6-13 ヒバリの心
先生の感情は、婿取りと関係ない……?
俺はとっさに絶句した。
痛いところを突かれた気がして。
ええと……いや、それは……関係ないわけない。関係はある。はずだ。
でもシナリオに書かれている「花婿候補」のみんなにはその自覚がない。
だって、自分がシナリオに書かれてるとおりに動いてるなんて、思ってる人がいるだろうか。
だから、自分の意志で俺を好きだと信じ込んでるんだ。
俺を本当に好きなわけがない。だから断っても、皆を傷つけることにはならない……。
――いや。
なにかが引っかかった。
それは少し前から、うすうす感じていたことだった。
考えたくないから目をそらしてきたけど。
俺は、シナリオに逆らって行動してる。
俺には自由意志があるってことになる。
そんな存在が俺だけだとは思えない。
花婿候補たちの愛情が、本物だったら……?
(……だったら、俺……本当に愛されてるとしたら……)
色々な考えが頭をよぎって、俺は身動きできなくなってしまった。
呆然と占戸先生を見つめる。
天井から降り注ぐ月の光に照らされて、男らしい美貌はいっそう作り物めいて、凄絶に美しかった。
先生は微笑んだ。
「……かわいいね」
先生のかたちのいい指が、俺の前髪をかきわける。
「きみが愛しくて、抱きたい。その気持ちは家の決まり事なんかとは関係ない、本能だよ。相手が男だろうが女だろうが、恋しいと思ってしまえばそんなものはどうでもいいんだ。そんなくだらない常識で、愛する人を失っても良いのかい。その程度の愛情だとでも思っているの?」
先生の目が妖しい光を帯びる。
関係ない?
「知ってるかい。ハーフバンパイアは孤独な生き物だ。バンパイアではなく、人でもない。人を愛してもすぐに人は死んでしまう……私の愛する人も私を置いて逝ってしまった。……愛しても、どうせ私はひとりになるんだ。だったら……もうそんな想いはしたくなかったんだ。だから誰も愛するまいとしてきた」
でも、と先生はつぶやいた。
「それでも……俺はきみを……愛してしまった……。失うのが怖くて、卑怯な手を取ったことを許してほしい。どうかお願いだ。俺をまたあの孤独の中に戻さないでくれ」
うっ……。
そ、そんなことを言われれば先生に同情すると思ったら、大間違い……………………………………いや、やっぱり同情はしてしまう……けど……。
あののんきでつかみどころのない先生に、そんな悲しそうな瞳で見られると……俺まで悲しくなってしまう……。
(シナリオなら断れるけど……そうじゃないなら……むげに断るのは、先生に申し訳ないのでは……?)
そんな気になってしまう。
しっかりしろ!
俺は別に先生のこと好きなわけじゃない。
同情と恋は違う。
流されちゃダメだ!
だいたい、俺は怒ってるところなんだから!
俺は自分に言い聞かせて、サーベルを握りしめた。
声を励ます。
「先生。約束してください。もうこんなことしないって。心を操るなんて、だめです。約束して現実に戻してくれるなら、俺は、今回のことはなかったことにしてもいいです」
「……俺を愛してはいない……?」
う、ううう。
こんなにかっこいい大人の人に、捨てられた子犬のように見つめられると、罪悪感がすごい。
すごいけど。
俺は全力で頭を下げた。
「ご……ごめんなさい……!」
「そう……」
すっと手を取られた。先生の笑顔は優しいのに、手は氷のように冷たかった。
「なら……きみを夢の奥の奥まで、さらってしまおうか……」
先生の瞳が金色に輝く。
「……!」
身体が動かない……!?
ガシャンと音を立てて手からサーベルがこぼれ、床に転がる。
(うわあ~! だれか、誰か助けて……!!! 狩野さん……狩野さん!!)
俺は身じろぎもできずに、先生がゆっくりと上体を傾けるのを見上げていた。
影が俺に落ちる。頬を冷たい手のひらでくるまれた。
先生のくちびるが、俺のそれに近づいてくる。息がかかる。
恐怖のあまりぎゅっと目を閉じたとき、冬志さんの横顔が頭をよぎった――……
「……その手を、離していただきましょう」
もっと冷たい声がした。
先生の動きがとまる。
見上げると、先生の首筋に、ぴたり、と銀色の切っ先が押し当てられている。
(誰……!?)
