6-2 エンドロールには早すぎる
俺が、冬志さんを好きだって、言った……?
……なんのこと?
一瞬、頭が真っ白になった。
俺、そんな変なこと言ったっけ? どうしてそんなこと……。
起き上がりながら、額を押さえて記憶をたどってみる。
「あ……」
そっか。
少しずつ、回廊でのやりとりがよみがえってきた。
そう言えば、言った。
思わずしゅんとした。変なこと言って、冬志さんを心配させちゃったな。
俺は、冬志さんのこと、好きでも何でもないのに。
それはもちろん、感謝はしてるし、尊敬もしてるけど。
冬志さんは親切だ。俺みたいに、子どもの頃知り合いだっただけの他人に、こんなに配慮してくれる。めったにできることじゃない。
でももう破談は決まったから取り繕う必要はないのに、俺どうしてあんなこと言っちゃったんだっけ?
(ええと……なんとかしてシナリオの進行を止めないと、大事故が起きるから……)
そうだった。
やっと全部思い出すことができて、俺はほっとした。
冬志さんを見上げて、深々と頭を下げる。
「……すみません、お気を使わせてしまって。あのときは……あれくらい言わないと話が収まらないと思って……」
安堵してくれるだろうと思ってたのに、逆に冬志さんの表情は、スッと硬くなった気がした。
(……あれ……?)
「……本意ではないということか」
「は……はい」
それが本当だから、他に答えようがない。
「……あ、あの……、それより俺、冬志さんにもう一回謝りたいってずっと思っていて……」
「……何のことだ」
「婚約の……その……解消のことで……。振り回してしまって申し訳なくて……」
「……ああ……」
冬志さんは軽く首を横に振って、
「薫。……俺にも話したいことがある」
「はい?」
「……今から話すことは、言うつもりのなかったことだ。伝えてもおまえを苦しめるだけだと思っていた。だから一生、俺一人で抱えていくつもりだった。……だが、……あいつらを見ていて、……自分の感情を悪だと決めつけなくてもいいと、思えるようになった」
冬志さんの瞳の色が深くなる。
その目が俺を真っ直ぐに見つめていた。
冬志さんの大きな手が、しっかり俺をつかんで離さない。
いつもの冷たさはきれいに消えていた。視線を奪われるほどの熱がにじんで、俺は動けなくなる。
あの氷の下に、こんな表情を隠してたんだ。冬志さんは。
どうしてだろう。
心臓が大きく打った。
俺、まだ何か大事なこと、思い出せてない。
何?
なんだろう?
冬志さんは俺に何を言おうとしてるんだろう……?
「薫……」
「ああ、ここか、厳原」
ガラガラッとドアが開いた。
同時に冬志さんが言葉を飲み込んだのがわかった。静かに手がほどかれる。
ドア口から、占戸先生のボサボサ頭がのぞいている。
「職員室へ行きなさい。お前さんの番だよ」
「……はい」
冬志さんの表情からスッと柔らかさが消え、冷たい〈氷の貴公子〉に戻る。
圧迫感がなくなって、俺も我に返った。
「……またあとで話そう」
冬志さんは俺に軽くうなずくようにして立ち上がると、占戸先生にも頭を下げ、部屋を出て行った。
身体から力が抜ける。
俺はホッと肩を落とした。
安心したような、気が抜けたような、変な気分。冬志さん、何を言おうとしてたんだろう。
「体調はどうだ?」
ポケットに手を差し入れて近づいてくる占戸先生に、俺はまた急いで姿勢を正してぺこりとした。
「ご心配おかけして申し訳ありません。もう大丈夫です」
「ふうん?」
「あの、それより占戸先生、冬志さんの番って……?」
「職員室だよ。決闘の事情を聴取してるんだ。先に桐谷から始めて、今終わった。春花は、ま、ひょっとしたら参考程度に呼ばれることもあるかもしれんが……念のため病院に行っておくか?」
「あ、す、すいません! 特に痛いところもないですし、授業に戻ります」
