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5-13 傷だらけの明日

 俺はあわあわして二人を見回した。

 下校中の学生たちも、好奇心を抑えきれない顔つきで人だかりを作っている。


 まずい。

 解散しないと。

 そのためには、桐谷さんに誤解だってわかってもらわなきゃいけないけど……!


 目をやると、桐谷さんの目つきは完全に「ケンカ上等」という感じになっている。

 言い換えると、臨戦態勢だ。


 め……目力が……すごい……。

 相手を石に変えてしまえそうだ。

 

 とっさに絶句してしまった俺の前で、桐谷さんはおもむろに口火を切った。



「……薫は恩人だ。おびえさせるやつは許さねえ」


 対する冬志さんは一歩も引かない。


「誰がおびえている? 言いがかりはいい加減にしてもらおう」


 あの眼力に平然としてるなんて、冬志さん、すごい。


「はあ? おびえてるじゃねえか、薫は。なあ」

「お、お、おびえてません!」


 絶好のチャンス!

 俺は急いで首を横に振り、できるだけ大声を上げた。


「怖くないです、冬志さんは良い方ですから……!」

「……おびえてないと言っている」

「いや、これはてめえにおびえてるからこう言っただけだろ」

「そ、そ、そんなこと……!」

「無理すんな、薫。大体、首席様にも自覚くらいあんだろ、薫をおびえさせてるっつーよー」

「……そんなわけはない」


 冬志さんは表情を変えずに断言したけど、今度は少し間があいた。

 桐谷さんはすかさず、


「大体、婚約者ったって家同士だろうが。マジで心が通じ合ってるって言えんのか?」

「言……」


 える、と言う前に冬志さんは俺を見た。

 ためらってる?

 俺に怖がられてるという疑念を、実は冬志さんも持っていた……?


 とっさに俺は冬志さんを励ますようにこぶしをつくってぶんぶんうなずいた。


「あの……あの、尊敬してます! 本当ですよ!」

「けど好きとは言ってねえじゃねえか。やっぱ怖がられてんだよてめえは」

「そんなこと……!」

「じゃああいつのこと、好きなのか?」


 ――はい。


 答えるならそうだ。

 

 俺は冬志さんを尊敬してるし、すごく好きだ。恋愛感情って問題を抜きにしても、間違いなく大好きだって、言える。

 勢い込んでうなずきかけて、でも、すんでで言葉が詰まってしまった。


 今ここで「好き」って言ったとして。

 無邪気な意味合いにとってもらえるだろうか。


 俺はもうすぐ婚約解消を切り出さないといけない。

 なのに、いま「好き」なんて口にできる立場だろうか……。


「……あの……」


 妙な沈黙が落ちた。


「ほら見たか」


 桐谷さんが得意げにあごをあげたけど、俺は冬志さんを見つめていた。


 冬志さんは、無言で俺を見つめていた。そして、その視線をふっと外した。それだけだった。

 でも――同時に、心を閉ざされたような気がした。

 いっそう冷たく。

 端正な目鼻立ちが、ますます冷然と、よそよそしく見えた。


 心臓が凍り付いたようになる。


(冬志さんを傷つけた……?)


 考える間もなく、言葉が口をついていた。


「好きです! 俺、冬志さんのこと、大好きです……!」


 


「……え」


 桐谷さんが唖然と、


「……待て、あんた無理してフォローしなくても……」


 でもそれをさえぎるように、わあっと拍手に包み込まれた。

 え? え?


「すてきですわ!」

「お聞きになりまして?」

「ええ! やっぱりお二人は愛し合っておられますのねえ!」

「我が校のベストカップルだ!」


 ひ、人々から笑顔で祝福されてる……!?

 

 どうしよう、俺もうすぐ婚約解消しなきゃいけないのに……冬志さんを傷つけたかもって思ったら、つい口をついてしまった……!


