺はそろっと起き上がった。
部屋はいつもと何も変わりなく、暗闇の中に見慣れた家具が並んでいるだけだ。占戸先生らしき気配はない……けど……最後の花婿候補だから、そうそう油断はできないぞ。
俺は腕を上げ、静かに自分のほっぺたをつねってみた。
……いや、痛い。
夢じゃないかもしれない。とにかく冬志さんに確認すべきかもしれない。
「……冬志さん」
おそるおそる肩を揺すってみた。
「冬志さん?」
布団の下で、ぴくっと肩が揺れるのがわかった――その一瞬後、冬志さんは布団をはねのけるようにして飛び起きた。
「だ……大丈夫ですか? あの……どうしてここに寝」
尋ねている途中で、がっしと肩をつかまれる感触があって、身体がグッと引っ張られた。
「え」
次の瞬間、俺は冬志さんに抱きしめられていた。
「薫……!」
え……えっ?
身動きできない。呆然として、冬志さんの感触に包まれていた。
多少、痛い。
でも、いやじゃない。
占戸先生に抱きしめられたときとは全然違った。
冬志さんの体温は心地よくて、解けて吸い込まれそうに気持ちがよかった。心臓がドキドキして息が苦しくなる。
不意に、占戸先生の言葉が頭の中で聞こえた。
――好きなら、男でも女でも、関係ない。
(……うわああああ!)
一気に顔も耳も熱くなった。
俺は必死で、とにかく冬志さんの背中をぱしぱしとたたいた。
「え、え、え、あの、冬志さ……」
ハッと身じろいで、冬志さんの腕がほどける。
一瞬、目が合った。
冬志さんの頬が紅潮している。バネではじかれたみたいに冬志さんは俺から離れ、身を引いた。
「すまない」
ベッドから降りた冬志さんは、腰に手を当てるようにして、頭をがしがしとかいて、俺の部屋を一瞥した。
俺だけ布団に入ったままっていうのも落ち着かなくて、俺はもぞもぞと布団から出、ベッドの端にちょこんと腰掛けた。そのとき気がついたんだけど、俺がリネンのパジャマを着ているのに対して、冬志さんは普通の開襟シャツとズボンだった。
「……夢か? これは」
独り言が聞こえる。
冬志さんも戸惑ってるらしい。
ちらっと時計を見ると二時。
夜明けが早い季節とは言え、まだまだ夜だ。
夢でも現実でも、なんとかしなきゃいけない……よね。
俺は咳払いした。
「……あの、ここは俺の部屋です」
「……そのようだな。子どものころ来た記憶と、多少変わってはいるが……」
「模様替えしたんです……あ、いえ、そうじゃなくて……冬志さんなら事情をご存知かと思って起こしたんですけど……おわかりじゃありませんか?」
「いや……部屋で、宿題に目を通していたら……うたたねしていたらしいんだが」
冬志さんは珍しくはきつかない声音で、窓のあたりを見やりながら、
「夢を見ていた。……夢だと自分でわかっていた。いつかおまえと二人で行った春の野原の夢だ。……だがその夢のなかでは、おまえといるのは俺じゃなかった。別の誰かなんだ。俺は、我慢できなくなってそいつの肩をつかんだ……そこで不意におまえもそいつも、野原も消えてしまった」
それ……俺の夢と同じだ。
同じ夢の中に、冬志さんもいた……?
「あたりは真っ暗になった。すると、声がしたんだ」
「声……? 俺の声ですか? 誰かと話してるような?」
同じ夢なら、展開が同じかと思ったんだけど、冬志さんは首を横に振り、
「違うな。子どもの声だった。……どうも聞いたことがある気がしたな……そうだ、先日。おまえが四方田と嵐の校舎に閉じ込められただろう、あのときに、校舎に行けと言った声のようだった。
ともかくその声が言った。薫を助けたかったら、光りのほうへ進め、と。言われて見回すと、闇の向こうにぽつんとあかりが見えた。月光のような青白い光だった。光へ向かったら、その先におまえがいた……妙な男に襲われそうになっていた。思わずカッとなってとめようとして……目を覚ましたらここにいた。……信じられないだろうが……」
珍しく動揺したように冬志さんの言葉は途切れた。それはそうだよね。普通はわけがわからない話だ。
でも、俺は急いで首を横に振った。
顔がほころんでいた。
「そんなことありません。信じます」
絶対に、その声は、狩野さんだ。
狩野さん、ちゃんと俺を助けようとしてくれてたんだ――!
冬志さんが俺の夢の中に出てこれるように、よくわからないけどなんとかしてくれたんだ、きっと。で、二人一緒に夢から出てきたから目覚めるのも一緒だった……とか、多分そういうことだ。
「……助けてくれてありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。
冬志さんは闇をすかすようにして俺を眺め、眉間にこぶしを当てるようにして、ため息をついた。
「……おまえは事情がわかってるのか。落ち着いているようだが」
「あの……ええと……はい」
つい苦笑してしまう。
「……不思議な夢を見たんですね、きっと」
「……どうせ、話すつもりはないんだろう」
冬志さんはため息をついた。
「すみません……」
「いや。……お前がそうするなら、理由があるんだろう。……隠し事なら俺にもある」
冬志さんが俺に向き直る。
「……薫」
座っている俺の前にひざまづくようにして、冬志さんは俺の顔を見上げた。
「大切な話がある」
「は、はい」
「……以前、おまえは、どうして絶交したのかと聞いたな。……その理由を話す」
冬志さんの目は真剣だった。吸い込まれるように俺は目をそらせなくなった。
(……あ)
ふと思い出す。
夢の中の、春の野原。思い出した記憶。
冬志さん、俺に、――キ、キ、キ……。
「その二文字」を思い浮かべる勇気がなくて、俺は一瞬で真っ赤になってしまった。
あのとき、どうして冬志さんはあんなことしたんだろう。
そしてどうして、そのあと、「もう会わない」って言ったんだろう。
わからない。なにもかも。冬志さんが何を考えているのか。
「……薫」
冬志さんは真面目な顔で、口を開いた――……。




