6-5 青春生き残りゲーム
(……冬志さん、いない……)
最初に思った。
同時に、心臓がかすかにずきんと痛んだ気がした。
(……?)
――淋しい?
どうしてだろう。
冬志さんとは婚約解消したんだから、もうお昼ご飯につきあってもらう必要もない。
むしろいいことだよ。
冬志さんはいつも不機嫌な顔して座ってた。いやいやつきあってくれてたんだよね、きっと。
これ以上、迷惑はかけたくない。
それより、ケンカを止めないと……!
こぢんまりとしたサンルームは、ガラスのフランス窓がぜんぶ開け放たれて、風が吹き通っている。
差し込む夏のまぶしい日差しを、並んだ柱や手入れのいい灌木がさえぎって、涼しい影を落としている。
その影の下に白いガーデンテーブルが点在していて、夏服の学生たちが並んでる――のはいつも通りだけど、今日はだれも食事をしてはいなかった。
箸をとめて、目を円くして奥を見つめている。
そのいちばん奥では、大きな円テーブルを囲んだ瑞樹兄さん、四方田くん、宮くん、桐谷さんがサンルームに響き渡るような声で言い合っていた。
こ……怖い。
あそこに加わりたくない。
(でも行かなきゃ……!)
俺は学生の間を縫って、なかに入っていった。
通り過ぎるたびに、テーブルの視線が俺を振り返って、ハッとお互い突き合う。
「春花くんだ」
「どちらにいらっしゃってたのかしら」
顔が赤くなってしまう。
は、恥ずかしい。五ミリくらいに身体が縮まないかな。
俺はみんなの好奇心いっぱいの表情を視界に入れないようにうつむいて、足下の石のタイルを見つめながら小走りに駆け抜けた。
「……薫さん!」
宮くんの声がしたかと思うと、言い合いの声が一瞬やんだ。
と思ったら、突然どーんとぶつかられて、思わずよろめく。
「薫さん……! 心配してたんだよ!」
「み、み、宮くん……」
「怪我してない!? 屋根から落ちかけたりしたんだもん!」
顔の前に、目を潤ませた宮くんの顔があった。
あんまりにも心配そうで、とっさに言葉が出ないでいると、
「かおちゃん!」
「春花!」
「……あんた……」
口々に叫び声がして、バリッという勢いで宮くんがはがされ、優雅な微笑みがあらわれた。
「かおちゃん、体調でも悪かったのかい? 無理もないけれど……」
「瑞樹兄さん……すみません、あの……」
「さ、こっちへ」
瑞樹兄さんに肩を抱かれて、奥のテーブルへ連れて行かれる、と、それをまたひきはがすようにして、桐谷さんが隣に立った。
腕組みして高い位置から俺をのぞき込む、口元は笑ってるけど、表情の読みづらい糸目の奥は笑ってない……気がする。
「よう」
「あ……あの、こんにちは……」
「まさか俺が怖くて逃げ出したか?」
「え!? そんなことは」
「朝は悪かったな。それが言いたくて待ってたんだ」
ハッとした。
そうだ、最初に俺もお礼を言わなきゃ。
桐谷さんと皆さんが助けてくれたから、俺と冬志さんは屋根から落ちないですんだんだから。
怪我してないかも聞かないと。
「だからさ、そうやってワッと行くから、春花を怖がらせるんですよ! 大丈夫か春花!」
後ろに押しのけられた四方田くんがぴょこぴょこして叫ぶ。
「ま、待ってください……!」
俺は慌ててみなさんを落ち着かせようと手をあげたけど、その腕に宮くんがしがみついてきて、
「はい! 終わったらお邪魔虫は帰って帰って! 薫さんは僕とごはん食べるんだから!」
「んだとこの中坊!?」
あとはカオスだ。
「ねえ薫さん、会長さんが自慢するんだよ! 薫さんの誕生パーティに招待されてるって! 僕も行きたい!」
「え!? あっ、ええと、それは……」
「宮くん、無理を言ってかおちゃんを困らせないで。ああ、数が多すぎてうるさいよね。僕らふたりでゆっくり食べられるように、学生会室に行こうか」
「い、いえ、お昼はもう、」
「春花、嫌なものは嫌って正直に言って良いんだぞ」
「あの」
「えーやだやだやだ! こんな連中のせいで薫さんとゆっくりお話しできなくなるなんて!」
「怖がらせてんのは自分だと自覚しろ」
「その言葉すっかりお返しするよ」
「ま、待ってくださ……」
みんながいっせいに好き勝手言い出したので、最後まで発言することもできない。
背中にサンルーム中の視線が集まってるのを感じて、挫けそうになった。
いや、踏ん張るんだ、俺!
あと少しでこのシナリオも終わるんだから……!