 冬志さんの眉間に険しいしわが刻まれる。

 でもわかるようになってきた。

 眉間のしわはわざとだ。多分、表情自体は緩んでいる。


 冬志さんはそのきつい目つきで桐谷さんを睥睨するようにして、


「……わかったか?」

「……違げえよ、てめえが怖いから言わされて……」

「も、も、もうやめてください……!」

 

 半分涙目でとめようとしたとき、俺をさえぎるように、人垣の後ろから声が上がった。


「先生方が来たぞ!」


 ざわっと振り返った人の頭の向こうに、坂を下ってくる先生たちの姿が見える。

 誰かが知らせたんだろうか。


「そこの諸君~。時ならぬ集会とは穏やかじゃないな?」


 のんびりとした呼びかけは、担任の占戸先生だ。

 いつもの白衣と無精ヒゲで、相変わらずのどかな雰囲気だ。

 猫背気味の見慣れた姿勢で、ひらひらと手を振っている。

 その後ろには、体育の先生の大柄な身体と、教頭先生の毅然とした眼鏡。


「……めんどくせえな」


 舌打ちした桐谷さんが身を翻した。


「……こういう場合、悪役をさせられるのは俺だからな。……だが俺は諦めねえぜ」


 それだけ言うとさっさとバイクにまたがり、エンジンをかけると、


「またな、薫」


 返事する間もなく、砂煙と共に消えていく。 


 あっさりした退場だ。

 あんまりあっさりしていて、狐につままれたような気持ちだったけど、……決闘せずにすんだ……?

 よくわからないけど、ほっとして、へたへたと座り込みそうになった。


「ん~? 春花か? おまえさん、休みだったんじゃないのか?」


 人混みに分け入った先生たちの中から、占戸先生が近づいてきた。

 俺はガクガクする膝に手を当てて支えながら、精一杯頭を下げた。


「す、すみません、熱が引いたので登校しようとしたんですけど……間に合わなくて……」

「体調が悪いときはちゃんと休みなさいよ。ところで決闘するとかしないとか騒ぎになっているって聞いて見に来たんだが?」


 占戸先生は呆れたように、大きな手のひらでぽんぽん俺の頭をたたいた。


「あ、いえ、あの……誤解だと思います……」

「……ま、おまえさんは決闘ってタイプじゃないよなあ」


 占戸先生はちらっと片方の眉を上げてみせたけど、それ以上は何も聞かなかった。

 先生方にうながされて、人垣もばらけだしていく。

 冬志さんは体育の先生と教頭先生につかまって、話をしている。


「……申し訳ありません。多少、勘違いがあったようで。ケンカ、そのうえ決闘などという話ではありません」

「……君はつねに素行も優良だからねえ。君が言うなら、間違いはないだろうが……」


 大変だ。冬志さんだけに怒られる役を押しつけてしまった。

 慌てて俺は隣に駆け寄って、頭を下げた。


「すみませんでした」

「……もういい。今日はもう帰りなさい」


 先生たちに頭を下げると同時に、ぐっと手首をつかまれた。


「……帰るぞ」

 

 顔を上げると、冬志さんのきりっとした横顔があった。


 そのまま腕を引かれて、ちょっとつんのめるように歩き始める。気を遣ってくれたのか、つかまれたのは怪我をした方の腕じゃなかったから、痛みはなかった。

 占戸先生に会釈して、俺は急いで冬志さんのあとを追った。






(何か怒ってる……?)


 冬志さんは振り返らない。

 いつもの下校の道じゃない。晴屋のある裏門のほうへどんどん歩いて行く。

 俺たちは晴屋の前も通り過ぎて、やっとひとけのないところで立ち止まった。


 川端、というか整備された疎水だ。

 澄んだ水の上で、柳の枝がさらさらと揺れている。

 

 顔を見る勇気がない。

 俺は深々と頭を下げた。


「申し訳ありません……!」


 冬志さんの脚がこちらを向いたのがわかる。


「さっきのはどういう……」


 さっきのって、遅刻してきたことかな。

 声が低い。


「あの、心配して下さったのにお待たせして……」

「……それはもういい。それより、その……俺を……好きだというのは」

「ご、ご迷惑でしたか!? なんとかあの場をおさめたくて……!」


 そのとき俺は思った。

 この勢いで話してしまおうか。

 婚約解消のこと。

 今なら。他に人もいないし。


 顔を上げられないまま、俺は言った。


「冬志さん……実は、……お話が、あるんです」


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