6-10 運命の人
家の工事でネットにあがれず
一日遅れの更新になりました……
よろしくお願いします……
(……男性同士は、恋愛ができる……?)
俺は先生を見上げたまま凍り付いた。
言ってる意味はわかる。
それはそうだと思う。
なんというか、一般論としては、わかるんだけど……。
でも、先生の表情は、一般論で言ってるんじゃないみたいだった。
一般論じゃないとすると……。
(……考えすぎ! 考えすぎ!)
俺は急いで笑顔になったけど、多分こわばってたと思う。
「あ、え、そ、そうですね、ええと……一般論としては……」
「一般論?」
蓮哉先生は引かない。
優しい笑みでぐいぐい来る。
「自分には関係ない? 自分でそう思い込んでるんじゃないか? それがロックになって、自分の気持ちをつぶしてないか?」
「……ロック……」
次々に新しい概念を投げ込まれて、頭の中がごちゃごちゃだった。
ロック……?
つぶす……。
俺が、男の人は恋愛対象じゃないって先入観で、自分が持ってるかもしれない恋愛感情に気付いてないってこと……?
え?
そんなこと……あるかな……?
好きになったら、さすがにわかると思うけど……。
(さすがに……好きだったら自分で気がつくはず……)
――ふと、なにかがチカッと頭の中で光った気がした。
断片的な言葉がつながりそうになる。
好き。
男の人。
気がつく……?
――そういうことが、実際にあった……?
でもすぐに、そのささやかな感覚は途切れてしまった。なんだかぼんやりした気持ちで、俺は首を横に振った。付け足すようにちょっと笑ってみる。
「……そんなドラマティックなこと、起きたりしません」
「そうかな? 薫なら、抱けるけどな、俺は」
しれっと先生が言う。
もう一度、俺は凍り付いた。
そ、そういう反応が難しい冗談言うの、やめてほしい……。
俺が呆然と目を見開いてるのをどう思ったのか、蓮哉先生はにっこりした。
俺の髪を、大きな手のひらでくしゃくしゃっとしてくれる。
心臓がドキドキしてきた。
なんだか不穏――なのでは?
(……先生って、花婿候補じゃないよね……?)
思ってから、一瞬、また頭にもやがかかったようになった。
花婿候補――って、なんだっけ?
(……いやいや、寝ぼけすぎだよ! 花婿候補は花婿候補じゃないか)
今のところ、先生については、〈はなこい〉にまつわる記憶は何も蘇ってない。
だからきっと、大丈夫だ。自分に言い聞かせる。
(先生は幼馴染みなんだから、俺のこと心配してくれてるだけだよね。
こんなふうにいちいち疑うなんて失礼だよ……)
幼なじみの好意も素直に受け取れないなんて、恥ずかしい。
「薫」
腕が伸びてくる。
俺はベッドに押し倒された。蓮哉先生の身体が覆い被さってくる。
「せ……先生……?」
「愛してるよ」
首筋に熱いくちびるが押し当てられるのを感じた。シャツの裾から骨張った大きな手が滑り込んできて、脇腹をなで上げられた――瞬間、頭が真っ白になった。
(……嫌だ……!)
必死でもがく。
でも先生の手は止まらない。
耳元で、先生のつぶやきが聞こえた。
「……ああ。やはり、〈護り〉が強いな」
――次の瞬間。
「……春花くん。春花薫くん」
声がする。
「……?」
目覚めると、保健室のベッドの上だった。
校医の先生が、ポケットに手を突っ込んで立ち、不思議そうに俺を見下ろしている。
「……あれ……?」
――また夢……?
「どうしたの、春花くん? うなされてたわよ」
「……あの……俺……?」
「昼食後に倒れたのよ。生物の占戸先生が運んできてくれたの」
「え……」
「貧血と睡眠不足ね。最近、あまり眠れてなかったんですって? 試験中は増えるのよ」
こんなこと初めてだ。
慌てて起き上がりながら、先生の呆れ顔を見られなかった。
(……なんて夢を……)
恥ずかしくて顔が赤くなった。
……でも、さっきもこんな夢、見たような……。
「もう放課後よ」
「ええっ!」
どうしよう、冬志さんと約束してたのに!