慌てて起き上がった。
占戸先生は呆れたように腕組みしてるけど、眼鏡の奥の目は優しく笑っていた。恥ずかしくなって笑いかえす。
占戸先生にはいつも迷惑ばっかりかけてる。
幼なじみだからって、すごくよくしてくれて、申し訳ない気持ちはあるんだけど……つい甘えちゃうんだ。
「お昼になったら、生物準備室においで。昼飯を食う前に。頼みたいことがあるから」
「あ、はい」
俺はうなずいて、ぺこりと頭を下げ、急ぎ足で教室に向かった。
「朝の厳原先輩と春花くん、素敵でしたわ!」
「我が校のベストカップルですわよね!」
「春花くんを巡って決闘したんだって!?」
「これは伝説になるぜ!」
「身を張って春花くんを助けようとした厳原先輩、愛でしたわ!」
教室に入るなり、わあっとクラスメイトに取り囲まれて、俺は立ちすくんでしまった。
途中の廊下でも、なんだかこそこそささやかれてると思ってたんだけど……。
あれだけ大勢の前で決闘したんだから、騒ぎになりもするよね。
「あ……あの……そういうのじゃなくて、冬志さんは……」
「待て待て、みんな、春花も疲れてんだから、そっとしといてやれって!」
慌てたように四方田くんが割って入ってくれて、俺はやっと自分の席に戻ることができた。
「大丈夫か、春花?」
「う、うん。俺なんかより四方田くんだよ、助けてくれたんだよね? ほんとにありがとう、怪我なんかしてない?」
「俺は全然。……春花が無事で良かった。保健室、付き添いたかったんだけどさ、関係者以外の生徒は全員教室に戻れって言われてさ……」
四方田くんは何となく悔しそうに頭を振った。
みんなが一斉に冬志さんと俺、そして桐谷さんを助けてくれたっていうのが、なんだかじーんとしていた。
できたら、――できたらだけど、全部終わったあとで、みんなと友達になれたらいいのに。
だって俺は、一人一人のことは本当に大好きなんだ。
俺が恋ごころを持てなければ、もう終わりなんだろうか。
そんなの嫌だ。
俺にとっては生まれて初めての、友達なんだ。
「……四方田くんが友達で、よかった」
「友達なあ……」
複雑な表情で、でも四方田くんも嬉しそうに笑ってくれた。
きっと全部ゲームのシナリオのせいだよね。
この期間が終わったら憑き物が落ちたみたいに恋愛感情が冷めてくれる。そうでありますように。
俺は心から祈った。
午前中の残り授業は、心ここにあらずのうちに過ぎていった。
(花婿候補の方は、もう俺が男と結婚する必要がないから、夫捜しはしなくていいんだし、心配しないで良いはず……。桐谷さんは……まだ話をする必要があるかもしれないけど、そんなに悪い人じゃないし……)
俺は、英語のノートの上に、すっかりすり切れたメモ用紙を取り出してみた。
《花婿候補 五人くらい?
・優しい正統派王子様。
・一匹狼っぽいけど、実は心優しいツッパリ。
・ダンディな教師。
・甘えんぼ弟タイプな後輩。
・爽やか真面目くん。》
このうち、四人の花婿候補はわかってる。
俺の誕生日パーティまであと一週間しかないのに、あともう一人残ってるなんて……。
(……ダンディな教師……って、誰?)
そんな先生、いるかなあ……。
全然想像できない。
一番よく話すのは、担任の占戸先生だけど……占戸先生は、ダンディってタイプじゃない。……と思う。
ダンディな男性っていうのは、渋めのオシャレで、落ち着いてシュッと決まった人なんじゃないかな?
占戸先生は……本当にいい先生だけど、厚めの眼鏡にボサボサ頭で、いつもヨレヨレの白衣を着てる。
(……占戸先生は、ダンディじゃ、ないな)
俺はうなずいた。
(うーん……ひとりくらいは全然出ないでおわるってことが、あるかもしれない……)
俺はむりやり納得して、メモをポケットにしまいこんだ。