俺の考えによれば、みなさんが俺のことを好きだっていうのは、シナリオのせいなんだ。
どんなにフラグを折っても状況が変わらないのは、今はまだシナリオの範囲内だから。きっとそうだ。
ということは、シナリオの範囲さえ終了したら、状況は改善する。
そのはずだ。
俺はこぶしを固めて、深呼吸した。
「聞いて! ください!」
いつもあんまり大声を出さないので、調子がわからなくて、とんでもなく大きな声が出た。
恥ずかしくて拳の中に汗がにじんだけど、おかげでさすがのみなさんもシン、とした。
サンルーム全体が静まりかえる。
視線を一身に浴びて、俺は身体の前で指をぎゅうっと握りあわせた。
できるかぎりキリッと顔を上げる。
「み、みなさんに、ご報告しなければいけないことがあります……!」
「どうしたんだい、かおちゃん」
「その前にお礼を言わせてください! みなさん、今朝は助けていただいてありがとうございました! みなさんにお怪我はありませんか?」
「大丈夫だとも」
「ないよ、春花」
「ありませ~ん!」
「そんなにやわじゃねえさ」
「よ、よかったです!」
ホッとして気が緩みかけたけど、ダメダメダメダメ!
表情を引き締め直して、
「じゃあ、ご報告します。俺は、今日から別の場所でお昼ご飯をいただくことになりました。もうサンルームに来ることはありません」
四人は一瞬きょとんとした。
それから、わっと詰め寄ってきて、
「えっ、どこ? どこ? 僕もそこで食べる!」
「教室!? それがいいよ!」
「四方田くんは自分が一緒に食べられるからってだけだよね。それで、どこなの?」
「おい、俺はまだ一回もおまえとメシ食ってねえぞ」
「すみません!! でも教室じゃありません!」
この調子だと、生物準備室に詰めかけそうだから、伏せといた方が良さそうだ。
俺は首を横に振った。
「そんなの嫌だよ!」
宮くんががっしと胸の中に俺の腕を抱きしめた。
小動物みたいに目をうるうるさせている。
「み、宮くん……」
「……かおちゃん、僕ら迷惑だったかい……?」
「瑞樹兄さん……いえ、あの……」
「……うるさかったよな。ごめん、春花」
「四方田くん……」
「……お前が心配だっただけだ」
「桐谷さん……」
俺は途方に暮れてみんなの真剣な顔を見返した。
こ……こんな顔させてしまって、申し訳ない……。
これも、俺の誕生日が終わってエンディングを迎えたら、憑き物が落ちたようにすっぱり忘れてくれるはずなんだ。多分そう。
だって、俺なんかをみなさんが本当に好きになる理由がない。
「みなさん……」
俺はなんとかなだめようと、落ち着いた声をこころがけながら宮くんの腕をぽんぽんたたいた。
「一学期もあと一週間ですから……」
「厳原先輩と食べるの……?」
宮くんのひと言で空気が変わった。
視線の……視線の圧がすごい……。
「……春花、朝も、厳原さんのこと好きだとか言ってたよな……」
「ええと、それは……」
……みんなめちゃくちゃダメージを喰らったような顔をしている。
うう~ん……どうしよう……。
口にはできないけど、俺が屋根の上で冬志さんを好きだって言ったのは深い意味じゃなくて、ただごまかそうとして――……、
――あれ?
急に混乱した。
頭の中にもやがかかったみたいになる。
俺……あのときどうして、冬志さんのことを好きだって言ったんだっけ……?
(ごまかそうとして……?)
なんだろう。
もやもやする。
そもそも、どうして幼なじみでも何でもなくて、あんなに怖い冬志さんに、婚約者のふりなんて頼んだんだっけ……?
(……冬志さんが、ゲームでも俺のことを別に好きでも何でもないから……だっけ……?)
……うん、きっとそうだよね。
なんだか変だ。さっきからいちいち冬志さんのことにばっかりひっかかってる。
今は、誰とお昼ごはんを食べるのかって聞かれてるんだから、こんなこと考えたってしょうがない。
俺は気を取り直して、首を横に振った。
「冬志さんとじゃ、ないです」
「……悪かった、俺が邪魔なら気にせずに……」
「あっ、いえ、桐谷さんのことでもなくて……!」
「かおちゃん……僕らが押しかけてきて迷惑だったかい……?」
「ええと……」
もう一回、ちゃんと話すときなのかもしれない。
俺は決心した。
正直な気持ちを伝えよう。
「……俺は、みなさんのことが好きです」
サンルームを風が吹きすぎていく。
あたりにはセミの声だけが響いている。
「俺は身体が弱かったせいもあって、ずっと友達がいませんでした。みなさんとお昼をいただくのは、俺にとって楽しかったんです。友達ができたみたいでした、……俺なんかが皆さんをお友達と呼んでかまわなければ。全然迷惑なんかじゃありません。でも、ちゃんとけじめをつけたいんです。……ご理解ください」
俺は、深く頭を下げた。