いろいろ頭から吹っ飛んで、慌ててベッドから飛び起きた。
冬志さんの教室は閑散としていた。
日誌を書き込んでいたらしい先輩が、冬志さんはもう帰ったと教えてくれた。
念のために靴箱ものぞいてみたけど、きっちりそろえて置かれた上履きが、冬志さんが帰宅してしまったことを教えてくれるだけだった。
(……こうなったら、おうちをたずねないと……怒られるかなあ……)
婚約破棄の件と、今日のすっぽかしで、さらに顔を出しづらい。
でも、約束をすっぽかしたままにはできない。
怒られる覚悟をして、俺はとぼとぼと冬志さんの家に向かった。
玄関先で女中さんに取り次ぎを頼んでいると、奥から顔を出したのは洋志くんだった。
妹と婚約する予定の、冬志くんの弟さんだ。
まだ小さいのに銀縁の眼鏡をかけ、お母さん似の洋志くんは、賢そうにてきぱきと、
「これはこれは、お義兄さん。ようこそいらっしゃいました」
「こ、こんにちは、洋志くん。でも、もう『お義兄さん』じゃ……」
「兄が薫さんと結婚しても、僕が妹さんと結婚しても、どちらにしても薫さんはお義兄さんになられますから」
「そ、そっか。……もう聞いてるんですね?」
「はい」
キリッとうなずく感じはお母さん似だ。
何となく気圧されてしまって、俺は洋志くんの小柄な身体を見下ろした。
こんなに幼いうちから婚約者が決まって……平気なのかなあ?
修陵院では珍しい話じゃない。
大抵の人は納得してる。
俺だって相手が女性だったら、そんなものだと信じて特に逆らわなかったと思う。
洋志くんもそうなのかもしれない。
でももしかして、他に好きな人ができても結婚できなくなってしまうかもしれないんだよね……。
(俺の妹も、そうなるんだ……必ずしも洋志くんを好きになるとは限らないし……)
なんだかどきどきする。
俺……、俺の都合で妹に家を押しつけてしまってるかなあ……?
洋志くんは、俺よりはるかに物慣れた様子で、冬志さんを呼んできてくれた。
しゃっきり伸びた長身が階段を降りてくる。
端整な顔立ちが俺を見て、眉間のしわが一つ増えた。
「……謝罪か?」
北極の氷もかくやという壮絶な冷たさだ。反射で俺は棒のように背筋を伸ばした。
怒ってる……!
すっぽかしたこと、怒ってる……!
「も……申し訳ありません! 待ち合わせをしていたのに……!」
「……約束をやぶるのは人として最悪最低のことだ」
「はい……!」
「……だがおまえはそういう性格じゃない。……なにかあったのか」
静かに冬志さんは言った。
――優しい。
「……ご、ご、ご、ごめんなさい……! お昼ご飯をいただいてたら、急に寝込んでしまって……」
「……寝込んだ?」
「あっ、いえ、あのそれが……さっきまで一回も目が覚めなくて……保健室にいて」
冬志さんはさらに険しい表情になった。
そうだよね、正当な理由があったならとにかく、寝てたなんて怒るよね。
俺は地面に届くくらい深々と頭を下げて、
「本当にごめんなさい! あの……冬志さん、どういうお話だったのでしょうか……?」
「……体調が悪いんじゃないのか?」
「……え?」
「最近はだいぶ体力も付いてきてるようだったが……夏バテもあるんじゃないか。食事はちゃんと摂ってるか? 夜眠れてるのか」
「え、あの、ええと……」
俺は目を白黒させてしまった。
ほ、ほんとに優しい。
「……ごはんはいただいてます。睡眠は……どうなんでしょう、なんだかちょっと……夢見が悪いというのか……ちゃんと眠れた気があまりしなくて……」
「……よくないな」
冬志さんの眉間のしわがさらに増えた。
(心配してくれてる……?)
急に、心臓にほっこり、あたたかいかたまりが宿ったみたいだった。
肩から力が抜けた。
眉をひそめている冬志さんを見上げるうちに、いつのまにかそうっと、俺は微笑んでいた。