先生の背後に誰かいる。
スッと動いてあらわれたのは――。
「冬志さん!」
思わず俺は叫んだ。
同時に身体が動くようになった。
いつも通り、しんと冴えた端正な目鼻立ちなのに、気迫がすごい。氷、というか、もう鬼って感じだ。
冬志さんは何も言わないのに、俺まで怖くなるくらいの怒りのオーラがあふれでていた。
「薫。俺の後ろへ」
「は、はいっ」
俺は占戸先生の横をすり抜けるようにして、冬志さんの後ろに逃げ込んだ。
助けにきてくれた?
え、でも……どこからどうして入ってきたんだろう?
ここは夢のなかのはずだ。
じゃあこれは……本物の冬志さんじゃない……?
(……でも、そっくりだなあ……)
俺はまじまじと冬志さんの背中を観察してしまった。
冬志さんの手中にあるのは、俺が落としたサーベルだ。
「わかったわかった。落ち着いて」
占戸先生はちらっと一瞥して状況を把握したらしく、苦笑して手を上げた。
「……夢がつながったままになっていたのか。閉じたつもりだったんだが」
「え……じゃあこの人は……本物の……?」
「貴様が誰かしらないが、悠長に会話するつもりはない」
冬志さんの声は押し殺されてすごみがある。
――冬志さん……来てくれたんだ……!
占戸先生の姿が違いすぎて、誰かわかってないみたいだけど……。
それでも助けに来てくれた……。
安堵感と申し訳なさがドッと押し寄せてきて、目頭がじわっと熱くなった。
「薫。おまえは状況はわかっているのか」
「え、あ、ええと、少しは……」
「では薫に話をしてもらおう。俺は今完全に頭に来ているから、貴様を痛めつけないようにするので精一杯だ」
冬志さんの声はまるで、地獄から吹いてくる凍てついた風のようだった。
占戸先生にもそれがわかるのか、苦笑いして俺に目を向ける。
「虎の尾を踏んだらしい」
「こ、こ、ここまでです!!」
俺はできるだけ毅然として要求した。首筋のアザを押さえて、
「術を解いてください。そして俺たちを現実に戻してください」
「この場合はしょうがないな」
「それから、二度と俺たちに手を出さないでください。どんな形であっても」
「それは約束できかねる。君を愛していると言っただろう? 愛は行動のコントロールを失わせるものだよ」
占戸先生は悠揚と笑って、こちらに向き直った。
冬志さんの手に力がこもるのがわかった。
シュッと衣擦れの音がして、同時に占戸先生の首筋にひとすじ赤い線が走る。
「冬志さん……!」
「おとなしく従え。俺は薫と違って、容赦はしない」
「熱烈だな」
先生は鼻で笑い、
「サーベルごときで私はとめられないよ。薫に堂々と向き合いたいから、いったん仕切り直す。それだけだよ」
「くそつまらんたわごとを……」
こんなに口の悪い冬志さん初めてで、俺は唖然としてその横顔を見上げた。
は、早く先生を説得しないと……!
「俺は……申し訳ないんですけど……先生を好きになることはありません……! 俺は、俺は、……好きな人がいるんです……!」
しん、となった。
冬志さんも占戸先生も、俺を見つめている。
え、なに?
「……薫……えっ……」
「は、はい……?」
「おまえには……好きな相手が……?」
「え、ええと……」
口ごもったとき、
「ああ、待った待った!」
急に占戸先生がうんざりしたように手を振った。
「俺がいる場所でいちゃいちゃするのはよしてくれ。わかった、今日は終わりにしよう」
「えっ? いちゃい……」
「いつかそれが勘違いだと、思い知らせてあげよう。だが、さすがに若いエネルギーにあてられたら、この夢が持続できなくなってしまう」
「待ってください、いちゃい……」
先生は俺の言葉にはかまわず、パチンと指を鳴らした。
たちまち部屋が溶解していって――ぱちっと目が覚めた。
見慣れた天井。
俺の部屋……?
「た、助かった……!?」
跳ね起きて見回すと、俺は自分のベッドに横たわっていた。
冬志さんと一緒に。




